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N社、Z社派遣社員解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
N社、Z社派遣社員解雇事件
事件番号
大阪地裁 - 昭和49年(ヨ)第3756号
当事者
その他申請人 個人5名 A、B、C、D、E
その他被申請人 株式会社(N社)、株式会社(Z社)
業種
サービス業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1976年06月17日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
申請人A、同B、同C、同D、同Eは、それぞれ昭和47年4月頃、同年10月頃、同48年4月、同45年7月頃、同49年1月頃、被申請人N社に入社し、昭和48年ないし49年以降被申請人Z社大阪整備工場においてキーパンチャーとして勤務していた女性である。

Z社は、大阪国際空港の端末機操作業務について、P社と業務請負契約に行わせていたが、P社はこれをZ社に無断でN社に再委託していた。ところが、昭和48年11月頃になって、N社のキーパンチャーである申請人らが派遣されて来ていることが判明したため、Z社はN社との間で業務請負契約を締結しようとした。その矢先の昭和49年6月4日頃、N社社長からZ社の担当者に対し、派遣した従業員の中から頸肩腕障害で健康を害する者が多数出てきたため、請負業務を完全に履行することが困難になったとして、契約締結を見合わせたいとの申し出があり、協議の結果、同月30日付けをもって申請人らはZ社から引き上げられた。その後、N社では申請人らに通院加療させながら軽作業に就かせるなどしていたところ、同年7月16日以降申請人らに対し就業規則に基づき待命を命じ、休業手当を支給することになった。

しかし、その後もN社の受託業務は減少傾向を示し、しかも申請人らはいずれも前記障害のため直ちにキーパンチ作業に就けない状況にあったため、N社は申請人らに特段の措置を講ずることなく、就業規則の「止むを得ない事業上の都合により従業員を解雇することがある」の規定に基づき、同年8月30日に申請人らを解雇した。

申請人らは、本件解雇は無効であると主張するところ、使用従属関係の実態からZ社との間にも直接の雇用契約関係が成立していたとして、申請人A、C、D及びEについて解雇無効による従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
また、申請人Bは、頸肩腕障害等により通院治療を続けていたところ、通院していない交通費が支払われていたことが判明し、そのことで始末書を提出させられた直後に退職願を提出したが、これは詐欺又は強迫によるものと主張し、その取消しを求めた。
主文
1 被申請人日本データ・ビジネス株式会社は、昭和49年9月1日以降毎月25日限り、申請人Aに対し金6万9000円宛を、同Cに対し金6万4000円宛を、同Eに対し金6万3000円宛を、同Dに対し金7万3000円宛をそれぞれ仮に支払え。

2 申請人A、同C、同E、同Dの被申請人日本データ・ビジネス株式会社に対するその余の申請並びに被申請人全日本空輸株式会社に対する本件仮処分申請は、いずれもこれを却下する。

3 申請人Bの被申請人両名に対する本件仮処分申請は、いずれもこれを却下する。

4 申請費用中、申請人Bを除くその余の申請人ら4名と被申請人日本データ・ビジネス株式会社との間に生じた分は同被申請人の、被申請人全日本空輸株式会社との間に生じた分は右申請人ら4名の各負担とし、申請人Bと被申請人両名との間に生じた分は同申請人の負担とする。
判決要旨
1 申請人らとZ社との間の労働契約関係の存否

申請人らとN社との間に労働契約が締結されていること、Z社がP社との間で大阪国際空港における端末機器の操作業務につき「業務請負契約」を締結し、P社が更にN社との間でほぼ同一内容の「業務請負契約」を締結していたが、申請人らとZ社との間に、直接には労務供給に関する何らの明示的契約も締結されていなかったことは明らかである。この点につき申請人らは、Z社と申請人らとの間に使用従属関係が存在することを前提として、法的にもその間に使用従属関係の成立を認めるべきである旨主張するが、仮にそのような状態が存在するとしても、それは事実上の関係に留まり、法律上の関係ではないから、そのような状態が継続したからといって当然に、これが法的関係である労働関係に転化するというようなことはあり得ない。

もっとも、使用者とその指揮命令の下で拘束を受けて就労している者との間に、労務供給に関する何らかの契約が現実に締結されている場合には、その実質的内容に着目して、使用従属関係が認められる限り、これを労働契約と評価し、労働法的規制に服せしめるべきことは当然であるけれども、そのことから逆に、現実に労務供給に関する契約の締結されていない者の間においても、右のごとき関係がある限り、法律上も労働契約関係が認められるとすることには論理の飛躍があるといわざるを得ない。

