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電機会社F工場反省書等強要事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 電機会社F工場反省書等強要事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁八王子支部 − 昭和57年(ワ)第64号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人1名 A、株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1990年02月01日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、高校卒業後の昭和50年4月、電機機械器具製造等を目的とする被告会社に入社し、昭和51年4月から府中工場材料加工部製缶課に配属された者であり、被告Aは、同課ラインの製造長として原告の上司の地位にあった者である。
原告は、昭和54年12月頃から「労働者の声」と題するビラを配布するグループに参加するようになり、職場の親睦団体からも脱退し、サークル活動のために次第に残業をしなくなり、それまで月30〜40時間していた残業を月に10時間程度まで減らした。
原告は、被告A、作業長らから、ビラの交付、機械等の片づけの不備、作業日報の不記載、作業中の居眠り、作業手順の誤りによる機械の故障、年休の取り方等について叱責され、反省書の作成を求められるなどしたことから、精神科を受診し、心因反応との診断を受けて、昭和56年7月10日から25日までの間欠勤した。
原告は、被告Aらの言動により欠勤を余儀なくされたとして、欠勤による賃金の未払い分5万円余を請求するとともに、被告Aの不法行為により原告は著しい精神的苦痛を受け、この不法行為が被告会社の業務の執行につきなされたものであるとして、被告A及び被告会社に対し、慰謝料500万円を請求した。 - 主文
- 1 被告株式会社は、原告に対し、5万5490円及び内金4万5135円に対する昭和56年8月26日から、内金1万0355円に対する同年12月5日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告らは各自、原告に対し15万円及びこれに対する被告株式会社東芝は昭和57年1月30日から、被告Aは同月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告らの、その余を原告の負担とする。
5 この判決は第1、第2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Aの行為の違法性
被告会社府中工場の製缶課の製造長には、その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責することは勿論、時に応じて始末書等の作成を求めることも、それが人事考課の資料となるものではなく、またその作成提出は業務命令の対象ともなるものではないことが認められるから、必ずしも個人の意思の自由とも抵触を来すものではないというべく、それ自体が違法性を有するものではない。しかしながら、製造長の行為が右権限を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合には、そのような行為が違法性を有するものと解すべきである。また、製造長は部下である従業員に対し、個々の従業員の個性、能力等に応じて、適切な指導監督を行うべきであるから、ある従業員に対して他の従業員と別異に取り扱うことがあることは当然のことであるが、別異に取り扱うことが合理性のない場合には、別異の取扱いは違法性を持つものと解される。
原告が、職場の同僚にビラを交付したことについては、就業時間中にビラを交付する行為が就業規則や労働協約に違反していることが認められるから、原告のビラ交付行為を被告Aが注意することは当然であり、このことについて原告に対し反省書の作成を求めたことは、製造長の裁量の範囲内の行為というべきである。
原告は退社の際には、使用していたエアーグラインダー等を収納すべきであったというべきであるが、原告はこれを怠り、剰え電気溶接機は電源を切らない危険な状態のまま放置して退職したのであるから、被告Aが注意したのは当然の措置というべきであり、これについて反省書の作成を求めたことは、製造長の裁量の範囲内の行為というべきである。
作業日報は、当日の作業についてはその日のうちに記載されるべきものであるが、原告が作業日報を記載せずに退社したことについて、被告Aが反省書の作成を求めたことは通常の取扱いであって、当然のことである。スポット溶接機を使用する際は、溶接条件を記録することが必要であるところ、原告の忘失について被告Aが注意し反省書を徴したのは当然である。原告は、2度にわたりスポット溶接機の使用方法を教えてもらっていながら、原告はその手順を全く覚えておらず、誰かに確認することもなく、使用開始時に開ける作業をしないバルブを閉じたのであり、一連の原告の態度は極めて不真面目と言わざるを得ず、原告がバルブを閉めたことによって溶接機が故障したことの責任は原告にあるというべきであり、その故障により修理費用として数十万円の損害が被告会社に生じたことが認められるから、被告Aが原告を叱責し反省書の提出を求めるのも当然のことと言わなければならない。原告はボール盤を使用した穴開け作業の際、回転中のドリルの下に手を入れることを繰り返したので、作業長はこれを注意したが、原告はこれを改めなかった。したがって、被告Aが原告に注意するのは当然であり、文書の提出を求めたのはやむを得ないことというべきである。
