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AB石油男女賃金差別事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
AB石油男女賃金差別事件
事件番号
東京地裁 − 平成16年(ワ)第27404号
当事者
原告 個人12名 A〜N
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年06月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
原告A(昭和23年生)、同B(昭和22年生)は、昭和41年、C(昭和25年生)、同F(昭和25年生)は昭和44年、同G(昭和26年生)、同H(昭和27年生)は昭和45年、同I(昭和25年生)は昭和46年、同J(昭和28年生)は昭和47年、同K(昭和27年生)、同L(昭和27年生)は昭和48年、同M(昭和28年生)、同N(昭和26年生)は昭和49年にそれぞれ合併前のA石油に入社した女性(以下「原告ら12人」という)であり、原告D及びEはCの親族で、Cの死後その請求権を相続した者である。

 昭和60年1月1日にA石油とB石油が合併し、被告会社が誕生したところ、被告は合併から平成12年まで、職能資格制度(M4B、S1、S2、S3A、S3B、G1、G2、G3、G4)、賃金制度、人事考課制度、目標管理制度により昇格等の運用をしていた(旧制度)。被告は平成12年に、より成果を反映するため、能力主義的、成果主義的要素を強くした新しい資格制度(新制度)を設け、管理職層、マネージャー層の資格を、上から順にSG1~4と、一般職員、スタッフ層の資格を上から順にF1、F2、F3、J1、J2、J3とした。

 原告ら12人は、被告が、男性についてはほぼ年功で「大卒」、「高卒・技能職」の基準に基づいて昇格管理を行う一方、女性については「高卒補助・短大補助」という年功を考慮せず、昇格は同学歴男性より長い年限を必要とする差別的な昇格管理をしていること、男性の場合、極めて例外的な2人を除き39歳には全員がS3A以上であり、44歳以上ではS1が大半を占める等原告ら12人と入社年の近い高卒男性との間に大きな格差が存在すること、高卒男性はその大半が49歳にはS1に昇格しているのに対し、原告ら12人は50歳を超えてもG2からS3Bの資格に留め置かれていることなど、昇格面で著しい男女間格差が存在することなどを主張した。その上で、原告ら12人は、標準以上の職能を発揮しており、性差別がなければ同学歴の男性事務職の標準的労働者と同様に扱われるべきことを主張したほか、退職した原告A、同B及び死亡退職したCを除く9人(以下「原告ら9人」という)は、男性事務職と同じ基準を適用したならば、遅くとも49歳ではS1(新制度ではF1)に昇格したはずであるとして、F1の資格の確認を求めた。

 原告ら12人は、被告が女性であることを理由として低い資格と賃金を余儀なくさせたことは、民法709条の不法行為を構成するとして、支給を受けるべき賃金額と実際に支給を受けた賃金額との差額相当損害金、慰謝料、弁護士費用を請求した。また、原告A、同B及びC(これを相続した同D及び同E)は、被告の女性差別によって被った差額退職金相当額の支払いを請求した。
 これに対し、被告は、女性差別はなかったこと、仮に差額請求権が発生したとしても、その請求権は時効によって消滅していると主張して、全面的に争った。
主文
1 被告は、原告A及び同Bに対し、各690万円及びこれに対する平成16年12月21日から支払ずみまで年5分の割合による金員を、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M及び同Nに対し、各345万円及びこれに対する平成16年12月21日から支払ずみまで年5分の割合による金員を並びに同D及び同Eに対し、各230万円及びこれに対する平成16年12月21日から支払ずみまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 男女間の格差の有無

 平成5年では、S1、S2の資格者は全て男性であり、女性はG1、G2に集中していた。平成8年では、M4B、S1、S2の資格者は全て男性であり、女性はG1、G2に多く集まり、これらの資格の男女の年齢を比較すると、男性に比べて女性の年齢が非常に高い。平成11年では、SG4、M4B、S1の資格者は全て男性であり、S2は男性93人に対し女性1人、G1は男性9人に対し女性74人など、女性はS3B、G1、G2に多く集まり、これらの資格の男女の年齢を比較すると、女性の年齢が非常に高い。平成13年では、SG3、SG4、F1は全て男性であり、F2は男性95人に対し女性2人で、女性はF3、J1、J2に多く集まり、これらの資格の男女の年齢を比較すると、女性の年齢が高く、J1及びJ2ではその傾向が顕著である。平成15年では、SG2、SG4は全て男性であり、F1は男性118人に対し女性は1人で、女性はF3、J1に集中し、これらの資格の男女の年齢と比較すると、女性の年齢が高く、J1ではその傾向が顕著である。平成17年では、SG1、SG3、SG4は全て男性であり、F1は男性131人に対し女性7人で、女性はF3、J1に集中し、これらの資格の男女の年齢を比較すると女性の年齢が非常に高い。

