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食料品等輸入・販売会社自殺未遂事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 食料品等輸入・販売会社自殺未遂事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成19年(ワ)第4748号
- 当事者
- 原告個人1名
被告V社 - 業種
- 卸売・小売業・飲食店
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年01月16日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告は、ワイン及び食料品の輸入、販売等を主たる業とする会社であり、原告は平成18年5月8日に被告に入社した者である。
原告は同月15日体調不良により欠勤したが、この頃から部長は、原告が指示通り動けなかったような場合、他の従業員の前で「ばかやろう」と罵るようになり、「三浪してD大学に入ったのにそんなことしかできないのか」、「結局大学出ても何にもならないな」と原告を罵倒したり、「今日の仕事を言ってみろ」と問い、原告がその日の業務内容を答えると、「ばかやろう、それしかできてないのか。ほかの事務をやっている女の子でもこれだけの量をこなしている」などと原告を叱責したりしたほか、原告の電話の対応を問題として、「お前は電話を取らなくていい」などと言って仕事を減らしたりした。その後も原告は、同月23日から26日まで体調不良により欠勤した。
同年6月8日、原告が執務中居眠りをしていたため、部長から注意され、原告が通院中で薬を飲んでいるせいかもしれないと答えると、「お前はちょっと異常だから、医者に診てもらって来い」と言われた。翌9日、原告が診断書を部長に提出すると、部長は「うつ病みたいな辛気くさい奴はうちにはいらん。会社にどれだけ迷惑をかけているかわかっているのか。お前みたいな奴はもうクビだ」などと30分くらいにわたって罵声を浴びせた。原告は部長の叱責にショックを受け、遺書を書き、処方された薬2週間分を飲んで自殺を図ったが、倒れているところを他の従業員に発見されて病院に搬送されたため、一命を取り留めた。その日被告社長は原告の母に対し、原告の自殺未遂について被告に一切の責任がない旨の書面を出すよう求め、母はその旨の書面を被告に提出した。
同月12日、原告が解雇についての説明を求めて被告に電話したところ、部長が出て、「この件は母親との間で話しがついている」、「ばかやろう」と怒鳴り、一方的に電話を切った。原告は、同年7月7日付け書面で、解雇予告通知及び解雇理由証明書の交付を依頼し、被告はこれに応じてこれらの書類を原告に送付した。被告社長は原告の母に対し、原告が被告に勤務しなかったことにすることを提案したが、母親がこれを断ったところ、「契約書にサインしたのだから、息子の行動を止めさせろ。さもないと、息子の人生めちゃくちゃにしてやる」などと脅し、原告に対しても同様の脅しをした。
原告は、上司からパワーハラスメントを受けた結果、過去に罹患したうつ病を再発させられ、これを理由に解雇されたと主張し、解雇及びその後の対応が不法行為を構成するとして、慰謝料120万円を被告に対し請求した。 - 主文
- 判決要旨
- 原告に課せられた業務がそれほど過重なものであったとは認められず、業務とうつ病との因果関係は不明であり、また部長によりパワーハラスメントを受けていたことも認められるが、これとうつ病との因果関係も不明というほかない。
原告に対する部長の発言は、単なる業務指導の域を超えて、原告の人格を否定し、侮辱するまでに達しているといえ、不法行為と評価されてもやむを得ないものということができる。そして、前後の経緯からして、一連の部長の発言のうち、特に6月8日、9日のものは、自殺未遂の直接の原因となったものと認めることができる。
部長が「クビ」と発言したことが認められるが、同人に原告を解雇する権限があるとは解されないばかりか、原告自身が後日身分関係について被告に問い合わせていることからも、部長の発言を解雇通告とは受け止めていなかったことが推認されるのであって、この発言をもって解雇の意思表示と認めることはできないといわざるを得ない。もっとも、このような発言は、従業員を困惑させるものであり、現に原告はこの発言を引き金として自殺行為に及んでいるのであり、パワーハラスメントとしてはかなり悪質であるといわざるを得ない。特に、6月9日にうつ病であることを知った後にもこのような言動を続けたことは、うつ病に罹患した場合に自殺願望が生じることは広く知られたところであることに照らすと、うつ病に罹患した従業員に対する配慮を著しく欠くものと評価せざるを得ない。
原告からの電話に対する部長の発言及び原告の母親に対する社長の電話での発言は、およそ使用者として適切さを欠くものといわざるを得ないが、これ自体が独立した不法行為を構成するまでには至らないといわざるを得ない。
以上、被告及び部長の行為のうち、部長の6月9日までのパワーハラスメント行為は不法行為を構成し、同行為は被告の職務に関連して行われたものであるから、被告は民法715条による責任を免れない。なお、原告の母親は、原告の自殺未遂当日に被告には一切の責任がない旨の書面を被告に提出しているが、これをもって被告に対する原告の損害賠償請求権を放棄する旨の意思表示と認めることはできないから、同書面の存在は被告の責任の有無を左右しない。
部長のパワーハラスメント行為により、原告は精神的に傷つき、自殺まで企てるようになったのであるから、被告にはその精神的苦痛を慰謝する責任がある。ただ、部長のパワーハラスメント行為により自殺を企てるようになったのは、うつ病による自殺願望による面がないとはいえないと解され、6月9日までの部長は原告がうつ病であることを知らなかったのであるから、損害額を算定するに当たっては、このような原告の素因及び事情を考慮する必要がある。以上を勘案すると、原告に対する慰謝料の額としては、80万円をもって相当と認める。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例988号91頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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