製缶課においては、午前と午後、5分ないし10分程度、一服と称して作業から離れることが慣行として行われていたが、次の仕事の段取りを考えることにも使われていること、そのため、課長、製造長等から繰り返し一服の際の過ごし方について、節度ある過ごし方をすること等の指示がなされていたことが認められ、一服の時間は休憩時間である昼休み等と異なり、この時間に居眠りが許されているものと解することはできない。したがって、一服の際居眠りをしていた原告を被告Aが叱責するのは製造長として当然のことである。
原告は年休を当日取得する場合製缶課事務所の書記に電話して、製造長等に伝言を依頼する方法を採っていたところ、被告Aは原告に対し、被告Aか直属の作業長に直接承諾を取るよう指示したことが認められ、この被告Aの主張は一応納得し得るものである。原告はこの点について被告Aから始末書の作成を求められたがこれを拒絶し、3日間休暇を取り、土日を挟んで出勤した後、3日目に始末書を作成するまで、断続的に被告Aから始末書を求められていたが、それまで原告の当日の年休の取り方について注意されたことがなく、原告は被告Aの注意に一応納得し、3日間の休暇については一応直接上司に電話しており、被告Aの指示に従って態度を改めたのであるから、執拗に始末書の作成を求めたのは行き過ぎの感は免れず、従業員を指導する上での裁量の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。
原告が図面と異なる製品を製作したため、組立の工程において右製品を使用することができなかったものであるが、チェックを怠って実際に使用できない製品を作ったことについて被告Aが叱責するのは当然であって、このことについて反省書の作成を求めたことは当然というべきである。
作業長は原告の作業打切りが早すぎることについて何度か原告に注意したのに態度が改まらなかったため、報告を受けた被告Aが、後片づけとして原告が行ったことを再現してその時間を計ろうとし、その後原告をその作業台に連れて行って、前日の後片づけを再現するよう求めたのは、製造長としての裁量の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。
以上のとおりであるから、被告Aが原告に注意したり、叱責したことはいずれも、被告Aがその所属の従業員を指導監督する上で必要な範囲内の行為であったというべきであり、これらの事項について反省書等を求めたことも、概ね裁量の範囲を逸脱するものとはいえない。ことに、労働者として、その安全や、機械の操作や、工程管理や、作業方法に関する原告の誤りを是正させるために反省書等を作成提出させるのは、適切な行為というべきである。しかしながら、渋る原告に対し、休暇を取る際の電話のかけ方の如き手続き上の軽微な過誤について、執拗に反省書等を作成するよう求めたり、後片づけの行為を再現するよう求めた被告Aの行為は、いささか感情に走りすぎた嫌いのあることは否めず、その心情には酌むべきものがあるものの、事柄が個人の意思の自由に関わりを有することであるだけに、製造長としての従業員に対する指導監督権の行使としては、その裁量の範囲を逸脱し、違法性を帯びるに至るものといわざるを得ない。
原告は、「働く者の新聞」を同僚に交付したことから、「労働者の声」と題するビラを作っていたグループに原告が加わっていたことから、被告Aはこのような活動を嫌悪して原告を特に叱責したり、反省書の作成を求めようとした旨主張するが、その事実を認めることはできない。2 賃金請求について
原告は、昭和56年7月10日から25日の間、心因反応により欠勤したところ、昭和56年4月以来、原告の不安全行為や所定の方法で作業しなかったこと等に対して、被告Aや作業長から注意を受け、しばしば反省書等の作成を求められたことが原告の精神的負担となってこれが遠因となり、原告が心因反応と診断された当日の前日の作業時間が早すぎたことに対する叱責と、その前日まで続けられた有給休暇の取り方について執拗な追及及び反省書の要求が、直接的な原因となっているものと推認することができる。そして、右の直接的原因となった叱責及び反省書の要求は、いずれも製造長としての裁量の範囲を逸脱する違法なものと認められ、これは被告Aが被告会社の社員として行ったものであるから、これが原因となって惹き起こされた原告の欠勤は、被告会社の責に帰すべき事由によるものというべきである。そうすると、原告が被告会社に対して、その早退及び欠勤を理由として支給されなかった賃金の支払いを求める請求は理由がある。3 慰謝料請求について
原告の心因反応の原因は、被告Aの違法行為にあると解されるから、被告A及び被告会社は、これにより原告が被った精神的損害を賠償する義務がある。この場合、被告らの責任を考慮するに際しては、原告側の事情も斟酌すべきである。原告はしばしば誤った作業をしたり、不安全行為を行うなど、労働者として仕事に対し真摯な態度で臨んでいるとは言い難いところが見られ、また被告Aの叱責に対しても真面目な対応をしなかったり、殊更被告Aの言動を取り違えて応答するなどの不誠実な態度も見られ、このため、有給休暇の取り方や作業終了時間に対する被告Aの過度の叱責や執拗な追及を原告自ら招いた面もあることが否定できない。
以上の事情を総合考慮すると、原告の被った精神的損害を慰謝するには、15万円が相当と認められる。 - 適用法規・条文
- 02:民法 709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例558号68頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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