 以上の男女の資格の推移、資格の人数に照らすと、基本的には、男性の資格が女性の資格より圧倒的に高いといえ、高校卒、短大卒の年齢別の男女の平均本給額を比較すると、ほとんど全ての年齢層で女性の方が男性より平均本給額が低く、一部の年齢ではかなり大きくなっている。また、男女の平均本給額の差額は、全体としてみれば、年を経るに従って拡大する傾向が見られる。このような男女間の平均本給額の格差については、昇給等が資格ごとに行われるという被告の賃金制度に照らすと、女性の昇格が男性に比べて遅いことが主たる原因であると考えられ、以上の検討によれば、資格をみても、平均本給額をみても、男女間に著しい格差が見られる。

2 格差の合理的理由に関連する事情

 被告は、平成4年8月、社員を「大卒」、「高卒・技能職」、「高卒補助、短大補助」の3グループに分け各グループごとに滞留年数等を記載した書面を作成しているところ、被告が平成5年の昇格に当たり、本件書面を1つの基準として、高校卒、短大卒の女性社員を除く社員(多くは男性社員)について、学歴別の年功序列的な昇格管理を行い、高校卒及び短大卒の女性社員については、上位の資格への昇格をより困難にする別の基準で昇格管理を行っていたと認めるのが相当である。

 原告ら12人の所属組合は、合併以前から平成12年度まで目標管理制度(MBO)への参加を拒否する方針を立て、原告らはこれに従ってMBOへの参加を拒否したが、被告は平成12年度に、MBOへの参加を業務命令とし、その参加を拒否した者について、業績評価の総合評価を1ランク下げることとし、原告ら12人はいずれもこの措置を受けたが、原告らの加入する組合は平成13年度に方針を転換し、原告らは同年5月以降MBOに参加した。平成12年度以前は、MBO参加が自主参加とされていたこと、参加した者の中には本来想定されているものに比べて不十分な内容の目標記述書を提出している者が存在すること等の事情が存在するが、原告ら12人のようにMBOの参加を拒否していた者と、その趣旨を理解してこれに参加していた者を比較した場合、前者が後者に比べて低い査定を受けたとしても、それはやむを得ないといわざるを得ない。

 被告の資格制度は、職能資格制度の一種であり、構造上、資格と業務内容とは緩やかなつながりを持つに過ぎないから、原告ら12人の中には、上位の資格の男性から業務を引継ぎ、上位の資格の男性へ業務を引き継いだ者があるが、このことは直ちに原告ら12人が当該上位の男性と同等の資格を有すべき理由にはならない。

 以上によれば、被告における雇用契約の内容、原告ら12人の業務内容、在籍する社員の平均勤続年数等において、性別によって特に区別する理由は見当たらない。他方、原告ら12人のMBO参加拒否は、原告ら12人が低く査定される合理的理由の一つとなり得る反面、本件書面による昇格管理は、被告における男女の差別的取扱いを推認させる一事情になるといえる。

3 原告ら12人の個別的判断

(1)原告A

 原告Aは、能力は高いと評価される一方、成果や協調性で問題点を指摘されていたが、平成7年度、同8年度の考課では、業務、税務署対応等で良い評価を受けた。原告Aは、平成12年度の考課において、業務遂行力等で良い評価を受け、平成13年度〜16年度の考課において、グループリーダーとしての役割等で良い評価を受け、平成15年度の考課において、当時最も重要な目標であった新システムの円滑な導入への寄与度で良い評価を受けた。被告の原告Aに対する平成5年度〜16年度の人事考課は適切といえ、また良い評価と連動して昇格がされており、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Bは、成果達成の努力で良い評価を受けたが、極めて限られた仕事量をようやくこなし、職域を拡大しない限り昇格は困難、単純ミスがあると指摘され、平成14年度の考課ではFランクに昇格したがJランクレベルの仕事ぶり等と指摘されるなどしている。被告の原告Bに対する平成5年度〜16年度の人事考課は、長期間同一職務を担当し、職域拡大が必要であること、ミスを減らす必要があること等の点で評価が一定しており、昇格の理由、特にF3への昇格の理由とその後の状況について了解可能であり、この間だけをみれば、特に不合理な点は見当たらないが、原告Bは担当業務について特段の問題がないとされることも多く、事務職として一定程度の評価を得ていたものと認められる。

