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水上警察署集団暴力等事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 水上警察署集団暴力等事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成17年(ワ)第25888号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人10名、東京都 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年08月27日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和41年生)は、平成11年4月に警視庁海技職職員として警視庁に採用され、水上暑舟艇課に配属された者であり、被告らは、同課の課長、課長代理その他同課の職員である。
海技職員は、警備艇の操縦、機関の簡単な整備、修理等の業務を行うものとされているところ、原告は警備艇の操縦が怖いなどそしてこれを拒否するようになったため、担当職務の配慮が行われた。しかし、その一方、原告は職場に多額の現金を持ち込み、これを他の職員にひけらかしたり、船場活動記録表に「早く次の仕事を見つけて辞めたーい、もう都交通局はヤダー」などと落書きするなどした。
原告は、平成12年6月半ばから約3週間椎間板ヘルニアで入院した後、治療のために同年末まで休暇を取得し、その後は地方公務員法に基づく分限休職処分を受けた。平成15年9月、課長は原告に対し、休職期間の延長は困難だから辞表を書くように促したが、原告がこれに応じないため、「野郎、てめえ、おちょくってんのか」と怒鳴りながら原告のネクタイを引っ張り、後頭部の打撲等全治1週間の傷を負わせた。更に課長代理は原告に対し、「早く辞表を書いて出て行け」、「今度課長が戻ったら首根っこを掴むどころじゃ済まないぞ」などと原告を怒鳴りつけた。
原告は、更に同年12月22日までの分限休職処分を受けたが、その後も課長らから辞表の提出を求められ、病気が再発した際は辞職願を提出する旨の誓約書の提出を求められたが、これを拒否した。原告は同年11月12日、試みの出勤のため課長代理と面談し、辞職願の提出を内容とする誓約書の提出を拒否したところ、同代理は「署長が怒ったら、お前組織で生きていけないんだよ」などと言い、課長は原告の交際相手の女性に対し、「こんなクズと付き合わないように」という旨の電話をした。原告は、翌13日から試み出勤を開始したが、遅刻・欠勤を繰り返したところ、課内には「欠格者」、「この者とは一緒に勤務したくありません」などと記載された原告の顔写真付きポスターが掲示された。また、原告はシンナー等有機溶剤にショックを受ける体質があったところ、課長はシンナーを持ち込み、原告に無理に臭いをかがすほか、これを撒いたため、原告は気分が悪くなり病院に搬送された。原告は同年12月22日に復職したが、真冬の派出所勤務の際、暖房を使用できない状態にされた。
平成17年に入って、原告は主任に唾を吐きかけられるなどしたほか、課長代理から「税金泥棒早く消えろ」などと言われて、煙草の火を当てられるなどした。また原告は、他の上司らからも、「税金泥棒」、「辞めちゃえ」などと罵倒されたほか、警備艇に乗船した際急発進されて転倒したので抗議すると、「死ね、この野郎」などと罵倒された。更に原告は、課長代理に椅子を足にぶつけられ、コルセットをしている首元を押し付けられるなどした。
原告は、課長代理ら上司らから「税金泥棒」などと言われている旨、新任の課長に訴えたところ、同課長は、「警備艇の操船ができなくては困る」、「税金泥棒、早く辞めろ」、「命令を聞かない奴は撃ち殺す」などと述べ、転職を勧めるとともに、課長代理らの言動を支持する旨原告に伝えた。
原告は、当初の課長を含む4人の上司ら及び東京都を被告として、慰謝料等1100万円余、その他の上司らに対して慰謝料300万円を請求した。なお、原告は平成19年12月、上司らの一連の行為について告訴したが、不起訴処分とされた。 - 主文
- 1 被告東京都は、原告に対し、300万7770円及びこれに対する平成17年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用については、原告に生じた費用の20分の3と被告東京都に生じた費用の10分の3を被告東京都の負担とし、原告に生じた費用の20分の17並びに被告東京都に生じた費用の10分の7及びその余の被告らに生じた費用をいずれも原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被告らの原告に対する言動の不法行為性
東京都職員の分限に関する条例によれば、最澄3年の分限休職期間が満了すると当然に復職となるのが原則であるが、心身の故障のため職務に耐えない場合は、医師の診断によって分限免職処分を行うことができることとされている。本件においては、平成15年半ば以降原告の椎間板ヘルニアの症状は軽快しており、同年9月の時点では分限免職処分となる可能性は乏しく、休職期間満了に伴って原告が復職する可能性が大きかったものである。こうした状況下で、水上署の幹部において、従前の原告の勤務態度に鑑みて、その復職を積極的に受け入れるのではなく、原告に対して依願退職を求めて働きかけを行うという基本方針を採ることとしていたものと推認するのが相当である。
本来、退職勧奨は対象とされた者の自発的な退職を求める説得活動であって、これに応じるか否かは対象とされた者の自由意思に委ねられるべきものであるから、本来の目的の実現のために相当と認められる限度を超えて、対象とされた者に対して不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な意思形成を妨げることは許されないというべきであって、そのような退職勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成し得るものと解される。しかるところ、被告らの行為はいずれも原告の処遇に関する基本方針の下に、幹部らによって原告に対して依願退職を求めるために行われたものであるところ、上記各行為に関わった被告らの行為は、退職勧奨として相当と認められる限度を超えて、原告に対して不法な有形力を行使したり、侮蔑的な言辞を弄したりしながら不当な心理的圧力を加えて依願退職を強要しようとした違法なものというべきである。
また、上記以外の原告に対する嫌がらせ行為についても、原告の処遇に関する基本方針の下に、上司自らないしこれに加担する一部職員によって、原告が職場にいづらくなるように仕向けることにより、原告の職場復帰を妨げ、あるいは原告に依願退職を強いるために行われたものであると認めるのが相当であり、副署長、課長、課長代理らは、自ら原告に対する嫌がらせの一部に関与するとともに、他の被告らから原告に対する嫌がらせが行われていることを認識しながら、これに対して格別の措置を講じることなく放置していたものであって、原告の就業環境が不当に害されることがないよう雇用管理上必要な配慮をすべき義務にも違反したものといわざるを得ない。
こうした観点からすれば、被告らの一連の行為は、職場から原告の排除を図るために、職場の上司とこれに加担した同僚らによる不法な有形力の行使や侮蔑的言動等を伴う違法な退職の強要及び嫌がらせ並びに就業環境配慮義務違反に当たるというべきであって、その中には個々的に見れば損害賠償責任を生じさせるほどの違法性を帯びたものと断じ難いものも存しているとはいえ、全体として原告に対する不法行為を構成すると認めるのが相当である。
2 被告らの責任
国家賠償法1条1項は、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解されるところ、本件においては、被告東京都が原告に対して損害賠償責任を負う以上、被告らは個人として損害賠償責任を負わないというべきである。
3 損害
本件不法行為は、職場内において約2年に及ぶ長期間、上司や一部の同僚によって多数回にわたって繰り返されてきたものであって、こうした不法行為の期間、回数、態様、原告の受傷の程度等に照らせば、原告の復職を臨まない雰囲気が課内に存在していたことに関しては従前の原告の勤務態度等に起因する部分もあること、本件不法行為の中には原告においてあらかじめ録音機等をセットした上で被告らとの応対に臨むなどしたものもあること、退職勧奨に伴う不当な言動の中には長時間に及ぶ話合いの過程で生じたものも含まれていることなどの事情を斟酌しても、不法行為により原告が被った精神的肉体的苦痛に対する慰謝料の額は270万円を下回るものではないと認められる。また、弁護士費用としては30万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1299号173頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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