判例データベース

福岡(鉄道会社)自動車営業所所持品検査本訴事件

事件の分類
解雇
事件名
福岡(鉄道会社)自動車営業所所持品検査本訴事件
事件番号
福岡地裁小倉支部 − 昭和52年(ワ)第709号
当事者
原告 個人1名
被告 鉄道会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1981年09月14日
判決決定区分
認容
事件の概要
被告は旅客運送事業を営む会社であり、原告は昭和38年8月に被告に雇用され、戸畑自動車営業所に車掌として勤務していた者である。

被告においては、乗車賃が収入の根幹をなすものであって、就業規則に不正領得行為の防止のための規定を設け、違反者は厳重に処分するなどその防止に努めてきたが、不正行為が後を絶たなかった。そのため、被告では適正委員会の協議を経て、昭和45年10月28日、勤務中私金の証明のつかない金銭を携帯したときの「私金の証明」を厳格にすることとし、職員らに周知を図った。

被告は、昭和46年4月30日営業所長会議で適正化委員会決定を説明した上、その実施を指示し、この指示を受けて所長は各乗務員等に「私金の証明」が今後厳格に解されることを周知徹底させるための確認書(本件確認書)への押印を求めた。原告は病気休職後の同年7月27日に本件確認書に押印を求められたが、これを拒否し、その後も再三の説得にもかかわらず押印を拒否し続けた。そこで、被告は右押印拒否行為は就業規則に違反するとして、同月31日懲戒解雇する前提として、原告に対し同年8月1日以降出勤禁止を命じ、同年10月22日、原告を諭旨解雇とした。なお、被告は、本件確認書押印拒否の外、原告が、退去命令に従わなかったこと、ゼッケンを着けたりビラを配布したりしたこと、宿泊所で下着姿で寝ていたこと、構内でジグザグデモを行ってバスの出庫を送らせた行為を挙げて本件処分の正当性を主張した。
これに対し原告は、出勤停処分及び諭旨解雇処分は無効であるとして、雇用関係の確認と賃金の支払いを請求したが、本訴に先立って、地位保全の解離処分申請がなされたところ、第1審、控訴審とも申請人(原告)の主張を認め、雇用契約上の地位を認めた。
主文
原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告に対し1396万8384円及び昭和55年12月以降毎月23日限り13万0900円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第2項は仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件確認書への押印拒否について

原告は本件確認書に押印する義務があるというべきであり、本件確認書に押印しないことに正当な理由があるとはいえず、原告の右行為は就業規則「正当な理由なく職務上の指示に従わなかったとき」及び「上長の職務上の指示に反抗し」に該当するといわなければならない。しかしながら、被告が本件確認書に押印を求める趣旨は、私金所持を禁止し、所持品検査を行う範囲を会社施設内及びこれに準ずる場所における本人の占有する担当箱や自家用車等にまで拡大することとして、従業員にその遵守を約束させようとすることに外ならないが、原告は、そもそも右のような範囲についてまで所持品検査を行うのは乗務員等の基本的人権を侵害するもので許されないと考えていること、所長ら上司は本件確認書に押印を求める際の教育指導において、被告は必要とあればいつでも右担当箱や自家用車等の検査ができると説明し、原告には右説明は納得いかないことと考えられたこと、原告は、乗務員等が勤務中金銭を所持してそれが私金であるとの証明をすることができない場合には公金を不正領得した場合と同様懲戒解雇を課する就業規則の規定は合理性がないと考えていること、家族が手渡した現金と所持していた現金と同一であることが証明されなければならないなどと説明した私金の証明の解釈は乗務員側の立証を事実上不可能にするものであったこと、そして本件確認書に押印することは右会社の解釈を容認するものと受け取られ、何らかの不利益を受けるおそれがあると感じたことなどが認められる。

