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兵庫(福祉センター)保母解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
兵庫(福祉センター)保母解雇事件
事件番号
神戸地裁尼崎支部 − 昭和53年(ワ)第682号
当事者
原告 個人1名
被告 社会福祉センター
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1983年03月17日
判決決定区分
棄却
事件の概要
原告は、重症心身障害児施設砂子療育園(S園)等の施設を経営する被告に、昭和45年3月に保母見習いとして雇用され、昭和47年以後は保母としてS園に勤務していた。S園においては、重症心身障害児に対する療育を行うため、24時間介護体制を採り、介護職員の勤務時間は、早出(午前8時から午後4時)、日勤(午前9時から午後5時)、宵勤(午後1時から午後9時)、夜勤(午後5時から翌朝午前9時まで)の変則3交替制勤務となっていた。

S園では、昭和46年から職員の腰痛症が発生し、以後年々多発するようになったことから、被告は昭和53年3、4月に腰痛検診をS園職員に実施したところ、原告の勤務する北二病棟では39名中要治療者が22名になり、他の職場より高率になった。原告の加入する組合は、こうした結果を踏まえて、北二病棟において宵夜勤拒否闘争を実施した結果、宵夜勤者が減少し、職場に混乱がもたらされた。北二病棟では、昭和51年に至り、管理職たる主任制を廃し、職員集団による自主運営を目指す「合議制」が実施されていたところ、被告が要治療者は診断書を提出すること、要治療者以外は宵夜勤をするよう指示したことから、組合は慣行を破るものとしてこれに反発した。  

原告はこの腰痛検診で要治療と診断されたことから、組合の方針に従って昭和53年5月12日以降宵夜勤から離脱し、日勤のみの勤務に就いていた。被告は、同年6月10日、治療上宵夜勤が不可能な者はその旨の診断書を提出すること、それ以外の要治療職員は就業規則に従って就業するよう公示をしたが、原告はこの公示内容が北二病棟の慣行に反する不当なものであるとして、宵夜勤不能の診断書を提出せず、一方的な命令は不当であると抗議した上、宵勤に指定された同月19日は勝手に日勤に就き、同日の宵勤には就労しなかった。そこで被告は、同月24日に、宵勤就業の業務命令違反を理由として、原告に対し譴責処分をし、始末書の提出を命じたが、原告はこれを提出せず、あくまで日勤のみに従事し続けた。更に被告は、引き続き原告に対し、夜勤、宵勤の各業務命令を発したが、原告がこれらをいずれも拒否したため、原告を出勤停止14日間の懲戒処分をなした。

その後、組合の闘争中止に伴い、北二病棟の混乱が解消してきたので、被告は同年7月19日、原告に対し、それまでの業務命令違反や出勤停止違反の行為についての謝罪文書を提出することを命じたところ、原告は、被告の要求した趣旨と全く異なる、自己の健康状態や一連の行動の正当性などを主張した書面を提出したため、被告は反省文の体をなしていないこと等を告げて、原告を事務部付けに配転し、併せて休業を命じた。

その後被告は、原告に対し、謝罪文の要求や質問票による回答要求など職員としての心構えや従来の態度及び行為につき何度となく反省の機会を与えたが、原告が従来の主張を繰り返し、一向にその態度を改めようとしなかったため、懲戒委員会の答申を受けて、同年10月11日、懲戒解雇とした。

これに対し原告は、本件懲戒解雇処分は無効であるとして、被告の従業員としての地位の確認と賃金の支払い及び精神的苦痛に対する慰謝料50万円を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件解雇前の懲戒処分の当否

原告は、北二病棟において腰痛通院治療職員は宵夜勤に従事しないという慣行があり、被告の原告に対する宵勤の就労命令はこの慣行に反し違法であると主張する。しかしこれは被告が公認したものではなく、同病棟職員が事実上勝手に行ってきたに過ぎない。もっとも、被告がこのような勤務方法が事実上行われていたことを了知しながら、宵夜勤闘争が始まるまで格別これを改めるための措置をとることなく黙認していたことが認められるが、そのことをもって直ちに慣行となっていたとまでは認められないから、被告の業務命令を違法とすることもできない。