更に、一般に不当労働行為制度は、直接に労務供給に関する契約の締結されていない者の間においても、一方が他方の労働関係に対し直接的な影響力ないし支配力を及ぼし得る地位にある場合には、これを労働組合法の使用者の1人として救済命令の名宛人とすることは、制度の目的からして十分に可能であり、また災害補償の関係においても、労務供給に関する契約の直接の当事者ではない者に責任を負わせるのが妥当とされる場合があることは否定できない(労基法87条)。けれども、事実上の使用従属関係の存在から直ちに、個別的な関係を超えて、全面的関係における労働契約関係の成立を認め、その間に直接の賃金請求権、就業規則の適用その他全ての面にわたって、明示的に労働契約を締結した者と法律上全く同一の関係が存在することまで肯認することはできないといわなければならない。

しかしながら一方、労働契約は諾成・不要式の契約であるから、本件のごとく「請負契約」の請負人に雇用されている労働者が、その請負契約に基づいて、明示的な労働契約関係のない注文者に対し事実上労務を提供している場合においても、その注文者との間において少なくとも黙示的に労働契約が成立したものと認め得る余地があることは否定することができないであろう。ただその場合、黙示的にその成立が認められるべき労働関係が、単に事実上の使用従属関係が存在するというだけではなく、経験則ないし一般社会通念上、一労働者の側では注文者を自ら使用者と認め、その指揮・命令に従って労務を提供する意思を有し、他方注文者の側ではその労務に対する報酬として直接当該労働者に対し賃金を支払う意思を有するものと推認するに足るだけの事情が存在するのでなければ、黙示的契約の成立を認めることはできない。したがって、例えば請負人の存在が職業安定法44条を故意に潜脱するための偽装的なもので、全く名目的に過ぎないとか、請負人が独立の企業としての性格を失って注文者の企業組織に組み入れられてしまい、実質上注文者の労務担当の職制の1人に過ぎなくなっているとかの事情がなければ、右のごとく黙示の労働契約の成立を認定することは困難といわなければならない。更に、いわゆる法人格否認の法理、すなわち、(1)請負人の法人格が全く形骸に過ぎず、注文主と請負人とが実質的に同一と認められる場合、(2)請負人の法人格が法律の適用を回避するために濫用されている場合、つまり注文者が請負人を意のままに道具として使用できる支配的地位にあり、かつ、注文者による会社形態の利用が違法不当な目的に出ている場合には、請負人の法人格を否認して直接注文者と労働者との間に労働契約関係の存在を認めることができるといって何ら差支えがないというべきである。

申請人らが、作業実施等の面においてある程度Z社の指揮に服していたことは否定し得ないにしても、N社の支配関係を全く離れて、直接Z社の指揮・命令の下に拘束を受けて就労する状態にあったものの、Z社と申請人らとの間に事実上の使用従属関係が成立するに至っていたとまで認めることは困難であるといわざるを得ない。のみならず、N社の存在が職業安定法44条を故意に潜脱するための偽装的なもので、全く名目に過ぎないとか、N社が独立の企業としての性格を失ってZ社の企業組織に組み入れられてしまい、実質上Z社の労務担当の職制に過ぎなくなっていると認めることもできない。更に、会社であるN社の法人格が全く形骸に過ぎず、N社とZ社とが実質的に同一であるとか、Z社がN社を意のままに道具として使用できる支配的地位にあり、かつ違法不当な目的をもって会社形態を利用しているとの点も認めることはできない。そうすると、黙示的労働契約の観点からも、また法人格否認の法理によっても、直接Z社と申請人らとの間に全面的関係における労働契約関係の成立を認め、申請人らがZ社との間に明示的な労働契約を締結した者と法律上全く同一の地位を取得していたことを肯認することはできないから、右労働契約関係が成立したとする申請人らの主張は採用することができない。