会社施設内の本人の占有する担当箱や自家用車等につき所持品検査をすることが許されるとしても、一方乗務員等においても故なく私物につき検査を受けない自由が認められるべきであるから、検査は合理的理由がある場合に相当な方法と程度においてされる限りにおいて許されるというべきであって、例えば自家用車の検査は会社が必要と認めるときにいつでもできるというものではなく、乗務員等が不正領得した金銭を自家用車内に持ち込んだことを疑わしめる客観的な事実が認められる場合にのみ許されるものと解すべきである。したがって、確認書に関する被告会社側の従業員に対する説明は妥当性を欠き、原告がその説明を納得いかないと感じたことも一応もっともといわなければならない。更に乗務員等が勤務中私金の証明のつかない金銭を所持していた場合には公金を不正領得した場合と同様懲戒解雇処分を課すという就業規則の規定は、少なくともそれが文字通り厳格に解釈、適用されるとすれば不合理といわなければならず、被告会社の右規定の解釈に対する原告の批判は一応もっともな点があるというべきである。

以上見たとおり、本件確認書には困難な法律問題を含んでいる上、被告会社側の教育・指導内容には相当でない部分が含まれ、本件確認書は文言の内容と会社のいう押印を求める趣旨が一致していないのであって、原告が本件確認書に関して抱いた疑問には一応首肯できる面があり、原告は本件確認書に代わるべき理由書は提出していないものの、押印できない理由はその都度述べていること等を考え合わせると、原告が本件確認書に押印を拒否したことを強く非難するのは酷であり、就業規則「上長の職務上の指示に従わず、その情状が重いとき」には該当しないと思われる。

2 その他の就業規則違反について

 昭和46年7月8日、所長らが事務所でI車掌に対し本件確認書について説得指導していたときに、傷病休職中であった原告が入室し、退去命令に従わなかった行為は、就業規則の懲戒事由に該当するが、原告はその時勤務があったわけではなく、入室中黙って聞いていただけで、妨害行為は行っていないことを考え合わせると、右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為とは認められない。

 原告がゼッケンを着けたり、乗務員控室でビラを配布した行為は、いずれも主として本件確認書への押印を求める被告会社の施策並びに右確認書への押印拒否者に対しされた処分を不当とする抗議行動であるが、職場の秩序を乱すものであり、就業規則の懲戒処分に該当するということができる。しかしながら、ビラの配布された乗務員控室は、乗務員がくつろぐことが許されているところであること、配布に要した時間はいずれも短時間であり、ビラ配布は勤務時間前にされていることが認められるのであって、ゼッケンを着けたりビラを配布した行為が被告会社の業務運営に直接支障を与えたとは認められない。また本件確認書への押印を命ずることが適法なものとしても、その前提となる教育指導内容等に相当を欠く面があるから、右確認書への押印拒否を理由にしてされた他の従業員に対する出勤停止処分の相当性も原告の場合と同様問題があったとみられる。右の点を考えると、原告の右各抗議行動はいずれもいまだ本件解雇に値する程重大な規律違反行為ということはできない。

 原告が昭和46年7月28日就業時間中勤務宿泊書で下着姿で寝ていたこと、当日原告は予備勤務を命ぜられ乗務員控室で待機するよう言われていたこと、右宿泊所は早朝勤務や夜間勤務の者などが宿泊、仮眠する場所で、それ以外の者が仮眠などをすることは許されていないこと、原告は助役の指示に対し反抗的な態度をとったことが認められる。しかしながら、原告は当日乗務が予定されていなかったこと、本件確認書の説得指導がされたのは午後3時からであって、それまで間に仕事は与えられておらず、原告の行為により業務上の支障は生じていないとみられ、原告が置かれていた特殊な立場を考え合わせれば、原告の右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為ということはできない。

 原告は、同年8月7日、乗務員控室において、抗議のビラを配布し、その後構内でジグザグデモ行って、バスの出庫が予定より数分遅れたことが認められる。しかして、原告の右ビラ配布行為、所長らの制止を聞かずデモを行い、抗議演説をした行為は、就業規則の懲戒事由に該当するというべきである。しかしながら、デモ等の行為については、バスの出庫にも若干の支障が生じたに過ぎないし、デモ等により訴えようとした抗議の趣旨にはもっともな面があると認められるから、原告の右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為ということはできない。
 次に、原告の諸行為を全体として見た場合に本件諭旨解雇に値するかどうかをみるに、本件諭旨解雇の主たる理由は本件確認書への押印拒否行為であると認められるが、それが右処分に値しないことは前述のとおりであって、原告の前記各行為は全体としてみてもいまだ本件諭旨解雇に値するものとはいえない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例380号67頁
その他特記事項