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愛知(印刷紙器製造会社)解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 愛知(印刷紙器製造会社)解雇事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 − 昭和52年(ヨ)第1401号
- 当事者
- その他申請人 個人1名
その他被申請人 K印刷紙器株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1978年09月29日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 被申請人は、印刷業務を目的とする株式会社であり、申請人は、昭和51年に被申請人に採用され、3ヶ月は試用工との約束で、3月15日から本社工場で就労を始めた者である。申請人は、数ヶ月後には独立してバタン印刷(衣服の生地見本を貼付する台紙の印刷)に従事するようになった。
申請人は、入社当初は定時に出社していたが、バタン印刷は独立して作業する仕組みであること、新しい版による印刷作業は、事務系の人が来ないと仕事ができないこと等の事情に加えて、通勤事情のためか、次第に遅刻が多くなった。申請人の遅刻は、殆ど事前の届出はなされず、入社以来1年5ヶ月の間に180回に及んだが、その中には30分以上1時間以内の遅刻が19回、1時間以上の遅刻が27回あり、これは他の工員の平均遅刻回数、時間をはるかに超えるものであった。
昭和52年7月18日昼休み、被申請人専務がゴルフの遊び道具を見つけ、Sが仕事中にもやると答えるや、厳しく叱責し、代表者も重ねて叱責したところ、Sは申請人に「解雇と言われたから帰る」と言って帰宅した。申請人は、他の従業員もこの道具で遊んでおり、職場長などもこれを黙認しておりながら、代表者らが何らの調査もすることなく、突如Sのみ解雇すると通告したことに憤慨し、「Sを解雇するなら自分も退職する」と職場長を介して代表者に伝え、Sとともに帰宅した。
同月20日、Sは代表者に陳謝し、今後会社に迷惑をかけない旨の誓約書を提出したため、代表者はこれを諒承した。そこで代表者は申請人に対し、Sの誓約書を提示した上、同趣旨の誓約書を提出するよう求めたが、申請人は自分の行動に非はないとしてこれを拒否したところ、その過程で、申請人の遅刻が多いことから、遅刻の件についても誓約書の提出が求められた。これに対し申請人は、遅刻の件は自分に非があるから誓約書を書いても良いが、無断早退と抱き合わせで書くことは拒否すると答えたため、代表者は、「誓約書を提出しないなら君を信用できないから解雇するしかない。遅刻の件だけでも良いから誓約書を提出するように」と提出を促したところ、申請人は翌日提出する旨答えた。
翌21日、代表者が申請人に誓約書の提出を催促したところ、「誓約書を提出しなければ解雇する外ない」との代表者の発言などへの反発もあり、「明日書く」と言って帰宅した。その後も申請人が誓約書を提出しないでいたところ、代表者は、もはや申請人を信用できないとして、同月25日、30日分の解雇予告手当8万円を提供して解雇を通告した。
申請人は、解雇予告手当の受領を拒否し、供託した上、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、労働契約上の地位にあることの確認と賃金の支払いを求めて仮処分の申請に及んだ。 - 主文
- 1 申請人が、被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人は、申請人に対し昭和52年9月以降毎月末日限り金9万2583円を仮に支払え。
3 申請人のその余の申請を却下する。
4 申請費用は被申請人の負担とする。 - 判決要旨
- 解雇辞令書記載の解雇理由は、就業規則所定の届出手続き違反であるところ、申請人は入社以来180回に亘る無届遅刻をしているのであるから、右所為は同規則の勤怠手続違反に該当し、その回数が多いことに鑑みると、懲戒解雇事由に該当することは明らかであるが、身上に関する届出手続違反の点については、申請人が職場長に口頭による届出をなし、その諒承を得ている事実に徴すれば、書面による届出がないことを理由に到底懲戒解雇事由に該当するとは認められない。
ところで、申請人の無届遅刻は多数回に亘っているが、申請人は入社以来、誓約書提出要求に至るまでの間は、時々口頭による注意を受けたものの、詰問されたり、始末書の提出を要求されたり、懲戒処分に付されたことはなかったのであり、これは申請人の遅刻がパタン印刷業務に格別支障を来すという程度に至らなかったためと考えられる。そして、被申請人代表者が本件解雇に及んだ理由は、申請人が遅刻について誓約書の提出を約諾しながら、再三の説得に応ぜずその提出をしなかったため、反省を欠く申請人を信頼できないとしたためである。
使用者である被申請人代表者としては、無断早退したSが誓約書を提出し、その非を陳謝した以上、これに同調した申請人からもこの件について誓約書を提出させようとしたのは、使用者として当然の措置というべく、提出要求を拒否した申請人に対し、それでは従前の無断遅刻の点についてのみで良いからと誓約書の提出を要求し、これによってS及び申請人の無断早退の件と併せて従前の無断遅刻の件に決着をつけ、もって職場秩序の維持を図ろうと考えたのも無理からぬものというべきである。しかしながら、一方申請人としては、Sが無断早退した原因は被申請人代表者の労働者軽視の姿勢にあり、自己に非はなく、無断遅刻については自己に非は存するものの、これについての誓約書の提出要求は問題のすり替えであり、提出しなければ解雇する外ないとの代表者の言動に内心反発し、誓約書の文言にも納得できぬものを感じて、誓約書の提出を一旦は約しながら、遂に提出しなかったのであり、申請人の誓約書の不提出は、同人の無届遅刻についての反省心の欠如を示すとはたやすく即断できない。
いかなる理由があるにせよ、無断早退が許されて良い道理はないが、これについての誓約書の提出を拒否されて初めて従前の無届遅刻についての誓約書の提出を要求するというのは、問題のすり替えとのそしりを免れない点はあることは否定できず、また右提出要求に申請人が容易に応じなかったからといって、いきなり懲戒処分としては最も重い懲戒解雇処分に及んだのも余りに性急に過ぎ、提出要求拒否に対する報復解雇と評されても致し方ない。すなわち、申請人の無届遅刻について懲戒解雇しようとするなら、従前、何らの処分もなされていないことに鑑み、別の機会に、無断早退の件とは切り離し、正式に申請人に対し、従来はともかく、今後かかる行為を繰り返すなら懲戒処分をする旨説諭し、それでも無断遅刻を繰り返すという事態になったときに、初めて懲戒解雇をすべきであったのであり、本件解雇は時期的に著しく妥当性を失し、始末書不提出に対する報復の意図に出たものと認められ、かつ、申請人の誓約書の不提出が無届遅刻に対する反省心の欠如と即断できない以上、本件解雇は懲戒権の濫用というべく無効と解する。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例308号90頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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