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相模原労基署長(S電機東京食品設備)脳出血事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 相模原労基署長(S電機東京食品設備)脳出血事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 横浜地裁 − 平成18年(行ウ)第65号
- 当事者
- 原告個人1名
被告国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年02月26日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- 原告(昭和21年生)は、S電機が製造・販売した業務用食品設備機器、厨房機器の保守・点検サービス等を業とする本件会社に、平成7年4月から勤務を開始し、担当エリア内の顧客席を訪問するなどして製品の修理業務等を行うサブカスタマエンジニア(サブコン)として勤務していた。
原告は、当初平塚市等を担当していたが、平成8年9月から海老名市や大和市等の地域を担当するようになり、概ね5月の連休明けから9月までの繁忙期においては、30分程度の休憩時間を取れるかどうかという状況にあり、休憩時間を全く取れないこともあった。サブコンの出退勤時間について明確な定めはなかったが、本件会社の要請に応じ、原告は午前9時までには出社し、繁忙期においては午後10時過ぎ頃に、閑散期においては午後7時頃に帰宅していた。もっとも、サブコンは、本件会社の24時間修理体制の下、休日を除いて24時間体制で修理に応ずるよう義務付けられていたため、原告は、月に1、2回、深夜に緊急の修理要請を受け、深夜修理や早朝修理に従事するなどしていた。
原告は、平成13年5月頃から体調不良を訴えるようになり、同年8月頃からは疲労、頭痛、胃痛、食欲不振及び不眠を訴えるようになった上、筆記作業にも支障が生じるようになり、同年の繁忙期には疲労困憊の様相を呈するようになった。そして、同年10月7日、原告は高血圧性脳出血(本件疾病)を発症して休業した。
原告は、本件疾病は業務に起因するものであるとして、相模原労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく休業補償給付の請求をしたところ、同署長はこれを不支給とする処分(本件処分)をしたことから、原告は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 相模原労働基準監督署長が平成17年3月29日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付及び休業特別支給金を支給しないとする処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告の本件疾病発症前6ヶ月間の時間外労働時間は、発症前6ヶ月から発症前1ヶ月までの順に、57時間15分、76時間8分、127時間46分、186時間30分、104時間55分、97時間34分であり、発症前3ヶ月間で1ヶ月当たり約130時間、発症前6ヶ月間でも1ヶ月当たり108時間と長時間に及んでいた上、原告は、本件疾病発症6ヶ月前の大部分を占める繁忙期において、十分な休憩時間を取得することもできないまま過密な修理予定に対応することを余儀なくされており、その労働密度も相当に濃いものであったというのである。このことに、原告の1ヶ月当たりの休日数は、発症前1ヶ月間で1日、発症前6ヶ月間でも平均2.3日と少なく、15日前後の連続勤務が常態化していたことを併せ考慮すると、上記のような恒常的な長時間労働は、原告に対し、強度の身体的・精神的負荷を与え、著しい疲労の蓄積をもたらすものであったといわざるを得ない。
また、原告の勤務形態は、修理予定が存在しているもの、当日の変更が常態化していた上、原告は、本件会社の24時間の修理体制の下、勤務日については24時間待機とされ、修理予定を終了した後であっても深夜に緊急の修理要請に応じて修理に赴くことを余儀なくされていたものである。そして、待機の状態に置かれることは、精神の緊張を持続させ、睡眠の質の低下をもたらすものであり、現に、原告は24時間待機の状態に置かれることを苦にしていたというのであるから、深夜・早朝修理の頻度が月1、2回程度と低いことを考慮しても、その勤務の不規則性は相当程度のものであったというべきである。
さらに、原告は、1週間に1回程度と頻度は低いものの、夏季の30度前後の環境の中、冷凍倉庫内において零度前後の環境下で修理業務を行うことを余儀なくされていたというのであるから、このような環境下では脳疾患が誘発あるいは増悪されるとする医学的知見に照らし、上記業務が原告の脳疾患を誘発ないし増悪させた可能性も否定できない。そして、原告は、上記のような恒常的な長時間労働等に従事する中で、平成13年5月頃から体調不調を訴えるようになり、特に過重な7月の業務に従事した後である同年8月頃からは、不眠や頭痛等の種々の身体の異常を訴えるようになるとともに疲労困憊の様相を呈するようになり、本件疾病発症前日まで20日間に及ぶ連続勤務に従事した後、同年10月7日午前零時に本件疾病を発症したというのである。
以上のような原告の労働時間、労働密度、休日数、勤務の不規則性、業務内容及び本件疾病発症に至る経緯等を総合考慮すると、原告の業務は、客観的に見て、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務であったというべきである。
他方で、原告は本件疾病(高血圧性脳出血)を発症しているのであるから、その発症の基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定できない。しかしながら、原告は平成7年以降、継続してサブコンとしての業務に従事しており、その勤務実態は平成13年の勤務実態と異なるものではなかったというのであるから、長時間労働による疲労の蓄積は血圧の上昇や動脈硬化を生じさせる可能性があるとする医学的知見に照らし、原告の従前の業務による疲労の蓄積が上記基礎疾患等の形成に寄与した可能性も否定できない。そうすると、原告のその他の危険因子を併せ考慮しても、上記基礎疾患等がその自然の経過により微小動脈瘤が破綻する寸前にまで進行していたとみることは困難であり、他に業務外の確たる発生因子があったと認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、本件疾病は、原告の有していた基礎疾患等が上記のような過重な業務によりその自然の経過を超えて増悪し、発症に至ったものとみることが相当であり、原告の業務と本件疾病との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。このことは、疾病発症2ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価でき、また休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものとされていることに照らしても是認できる。したがって、本件疾病は、労災保険法にいう業務上の疾病に当たる。
よって、本件疾病が労災保険法にいう業務上の疾病に当たらないとした本件処分は違法であり、その取消しを求める原告の請求は理由がある。 - 適用法規・条文
- 労災保険法14条
- 収録文献(出典)
- 労働判例983号39頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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