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地公災基金群馬県支部長(K市消防職員)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金群馬県支部長(K市消防職員)心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成12年(行コ)第99号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 地方公務員災害補償基金群馬県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年08月09日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)(上告)
- 事件の概要
- K(昭和26年生)は、昭和51年4月にK市消防吏員として採用され、昭和57年レスキュー隊の救助隊員となり、昭和62年4月に消防士長、平成元年4月からは第2中隊特別救助隊長を務め、平成3年8月27日から10月27日まで消防大学校(救助科)に入校し、特別救助技術等についての研修を受けた。
Kは平成4年4月に南分署総務係で施設担当の主任士長となり、消防施設の管理などの事務職を担当したほか、救急隊員も兼務し、救急事故発生時には救急車に乗車しての救急出動や、火災出動の際にはポンプ車の運転を担当していた。Kは、平成4年5月13日午前2時30分頃、勤務中に仮眠していたところ、出動指令により起こされ、消防車に乗り込んだ直後全身痙攣状態になり、病院に搬送されたが、同日午前3時30分、急性心筋梗塞を発症し死亡した。
Kの妻である控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は公務上の死亡であるとして、被控訴人(第1審被告)に対し公務災害の認定を請求したところ、被控訴人はこれを公務上の死亡とは認められないとの決定(本件処分)をした。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Kの疾病について、公務が相対的に有力な要因ではなかったとして、Kの死亡と公務との間の相当因果関係を認めず、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成5年2月15日付けで控訴人に対してなした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1・2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 地方公務員災害補償法31条、42条の「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に起因して死亡した場合、すなわち公務と職員の死亡との間に相当因果関係がある場合を意味する。この相当因果関係は、職員の死亡が公務を唯一の原因又は相対的に有力な原因とする場合に限らず、当該職員に基礎疾患があった場合において、公務の遂行が基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させて死亡に至ったとき、又は公務に内在する危険が現実化して死亡に至ったときにも、これを肯定することができるというべきである。
Kの死因である心筋梗塞の原因となる冠動脈硬化症の危険因子としては、一般に高コレステロール症、喫煙、高血圧、肥満等が指摘されており、平成3年8月の消防大学校入校前のKは、喫煙、肥満の危険因子があったことが明らかであるが、他方、血圧及び総コレステロール値は正常値の範囲内であった。これらの事実関係から見ると、Kが消防大学校入校前において、冠動脈硬化症に罹患していた蓋然性は否定できないが、それが特段の誘因がなくても心筋梗塞を発症する程の重篤な状態であったものとは認めることはできない。
Kは、消防大学校から帰任後、体重が約7kg減少し、食欲不振、頭痛、疲労をしばしば訴え、朝の点検後のランニングをしないことがあった。Kはその後、山道の途中で何回か立ち止まり呼吸を整え、消防各署合同ポンプ操作訓練の終了後には顔面蒼白で相当量の発汗があり、これらの症状は、虚血性心疾患の兆候ないし心筋梗塞の前駆症状であり、当時Kの冠動脈硬化症は相当程度進行していたものと認められる。
これらの事実関係から見ると、Kは消防大学校入校後、急速に冠動脈硬化症を増悪させたものというべきである。その増悪について他に確たる要因を見出せない本件においては、消防大学校における訓練(5人1部屋の居住、早朝のジョギング、種々の救助活動実技等)、従来の救助業務から南分署への異動に伴う10年ぶりの消防・救急業務への変更、この間の24時間交替制勤務の生理的・肉体的負担が、これに寄与していたものと認めるのを相当とする。
一般に、24時間勤務の交替制勤務中の消防署員の心拍数は、出動指令があった場合上昇するが、特に夜間仮眠中に出動指令があった場合には、その心拍数は急上昇し、昼間の出勤に比べて上昇の絶対値が大であるばかりでなく、その上昇速度も急激であり、仮眠中の出勤は、心臓に大きく、かつ急激な負担をもたらすと指摘されている。そして、Kの場合においても、仮眠中の火災出動という緊迫した場面でのストレスと急激な労作が交感神経亢進状態をもたらし、血圧を急上昇させ、相当程度増悪していた冠動脈硬化症により既に形成されていた冠動脈のプラークの破綻をもたらすとともに、交感神経亢進状態の関与による心室性不整脈が急激な心停止をもたらしたと見るのが相当というべきである。したがって、Kの死亡については、上記出動の作業が本件疾病の誘因となったものというべきである。
この点に関し、証人は、Kについては冠動脈に形成されていたプラークがいつ破綻してもおかしくない程度にまで進展していたものであり、本件疾病の発症は自然的経過によるものである旨述べている。しかし、K市消防署員の中には、平成2年以降Kの死亡までの間に心筋梗塞、狭心症等の心疾患を発症した職員が3名あったが、いずれの者も交替制勤務を離れて日勤業務に就き、その後正常に勤務を続けたという事実がある。そして、Kについては、山道の登坂及びポンプ訓練の際、虚血性心疾患ないし心筋梗塞の前駆症状が発現したが、休息により事なきを得たという経過がある上、他に確たる発症の誘因が見出せない本件においては、上記火災出動作業による負荷がKの冠動脈硬化という基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させ、その発症の誘因となったものと見るのが相当である。
Kの本件発症の誘因となった火災出動の作業は、交替制勤務のK市消防職員の基本業務である。そして、南分署における1日の出勤者は6名であり、その勤務割は1月程度前に定められており、勤務当日になって休暇を取得する場合には、欠員のままとするか、又は非番日の職員のうちから代替者を出勤させるかについて、K市消防署長の指示を得る必要があったから、Kが死亡の前日の夕刻、来訪者から顔色が優れないことを指摘されるような状態にあっても、直ちに休暇の許可を得ることができなかったものと容易に推認することができる。したがって、本件疾病に基づく急性心不全によるKの死亡は、交替制勤務の消防署員の公務に内在する危険が現実化した結果であるとみることもできるのである。
以上の結果によれば、Kの死亡と公務との間に相当因果関係の存在を肯定することができるから、Kの死亡は地方公務員災害補償法31条及び42条に定める「職員が公務上死亡した場合」に該当するというべきである。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、42条、45条
- 収録文献(出典)
- 労働判例815号56頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
前橋地裁 − 平成8年(行ウ)第5号 | 棄却(控訴) | 2000年01月28日 |
東京高裁−平成12年(行コ)第99号 | 原判決取消(控訴認容)(上告) | 2001年08月09日 |