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清掃事業知的障害者事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
清掃事業知的障害者事件
事件番号
大阪地裁 - 平成20年(ワ)第5038号
当事者
原告個人1名

被告個人2名 A、B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年10月16日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告会社は、建物等の総合管理業務の請負等を目的とする株式会社であり、清掃事業を受託して甲所に知的障害者7名を配属しており、原告(昭和42年生)は軽度の知的障害者で、平成18年9月1日、被告会社と雇用契約を締結した女性である。また、被告A(昭和22年生)は業務責任者として、被告B(昭和14年生)は専任支援者として、いずれも甲所において知的障害者の業務を支援しつつ、自らも清掃業務に従事していた。

平成19年3月23日に実施されたケース会議において、原告から被告Aに背後から身体を密着されたり、腰から臀部にかけて触られた旨報告され、ジョブコーチはこれを統括者であるHに伝えた。同年4月6日、原告が被告Aに対し「Bさんのいないときにセクハラをしないでください」と述べたところ、被告Bが原告に「セクハラって知ってるの」と問い返し、被告Aを庇う形になって、収拾がつかなくなったため、原告にはしばらく欠勤させることになった。Hは、同月18日のケース会議で(原告、原告の父親も出席)において、原告及び父親に対し、セクシャル・ハラスメントと捉えられることがあったことを認めて謝罪した上、被告A及び被告Bに注意し、再発防止を約束した。

原告は、それまで遅刻や欠勤が少なくなかったが、同年4月16日以降ほとんど欠勤しなくなり、ジョブコーチが同月18日から同年10月4日まで、月1、2回原告の勤務場所に赴き、原告の勤務状況や被告A及び被告Bの原告への対応について継続的に観察したところ、原告は「被告Bが少し高飛車な態度、言葉になる」以外は、特段不満を述べることはなかった。原告は、同年10月19日欠勤し、多量の睡眠導入薬を服用したところを発見され、病院に搬送されて、うつ状態及び急性薬物中毒により安静が必要との診断を受け、翌20日入院した。そして原告は、同月26日のケース会議で、「自殺するつもりで薬を飲んだ。職場のストレスが原因である。今は仕事を続けたいと思っているが、仕事を続けるに当たっては、被告Bとの関係を何とかしなければならないと考えている」と述べ、父親も被告Bの配置転換等を要求した。これに対し被告会社は、同月30日のケース会議で、原告及び父親に対し、被告Bの配置転換はしない旨回答し、当面の間様子を見るため、原告を休職扱いとした。
原告は、被告Aのセクシャル・ハラスメント及び被告Bのパワーハラスメントによって精神的苦痛を被ったとして、それぞれに対し慰謝料300万円、被告会社の不誠実な対応によっても精神的苦痛を受けたとして、被告会社に対し慰謝料200万円をそれぞれ請求するとともに、入院治療費27万円余、弁護士費用として損害賠償請求額の1割を請求した。
主文
1 被告Aは、原告に対し、被告株式会社と連帯して55万円及びこれに対する平成20年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告株式会社は、原告に対し、88万円(ただし、被告Aと55万円の限度で連帯して)及びこれに対する平成20年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告の被告A及び被告株式会社に対するその余の各請求並びに被告Bに対する請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は原告の負担とする。

5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Aの不法行為の有無

被告Aが、被告Aが、(1)平成19年3月頃、原告の背後から身体を密着させたこと、(2)同月19日の終礼中、原告の腰から臀部付近にかけて触ったことが認められる。これに対し被告Aは、(1)のうち、勤務時間表に記入している原告の背後から接近し、身体が触れたかも知れないこと、(2)のうち、原告の腰に指で触れたことは認めるものの、身体を密着させたことや臀部を触ったことを否認するとともに、原告が被告Aのセクシャル・ハラスメントを指摘したのは、原告の欠勤が問題となった平成19年4月5日のケース会議が最初であり、それも原告の欠勤の理由として持ち出された話に過ぎず、原告の供述は信用性に乏しい旨主張する。しかしながら、原告は、(2)の直後である同月23日頃、ジョブコーチに対し、被告Aによる(1)及び(2)の行為について相談をしていることが認められることに加え、(1)及び(2)の行為がなされる前には、原告と被告Aとの間に特段の問題となるようなこともなく、原告が敢えて同被告について虚偽の事実を述べるような事情も見出せないことに照らすと、(1)及び(2)の行為に関する原告の供述の信用性は高いものということができる。

 被告Aの(1)及び(2)の行為は、明らかにセクシャル・ハラスメント(他者を不快にさせる職場における性的な言動)であり、原告の人格権(性的自由)を侵害する不法行為に該当する(以下(1)及び(2)の行為を「本件セクシャル・ハラスメント」という)。