 Cは、平成6年3月頃うつ病と診断され、それ以降病気による休暇、欠勤、休職を繰り返すようになり、平成11年3月〜12年4月の間及び平成17年2月から死亡するまで病気休職した。被告のCに対する平成5年度〜16年度の人事考課は、長期又は突然の病気欠勤による業務への支障が主な原因で低い査定がなされており、この間に昇格しないのも仕方なく、この間だけをみれば特に不合理な点は見当たらない。しかし、うつ病に罹患する前は相応の評価を得ており、健康状態に問題がなかったころのことも含めて考えれば、少なくともその時点までは一定の評価を受けていたと認められる。

 原告Fは、平成5年度以降、事務処理能力、折衝、調整力を高く評価され、平成15年度の考課では、F2への昇格に伴いより高度なものが求められる一方、特に業務遂行能力等で高い評価を得ている。被告の原告Fに対する平成5年度〜16年度の人事考課は適切といえ、良い評価と連動して昇格がされており、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。原告FはMBOへの参加拒否によって平成12年度の評価が低くされた以外は、ほぼ一貫して比較的高い評価を得ていたものと認められる。

 原告Gは、業務遂行能力を評価される一方、積極性、協調性に問題ありとされ、平成15年度の考課では女性の取りまとめ役としての仕事ぶり等が評価された。被告の原告Gに対する平成5年度〜16年度の人事考課は、その理由等に照らすと不自然ではなく、昇格についても特に不自然とはいえず、この間だけをみれば特に不合理な点は見当たらない。原告Gは、業務遂行能力で高い評価を受けることも多く、事務職として一定程度の評価を受けていたことが認められる。

 原告Hは、平成5年度以降の考課では、業務をそつなくこなすと評価され、責任ある仕事への取組み、事務処理等で良い評価を受ける一方、積極性、周囲の働きかけについて問題点が指摘され、平成15年度の考課では、SAP導入時の対応について良い評価を受ける一方、新システムの把握について問題点を指摘された。被告の原告Hに対する平成5年度〜16年度の人事考課は不適切といえず、昇格についても不自然といえず、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Iは、平成2年4月〜平成6年10月の間、産休、育児休業、病気休職のため就労しておらず、そのため平成5、6年度の考課では1番低い評価を受けたが、平成9年度以降の考課では、仕事への取組等が評価される一方、業務遂行上の工夫、改善が必要とされるなどしている。被告の原告Iに対する平成5年度〜16年度の人事考課は、病気の影響その他の理由等に照らすと不適切とはいえず、昇格の状況も自然であり、この間をみれば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Jは、職務の遂行について良い評価を受ける一方、遅刻等の問題が指摘され、その後積極性や責任ある業務遂行、的確な仕事ぶり等が高く評価され、平成15年度の考課ではF3に昇格したことからハードルが高くなったとされるが、リーダーシップ、経費削減や部内の作業効率の貢献等を高く評価された。被告の原告Jに対する平成5年度〜16年度の人事考課は適切といえ、基本的には評価と連動して昇格がなされており、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Kは、能力の高さが評価される一方、周囲の者等に対する配慮等で問題点が指摘された。被告の原告Kに対する平成5年度〜16年度の人事考課は適切といえ、また良い評価と連動して昇格がされており、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Lは、堅実な仕事ぶり等が評価される一方、経理知識の習得の必要性が指摘されるとともに変化に対する取組等が消極的と評価され、平成16年度の考課では、SAP導入後の対応、他課員への影響等で問題点が指摘された。被告の原告Lに対する平成5〜16年度の人事考課は不適切とはいえず、良い評価と連動して昇格がされており、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Mは、担当業務に対する意欲的な取組等、関係部門への折衝や利益向上等が高く評価される一方、MBOへの不参加、勤務態度で問題点が指摘され、平成16年の考課では収益拡大等で良い評価を受ける一方、他者への情報提供等で問題点を指摘されている。被告の原告Mに対する平成5年度〜16年度の人事考課は、理由が不明である時期を除けば適切であり、昇格についても不自然とはいえず、この間だけをみれば特に不合理な点は見当たらない。