被告が原告にその症状の程度を事前に聞かなかったことは原告の主張の通りであるが、右命令を発した4日前の昭和53年6月10日、被告が全職員に対し、「通院治療中で宵夜勤不可能な者はその旨医師の診断書を提出すること、それ以外の者は就業規則に従って勤務すること」を告示していたにも拘わらず、原告が敢えて診断書を提出しなかったものであるから、原告は被告の正当な宵勤の業務命令を理由なく拒否したものといわざるを得ない。したがって、被告が、原告の右業務命令拒否を理由に譴責処分をなしたことは相当と認められる。被告は、更に原告に対し、夜勤、宵勤を命ずる業務命令を発したが、原告は全て拒否して就労しなかったため出勤停止14日間の懲戒処分をしたところ、原告においてこれらを拒否すべき正当な理由はなく、しかも既に譴責処分を受けながら、なおかつ就労拒否を4回も重ねた以上、原告に対する右処分は不当とはいえない。

2 本件解雇処分の当否

宵夜勤命令違反については、原告は譴責、出勤停止14日間の各処分を受けているものであり、これを重ねて本件解雇の事由として取り上げることは、一事不再理の原則に照らして許されないと解するのが相当である。したがって、右宵夜勤命令拒否は、次の懲戒処分をなすについての情状の一つとして考慮することはできても、本件懲戒解雇事由とはなり得ないものといわなければならない。

次に、始末書や反省文不提出の点であるが、原告は譴責処分による始末書は全然提出しなかったものの、それ以外の分は一応命ぜられた都度文書を提出しており、ただその内容が被告の命じた趣旨と全く違ったものであった。これら始末書や謝罪文等の提出を命ずるのは、懲戒処分を実施するため、あるいは自己反省をなさしめ職場規律の保持という目的を達成するための手段にほかならないから、使用者の雇用契約に基づく業務命令とは別異の事象に属するものである。被告の求めている文書は、単なる事実の顛末書というものではなく、自己の誤りを陳謝する等の趣旨も含まれているが、そのような文書の提出自体本人の意思に基づくほかない行為であって、個人の意思の自由を尊重する現行法の精神からいって、その不提出に対し懲戒処分を加えることによって強制することは許されないものというべきである。そうだとすれば、原告が被告の提出を求める文書を拒否した行為は、事案に応じて一つの情状として考慮することはできても、就業規則にいう「業務命令に不当に反抗し職場の秩序を乱した」ことには該当しないといわざるを得ない。

以上のとおり、前記本件解雇理由の各業務命令違反の点はいずれも本件解雇の事由とすることはできないものである。

原告は、宵夜勤の業務命令違反によって被告から既に懲戒を2回受けたものであり、就業規則65条10号の「懲戒が2回以上に及び」に該当することは明らかである。ところで、同号に定める「改悛の見込みがないとき」とは、ただ単に改悛の情を表明していない者という意味ではなく、実際に改悛の情がなく、同条の他の各号に定める事由と同程度の職場規律違反があるか、又は職場規律に服する意思がないため、将来同様の職場規律違反行為を繰り返す虞が明白であり、職場秩序の維持と業務の円滑な遂行のために、職場内より排除するのもやむを得ない程度の情状の存することを要すると解するのが相当である。