2 被告Bの不法行為の有無

ジョブコーチらは、原告が被告会社に入社した後も、職場への適応を確認するために継続的に原告の勤務状態を観察し、とりわけ本件セクシャル・ハラスメントが表面化した平成19年4月以降は、原告のみならず、被告Aや被告Bの原告に対する対応についても注視するようになったが、原告は同年6月15日のジョブコーチとの面談において「被告Bが少し高飛車な態度、言葉になる」と述べた外は、被告A及び被告Bについて特段不満を述べることはなかったものである。そして原告は、被告Bから遅刻について厳しく注意されたことについてジョブコーチに相談したり、本件セクハラ行為については比較的速やかにジョブコーチに相談しており、仮に被告Bからいじめを受けていれば、これについても容易に相談し得る状態にあったにもかかわらず、このような相談をしていないことに加えて、被告Bが原告の求めに応じて、速やかに便所の清掃担当を他の従業員へ変更していることなどに照らせば、被告Bが便所掃除を終えた原告に対し「臭い」というなど、業務指導の範囲を逸脱したいじめを行っていたことを認めることはできない。

3 被告会社の責任の有無
本件セクシャル・ハラスメントは、勤務時間中に職場で行われたものであり、被告Aの職務と密接な関連を有するものと認めるのが相当であるから、これによって原告が被った損害は、被告Aが被告会社の事業の執行について加えた損害に当たるというべきである。よって、被告会社は、民法715条1項に基づき、被告Aの上記不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。使用者は、被用者に対し、信義則上その人格的利益に配慮すべき義務を負っており、セクシャル・ハラスメントに起因する問題が生じ、これによって被用者の人格的利益が侵害される蓋然性がある場合又は侵害された場合には、その侵害の発生又は拡大を防止するために必要な措置を迅速かつ適切に講じるべき作為義務を負っているものと解される。しかるに、原告が被告会社にセクシャル・ハラスメントを訴えたにもかかわらず、Hは被告Aから簡単な事情聴取をしただけで、セクシャル・ハラスメントの存否を確認しないまま、同被告に対しセクシャル・ハラスメントと誤解されるような行為をしないように注意したに過ぎず、被告会社の代表者Jは、H等の担当者に対し、本件セクハラ行為について十分な調査を尽くさせないまま、適切な措置を執らなかったことが認められるのであって、Jのこのような対応は、上記作為義務に違反するものといわなければならない。そして、原告は、Jのこのような対応によって、セクシャル・ハラスメントが生じた職場環境に放置され、人格的利益の侵害を被ったことが容易に認められるから、被告会社は、会社法350条に基づき、Jの上記対応によって原告が被った損害を賠償する責任がある。4 損害原告は、(1)平成17年1月にうつ病と診断されて以来継続して通院精神療法を受けていたこと、(2)医師に対し、職場で感情不安定になりやすい、人間関係のストレスがあるなどと述べていたこと、(3)平成19年11月に入院する前は、自宅で父親と衝突を繰り返していたが、入院後は典型的な抑うつ気分は見られなかったことが認められる。このように、原告は被告会社に入社する以前から精神的に不安定な状況が続いていたことに加えて、本件セクシャル・ハラスメントが止んでから原告が自殺未遂を起こすまでの約6ヶ月間、原告はほとんど欠勤することもなく、比較的良好な勤務状態を保っており、原告と被告Aとの間には特段問題とするようなこともなかったことに鑑みると、本件セクシャル・ハラスメント及びこれに対するJの対応(不作為)と原告の自殺未遂との間には相当因果関係があるとまではいえないから、治療費は損害として認めることはできない。被告Aは、業務責任者として原告等の知的障害者を支援する立場にありながら、原告にとっては容易に抗い難い状況の中で本件セクシャルハラスメントを行ったものであり、その態様は相当悪質であること、原告が抗議した後も原告に対し直接謝罪の意思を示していないこと、その他本件に顕れた一切の事情を総合勘案すると、原告が本件セクシャル・ハラスメントによって被った精神的苦痛を慰謝するためには50万円をもってするのが相当である。原告は、被告会社に対し、被告Aのセクシャル・ハラスメントを訴えたにもかかわらず、被告会社から、本件セクシャル・ハラスメントについて十分な調査をなされず、曖昧なまま放置されたものであり、原告がこれにより被った精神的苦痛を慰謝するためには30万円をもってするのが相当である。また、被告Aの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は5万円、Jの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は3万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、会社法350条
収録文献(出典)
その他特記事項