2 申請人らとN社との間の労働契約の効力

申請人らは、N社の事業が職業安定法44条に違反する違法な労働者供給事業であると主張するとともに、N社と申請人らとの間に締結された労働契約は、右違法な事業の目的を達成するための手段として同事業と不可分の関係にあるから、公序良俗に反して無効であると主張する。しかしながら、労働契約と事業目的の遂行とは法律関係としては別個のものであって、その間にこれを一体の法律関係とみるほどの密接不可分な関連性は認められないから、申請人らの右主張は、動機において不法のある契約の無効をいうものとみるほかない。ところで、動機は法律行為そのものではないが、不法な動機をもってする契約の効力を否定して国家がその強制的履行に協力しないことにより、公序良俗違反の事項自体を内容とする法律行為を無効とした法の趣旨を貫徹するためにほかならないから、不法な動機をもってする契約を無効とし、各契約当事者に対しその契約から生ずべき一切の法律効果を付与しないこととするためには、動機の反公序良俗性の程度が極めて強いとか、その程度が比較的弱くても、表意者が動機の反公序良俗性を知りながら、なおこれに協力することを意欲して契約を締結したとかの事情の存在を必要とするといわなければならない。

これを本件についてみるに、職業安定法44条の規定が、従来の労働者供給事業において封建的な身分関係にも比すべき前近代的な人的支配関係に基づいて労働者が供給使用せられ、中間搾取や強制労働の弊を伴いがちであったため、これを排除することによって右のごとき弊を除去しようとする趣旨に出たものであることからすると、右労働契約締結の動機であるN社の事業目的の遂行が、同契約を直ちに無効ならしめるほどの強度の反公序良俗性を帯有するものとは認め難く、また申請人やN社が、その反公序良俗性を知りながらなおこれに協力することを意欲して右労働契約を締結したとも認め得ないことは明らかというべきであるから、N社と申請人らとの間の労働契約が、契約として何らの法律効果も生ぜず、法律上の保護も与えられない無効なものとは到底認められない。

3 N社による本件解雇の当否

本件解雇当時、不況も手伝ってN社の受託業務が減少傾向を示していたところ、N社の事業実態からすれば、それに伴って一定期間キーパンチャーの仕事がなくなるような事態が起こり得ることは容易に予測されるところであり、また職業安定法44条を故意に潜脱するための偽装的な事業体でない以上、そのような事態のあり得ることを前提として運営されるべきことは当然であるから、単に差し当たってキーパンチャーにさせる仕事がないというだけで、特段の措置も講じないまま、仕事のなくなった従業員を僅か2ヶ月で解雇するが如きは、許容されるものとは到底認めることができない。のみならず、申請人らが当時業務上の疾病に罹患して加療中であったことは、右の事実関係からこれを推認するに難くないところである。もっとも、申請人らは当時、右業務上疾病の療養のために休業していたわけではないから、右解雇が労基法19条に違反するということはできないが、右規定は、使用者に労働者の生命・健康に対する配慮義務があり、負傷・疾病に基づく労働不能を理由とする解雇もその点から制限されることがあり得ることを当然の前提とするものであるから、たとえ右規定に直接違反する解雇でなくとも、適当な経営上の措置や臨時労働力の雇用などの手当を施すこともしないで、業務上の疾病治療中の労働者を極めて短期間のうちに解雇するようなことは、少なくとも、就業規則にいわゆる「止むを得ない」の要件を充たさないものといわなければならない。そうだとすると、申請人らに対する解雇の意思表示は、「止むを得ない事業上の都合」によるものでないのに、それによるものとしてなされたものであって、その効力を生ずるに由ないものといわざるを得ない。

4 申請人Bの任意退職の成否

申請人Bは、昭和49年5月20日、頸肩腕障害等により3週間の休業加療を要する旨の診断を受けて休業に入り、その後も通院治療を続けていたところ、10日分について通院していない交通費が支払われていたことが判明し、そのことで始末書を提出させられた直後に、課長から退職願の用紙を渡されてこれを提出した。申請人Bは、右退職届提出は詐欺又は強迫によるものと主張するが、申請人Bは失業保険金受給のために離職票の発給を求めたり、退職金や給与を異議なく受領しているところ、これら事実関係からすれば、申請人Bの本件退職の意思表示が詐欺によるものとはいえず、また課長らの言動が違法な害悪の告知としての強迫に当たるものとみることも困難であるから、右意思表示が取消によって遡って効力を失ったとする同申請人の主張は理由がないというべきである。
適用法規・条文
職業安定法44条、労働基準法10条1項、87条
収録文献(出典)
労働判例256号47頁
その他特記事項