 原告Nは、着実な仕事ぶり、周囲に対する配慮や仕事に対する取組み、責任ある業務遂行等で良い評価を受ける一方、小さなミスを指摘され、業務改善の提案等を積極的に行うことが求められた。被告の原告Nに対する平成5年度〜16年度の人事考課は適切であり、この間だけを見れば特に不合理な点は見当たらない。

4 男女差別の有無

 被告において、少なくとも平成5年及びその前後においては、資格及び賃金について、高校卒、短大卒の社員の男女間に差別があったことが認められる。すなわち、被告の人事制度は、旧制度下においては、一定の範囲で能力主義をとりながら、制度全体としては年功的な色彩を強く持っていた。そして、少なくとも平成5年及びその前後においては、学歴別、実質的な男女別による滞留年数による昇格管理があったことが認められるのであり、そのことは、その頃の男女別の職能資格の分布を見ると、原告ら12人を含む高校卒、短大卒の女性社員は、男性に比べて資格の面において明確な格差が存在すること、平均本給額についても著しい格差があることからも裏付けることができる。

 新制度実施後の男女別の職能資格の分布を見ると、昇格面においてなお有意の男女差を認めることができること、旧制度と比較すると、その傾向は年を追うに従って次第に小さくなっていることが看取できる。新制度は、旧制度に比較して、より能力主義、成果主義を重視した制度であるが、一足飛びに新しい人事制度による能力主義、成果主義重視の制度に切り替わったというよりは、従前からの資格を重視しつつ、次第に新制度に移行しているものと認めることができる。

 原告ら12人は、平成13年以降に参加を表明するより前は、所属する労働組合の方針に従い、人事考課の前提となるMBOへの参加を拒否していたのであり、このことは原告ら12人が人事考課の上で一定程度不利な取扱いを受けることを甘受すべき事情といわなければならない。また、原告ら12人の平成5年度〜16年度の人事考課は、いずれもそれ自体として特に不合理であるとして、裁量権の逸脱、濫用に該当するような事情が見当たらないことが認められる。

 被告において、平成5年及びその前後には、実質的な男女別の基準で一定の資格に一定年数滞留させて昇格を管理する運用が行われており、被告においては、男女間で同一の労働条件による雇用契約であったのだから、少なくともその時点までは原告ら12人を含む高校卒、短大卒の女性社員は、資格及び賃金上、違法な男女差別を受けていたと判断できる。そして、昇格、給与上の処遇が、第一次的には被告の人事権による裁量に委ねられ、原告ら12人が人事考課の前提となる制度への参加を拒否していたこと等を考慮しても、上記違法な差別を合理的に説明することはできない。

 新制度実施後は、実質的な男女別による資格の滞留年数による昇格管理がなされていないものと認められるが、新制度による能力主義、成果主義が必ずしも徹底されている訳ではなく、基本的には、旧制度下の資格と処遇上も連続性をもった昇格が行われていると認められる。その意味では、実態としては平成5年及びその前後に見られる違法な男女間の昇格差別の影響を残したままの状態が継続して、その影響がなお残存しているものと評価せざるを得ない。そして、原告ら12人の人事考課を見ると、確かに個々の人事考課自体が人事権の裁量権の逸脱・濫用に係る要素は見当たらないものの、Cが病気休職により低い評価を受けていることを除けば、事務職として、原告ら12人は、それぞれの職務において相応の評価を得ており、特に低い職能資格に止まらなければならないだけの事情も見出すことはできない。してみると、原告ら12人は、違法な男女差別による職能資格及び賃金における処遇を受けていたものといわなければならない。

5 昇格地位等確認請求権の有無

 人事考課の査定、特に昇格は、使用者の総合的な裁量判断の性格を有しており、原告ら9人に当然に昇格請求権を認めるのは困難である。そして、旧制度においても、G1より上位の昇格については、昇格の有無及び昇格までの年数について個人間の差が認められるし、ましてや新制度においては、全ての資格において個人間で差が認められるようになっており、この点で被告において、特に新制度導入以降、男女の別のない能力主義的、成果主義的色彩の強い人事管理へ移行していると評価し得る状況にある。以上によれば、原告ら9人の昇格地位等確認請求は、被告の昇格発令がないことに加え、明確な昇格基準が認められない以上、失当というほかない。