宵夜勤拒否自体正当な理由を欠くものであるが、このような事態を生ずるに至った大きな原因は、北二病棟で行われていた「合議制」という運営管理体制にある。「合議制」なるものは、被告の定める職制を勝手に廃止して、病棟職員による自主的運営を行おうとするものであり、それは病棟を職員の手で自主管理することにより、被告の運営方針と異なる方針を自ら実行しようとするものである。本件S園のような重症心身障害児を療育する施設において、どのような療育方針のもとに、どのような療育方法を実施するかは、あくまでもその施設の経営主体による正規の管理機関が定めるべきことであり、その従業員に過ぎない病棟職員がこれを排除して自分たちの独自の方針を実行することが当然に許されるものではない。従って、被告が、「合議制」のもとに、病棟職員の自主管理下に置かれている北二病棟の運営体制を正常化すべく、「合議制」を廃して、被告としての療育方針に基づく運営を行おうとしたことは肯けるところであり、被告が一連の宵夜勤命令を発するに至ったこともまたS園の運営上必要な措置であったということができる。

原告も、被告の業務命令には従うべきであったにもかかわらず、組合の主張する療育方針や「合議制」による運営方法に共鳴する余り、被告の指揮命令に従おうとしなかったものであるが、その結果宵夜勤の業務命令を拒否し、そのため2度にわたる懲戒処分を受けながら、被告の方針や処分を不当であると批判する態度を変えようとしなかった。しかも、譴責処分による始末書も提出せず、また入構を阻止されて被告側職員と争うなどの行為に及び、更に被告が、再々反省文や質問回答という形で、その硬直した姿勢を改める機会を与えたにもかかわらず、自らの宵夜勤就労拒否による療育運営を阻害混乱させたことについて反省し、それまでの考え方や態度を改めようとすることがなかった。

このような本件解雇に至るまでの原告の態度、行状、処分経過、処分内容とそれに対する原告の対応、殊に自分の主義主張ばかり固執し、被告の運営方針や療育体制に協力しようとする意向を全く示さない硬直した協調性を欠く性格と考え方からすれば、原告は被告の療育運営方針による職場規律に従う意思がなく、今後も被告の指揮命令に反して職場規律違反行為を繰り返す危険は明白であるといわざるを得ず、重度心身障害児の療育施設であるS園の目的からして、原告を排除するのもやむを得ないところであると認められる。

3 労働基準法19条1項違反の主張

労働基準法19条1項は、労働者が業務上の負傷又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は、当該労働者を解雇することができない旨規定し、その解雇には懲戒解雇も含むと解するのが相当である。原告は、被告の7月27日付休業命令が原告の頸肩腕障害、腰痛の治療に専念するためのものであるとして、右休業命令に従って休業していた間になされた本件解雇は、同項に違反し無効であると主張する。しかしながら、右休業命令は、業務上の疾病による療養のため勤務することができないことを理由とするものではなく、原告の一連の就労命令拒否に対する制裁的な意味で原告に反省謹慎させることを目的としてなされたものであるから、これによる原告の休業が同項にいう休業に該当しないものであることは明らかである。

4 被告の就労拒否及びその後の言動

原告は、仮処分決定を受けた後も、賃金の仮払は受けているものの、被告が就労を拒否していたので、就労を要求していたが、原告がS園に来ていて偶々見かけた園生の介護を手伝おうとした際、被告の課長が「泥棒猫みたいに人の目を盗んで中に入るな」「泥棒みたいな真似をする」等と言って、原告を園外に退去させた事実が認められる。ところで、従業員地位保全の仮処分は、それ自体で具体的な就労を請求する権利が発生するわけではなく、相手方に任意の履行を求めることしかできないものであるから、被告が原告の就労請求を拒否しても、このことをもって違法となるものではない。また、右仮処分によって原告が実体的にも雇用契約上の権利を有していたことになるわけではないから、昭和53年10月11日をもって原告と被告間の雇用関係が終了した以上、その後被告が原告の就労を認めず、入園を拒否したことをもって違法とすることはできず、右のように入園を退去させる際、被告側において、原告に対し、右程度の言動をとったとしても、その場の状況からいって、原告の名誉を毀損したものとは認められない。以上によれば、被告の不法行為は認めることはできないので、原告の損害賠償請求は理由がない。
適用法規・条文
民法709条、723条、労働基準法19条1項
収録文献(出典)
労働判例412号76頁
その他特記事項