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宮崎(信用金庫)機密漏洩懲戒解雇控訴事件

事件の分類
解雇
事件名
宮崎(信用金庫)機密漏洩懲戒解雇控訴事件
事件番号
宮崎地裁 - 平成10年(ワ)第1252号
当事者
控訴人 個人2名 A、B
被控訴人 信用金庫
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年07月02日
判決決定区分
控訴認容(原判決取消)(上告)
事件の概要
控訴人(第1審原告)Aは、昭和50年9月被告に雇用され、平成8年2月から平成10年4月まで西都支店係長として勤務し、平成9年8月まで労働組合副執行委員長を務めていた者であり、控訴人(第1審原告)Bは、昭和44年4月、被告に雇用され、平成8年9月から平成10年4月まで本店営業部に勤務し、平成9年8月まで労働組合副執行委員長を務めた者である。

控訴人らは、三役交渉等の場を通じて、被控訴人における不正疑惑を追及していたところ、控訴人Bは、平成8年3月、本件批判書(1)を作成して被告総務部長宛郵送し、同年4月本件批判書(2)を同部長に郵送した。これら文書には、人事異動に対する批判が述べられ、人事の是正や役員の背任の調査要求が認められない場合は、資料を公にする旨記載されていた。また控訴人らは、前理事長に関連する情実融資、迂回融資との疑いを持って調査を行い、被告が管理する本件管理文書(4)の写を取得し、同社の信用情報が記載された稟議書(本件管理文書(3)の一部)の写を取得する等の資料収集を行った上で、三役交渉の場で被控訴人に対し右疑惑を追及した。また、控訴人Aは、平成8年5月から7月頃にかけて収集した被告の不正疑惑に関する資料を、衆議院議員秘書S及び県警に提出した。

被控訴人は、調査の結果、本件信用情報の漏洩が控訴人A、同Bらよることを突き止め、平成9年2月、窃盗事件として控訴人らを告訴した。同告訴は同年12月に取り下げられたが、その頃本件資料の流出について関係職員から事情聴取した結果に基づき、平成10年4月10日、控訴人らを懲戒解雇処分とした。これに対し控訴人らは、本件懲戒解雇は無効であるとして、解雇無効の確認と賃金の支払を請求した。

第1審では、本件懲戒解雇には合理性が認められるとして、控訴人らの請求を棄却したことから、控訴人らはこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人らに対して平成10年4月10日付けでした各懲戒解雇はいずれも無効であることを確認する。

3 被控訴人は、平成10年5月11日以降毎月末日限り、控訴人Aに対し1ヶ月金60万5836円の割合による金員を、控訴人Bに対し1ヶ月金56万0911円の割合による金員をそれぞれ支払え。

4 訴訟費用は第1、2新とも被控訴人の負担とする。

5 この判決は3項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 就業規則75条2項4号の懲戒解雇事由該当性の存否

控訴人らが印刷した文書及び写しは、いずれも被控訴人の所有物であるから、これを業務外の目的に使用するため、被控訴人の許可なく業務外で取得する行為は、形式的には窃盗に当たるといえなくはない。しかし、就業規則75条1項は出勤停止、減給又は譴責の事由として「許可を得ないで金庫の施設・什器備品、車両等を業務以外の目的で使用したとき」、「正当な理由なく金庫の金品を持ち出し、または私用に供したとき」を定めており、形式的に窃盗に当たる行為であっても出勤停止又はこれより軽い処分をもって臨む場合もあることが予定されていることが認められる。他方、同条2項4号は「職場内外において……刑事犯又はこれに類する行為」となっており、同号が懲戒解雇事由として予定しているのは、刑罰に処される程度に悪質な行為であると解される。そうすると、控訴人らが取得した文書等は、その財産的価値はさしたるものではなく、その記載内容を外部に漏らさない限りは被控訴人に実害を与えるものではないから、これら文書を取得する行為そのものは直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されず、控訴人らの上記各行為は、就業規則75条2項4号には該当しないというべきである。

控訴人らは、被控訴人職員が担当業務以外の情報にアクセスすることは許されていた旨主張する。しかしながら、被控訴人には、会員の出資額、顧客ランク、融資額、融資条件、返済方法、延滞状況、担保明細が記載され、本件管理文書(3)及び(4)には、手形の支払義務者の不渡り等の信用情報が記載されている。これらの情報は、当該顧客にとって高度のプライバシーに属する事項であり、また金融機関の融資の相手方に対する評価は、当該金融機関にとって最高機密に属する事項である。したがって、金融機関としての顧客に対して高度の秘密保持義務を負い、機密情報を厳格に管理すべき立場にある被控訴人が、職員に対し、担当業務の遂行に関係ない目的でこのような機密情報にアクセスしたり、機密情報の記載された文書を複写したりすることを許容することはあり得ないことである。

2 就業規則75条2項8号、11号及び13号の懲戒解雇事由該当性の有無

Eの取得した本件資料が元々控訴人らの作成、収集した資料に由来するものであることは確かであるものの、同資料と同内容の複写を保持し得る者が他にもあった以上、本件資料が控訴人らの医師によってEに渡ったものとまで推認することはできないというべきである。そうすると、本件資料をEが所持していたことに関しては、控訴人らに就業規則75条2項8号、12号又は13号に該当する事実は、これを認めることはできない。付言すると、控訴人らに本件資料の保管・管理義務違反の過失があったと評価することは不可能ではないが、就業規則では、過失により被控訴人に損害を与える行為は出勤停止又はこれより軽い懲戒処分に付するこことされており、就業規則75条2項8号、11号及び13号は専ら故意による行為を懲戒解雇事由としているものと解されるから、過失により本件資料を流出させていたとしても、同各号所定の懲戒解雇事由には当たらないというべきである。

3 本件懲戒解雇の相当性

被控訴人が本件懲戒解雇の事由として主張する事実のうち、就業規則所定の懲戒解雇事由に当たると認め得るのは控訴人がSに本件資料を提供したとの点のみである。したがって、控訴人Bについては本件懲戒解雇は当然に無効といわざるを得ず、控訴人Aについても、懲戒解雇事由に該当する事実が実質的にそれほど重大なものとは解されず、懲戒解雇は相当性を欠くものとしてやはり無効であるといわざるを得ない。

控訴人らは専ら被控訴人内部の不正疑惑解明に繋がったケースもあり、内部の不正を糺すという観点からはむしろ被控訴人の利益に合致するところもあったというべきところ、上記の懲戒解雇事由への該当が問題となる控訴人らの各行為もその一環としてなされたものと認められるから、このことによって直ちに控訴人らの行為が懲戒解雇事由に該当しなくなるとまでいえるかどうかはともかく、各行為の違法性が大きく減殺されることは明らかである。また、就業規則74条は、出勤停止より重い処分として懲戒解雇の他に停職、降職降格、諭旨免職を予定しており、懲戒解雇が相当となるのは特に違法性の大きい場合であると解されるところ、控訴人らの各行為には出勤停止又はこれより軽い処分を科すべきものと解されるものが多く、かつ上記のとおり違法性が減殺される事由も存することを勘案すると、控訴人らの各行為に懲戒解雇に当たるほどの違法性があったとはにわかに解されない。したがって、上記のような控訴人らの行為が被控訴人主張の各懲戒解雇事由に当たると仮定してみても、控訴人らを懲戒解雇することは相当性を欠くもので権利の濫用に当たるといわざるを得ず、やはり本件懲戒解雇はいずれも無効である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例833号48頁
その他特記事項