6 労働契約による差額賃金請求権

 被告が、原告ら12人に対し、女性であることを理由に賃金について差別的取扱いをしたことは、労働基準法4条に違反する。そして、差別を受けた原告ら12人に適用されるべき賃金の基準が明確である場合には、労働契約に基づく差額賃金請求権を認める余地があると解される。しかし、賃金は資格の格付けに連動する部分があるところ、資格の格付け(昇格)について明確な基準が認められず、平成5年度〜16年度における原告ら12人に対する人事考課は特に不合理と認めるべき点は見当たらない。更に原告ら12人と直接の比較対象とすべき、同年齢で同学歴の勤務実績等が同等の男性社員が存在しない。加えて、被告は、原告らの賃金請求権について消滅時効を援用しており、仮に原告らの賃金請求権を観念したとしても、男女別の年功序列的色彩の強かった頃の賃金請求権は時効によって消滅しており、時効消滅していない時期の賃金は、能力主義的、成果主義的色彩の強い頃の賃金請求権の一部である。以上によれば、原告ら12人に適用されるべき賃金の明確な基準は存在せず、原告らの請求は、その前提を欠き失当という他ない。

7 不法行為に基づく差額賃金相当損害金、慰謝料、弁護士費用及び差額退職金相当損害金の請求権、消滅時効

 被告において、特に新制度導入以降、男女の別のない能力主義的、成果主義的色彩の強い人事管理へ移行しつつあると評価し得る状況にあるとはいえ、依然として男女間に著しい格差が、特に賃金の額において認められるところ、これは女性の昇格が男性に比べて遅かったため、その積み重ねで賃金が低くなっていると推認される。すなわち、被告において、過去において、高校卒及び短大卒の女性社員については上位の資格への昇格をより困難にする別の基準で昇格管理を行っていたことを原因とした男女間の差別的な取扱いがあったものと認められ、そのような男女間の差別的取扱いは、改善されつつあるとはいえ、現在においても、完全に男女の別のない能力主義的、成果主義的な人事制度に転換されているとは言い難く、不当な男女間の差別的取扱いが残存又は継続しているといえる。そうであるならば、被告がこれを是正せず、維持している点で、被告の労働基準法4条に違反する違法な行為を認定することができるから、被告は、原告らに対し、男女差別という不法行為によって生じた損害を賠償する責任を負う。

 原告ら12人は、遅くとも平成6年3月頃には賃金について男女間格差の存在を認識していたと推認される。そうすると、原告ら12人が、平成16年12月24日本件訴えを提起し、平成20年11月26日訴えを変更したのだから、平成13年12月24日より前に発生した損害及び平成16年12月25日以降平成17年11月26日より前に発生した損害に関する損害賠償請求権については、民法724条により時効消滅したことになる。

 資格の格付けについて明確な基準が認められず、少なくとも平成5年度〜16年度における被告の原告ら12人に対する人事考課は特に不合理な点は見当たらない。そして、原告ら12人は、新制度において、調整給を得て格付けられた資格の上限より高い賃金を得ている。更に不法行為に基づく損害賠償請求権の一部は時効により消滅しており、加えて、本件において、原告ら12人と直接の比較対象とすべき、同年齢で同学歴の勤務実態等が同等の男性社員が存在しない。以上によれば、原告ら12人が本来受けるべき賃金を算定するのは困難であり、原告A、同B、同Cの差額退職金相当額の損害額を算定することもまた困難である。そこで、これらの点は、慰謝料算定に当たっての考慮要素にすることにする。

 被告のした男女差別の態様、男女間の格差の程度、従前の経緯、原告ら12人の勤務状況、算定困難な損害について慰謝料で考慮すべきこと、不法行為に基づく損害賠償請求権の一部は時効消滅したこと、退職金は退職時の賃金を基準として算出されるところ、退職した原告A、同B、同Cは、退職金についても現に不利益を受けていること、Cは相当長期にわたり休暇、欠勤、休職を繰り返していたこと等の諸般の事情を総合考慮すれば、慰謝料の額としては、原告A及び同Bについては各600万円、同D及び同EについてはCの慰謝料請求権を各2分の1ずつ承継したものとして各200万円、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M及び同Nについては、各300万円と認めるのが相当である。また、弁護士費用としては、原告A及び同Bについては各90万円、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M及び同Nについては各45万円、同D及び同Eについては各30万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、724条、労働基準法4条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2048号3頁
その他特記事項