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鳥取(生命保険会社)うつ病事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
鳥取(生命保険会社)うつ病事件【うつ病・自殺】
事件番号
鳥取地裁 − 平成19年(ワ)第421号
当事者
原告 個人1名
被告 個人2名 A、B  生命保険会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年10月21日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告会社は、保険商品の販売等を目的とする相互会社で、被告Aは鳥取支社長、被告Bは同支社米子営業所長であり、原告(昭和29年生)は、昭和60年1月に被告会社に入社し、米子営業所において営業職として勤務し、昭和62年4月からはマネージャーを務めてきた女性である。

被告Bは、平成14年3月、1000万円のグループ保険に加入していたTがコンバージョン(職場のグループ保険に加入していた者が、退職後一定期間内に手続きをすることにより、その時点での健康状態如何にかかわらず、従前の団体保険の保険金額の範囲内で団体保険から個人保険に移行できること)を希望しているとの通知を受けたが、処理を失念して期限を徒過し、個人保険への移行ができなくなってしまった。原告は従前から面識のあったTの妻から、被告会社から新規契約を勧められていると聞き、被告Bがコンバージョンの手続きを忘れていたことを確認した。その後原告がTとの交渉を担当し、同年7月Tと1000万円の生命保険を新規に締結したところ、Tはその3ヶ月後に死亡した。被告会社では、契約後早期に被保険者が死亡した場合には、告知義務違反の調査がなされることになっていたところ、被告Bは自らのミスにより保険金が支払われなくなってはいけないと思い、支社で保険金業務を扱うP次長に対し顧客がコンバージョンミスをした旨報告した。

本社の指示により、支社のH次長が原告のヒアリングを行ったところ、原告はTの新規契約に当たって、不告知の教唆はしていない旨述べた。また被告Aは、原告に対し告知義務違反を誘導していないか確認したところ、原告はこれを否定した。

原告は、Tの妻に対して、調査が入るので時間がかかること、保険金の支払いは難しいかもしれないことを告げたところ、同妻はこれを不服として、被告会社本社に対し抗議の手紙を送付した。本社から連絡を受けた被告Aから指示を受けたH次長は、平成15年2月19日、Tの妻の手紙を示して原告に確認したところ、原告はその手紙には関与していないこと、Tの妻は怒っていることを答え、自らの落ち度は認めなかった。また被告Bもこの件で原告を追及し、叱責したが、Tの案件は、結局1000万円の死亡保険については同年3月17日に支払がなされた。

被告会社の機関分離規程において、班の分離には本社による認可が必要とされているが、実際には営業所長の意見が尊重される形で運用されていた。原告班は、平成15年2月に班員が1名退職したが、被告Bは支社の中でも大きな班である原告班が成績が伸びておらず、マネージャーの指導が行き渡っていないとの認識を有し、同年4月にF班として原告班から分離することとしたが、原告は納得しなかった。被告Bは、Fに対してもマネージャーになることを促したが、Fは原告が納得しないことはしたくないとして難色を示し、同年4月1日、原告の同意を得られぬまま班の独立が行われた。

平成14年度の班別の営業成績を見ると、4班中原告班が最下位で、平成15年1月から3月まででも、原告班の成績は芳しくなく、班が分離された後も原告班の低迷は続いた。また原告自身の成績を見ても、平成14年度は他のマネージャーと比べても、平成15年度は新たにマネージャーになった者2名と比べても成績が悪かった。被告Aは、米子営業所を訪れ、マネージャー会議や個別面談の中で、原告に対し、「業績が悪い」「この成績でマネージャーが務まると思っているのか」「マネージャーをいつ降りてもらってもかまわない」等の叱責を与えたり、他の職員がいる前で原告班の成績が悪いことについて叱責するなどした。

原告は、平成15年7月31日、出社したが動悸が激しくなったので心療科を受診したところ、ストレス性うつ病と診断され、翌8月1日から欠勤し、2回入院した後も欠勤を続けた。原告は平成16年3月1日付けで休職届を提出し、平成17年8月31日付けで自動退職になったが、平成19年11月、Y生命保険相互会社に営業職員として就職した。

原告は、被告AはTの案件のことで原告を逆恨みし、被告Bはこれに追随して原告に対するいじめを行ったこと、班の分離はマネージャーの給与等に大きな影響を与えることから、その同意を必要とする取扱がなされていたにもかかわらず、原告の同意なく班の分離を行って原告の収入が月10万円も減少したところ、これはTの案件の逆恨みから原告を追い詰めるために行われたものであること、被告A及び同Bの一連の行為によりストレス性うつ病を罹患し、退職を余儀なくされたことなどを主張し、これらの行為が原告に対するパワーハラスメントとして不法行為を構成するとして、治療・入院費93万円余、退職前逸失利益854万円余、逸失退職金1436万円余、退職後の逸失利益5058万円余、慰謝料1500万円、弁護士費用855万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、各自金330万円及びこれに対する平成17年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを15分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

4 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告らの行為の違法性

被告Aが、Tの妻の手紙を問題にしたのは、同被告が保険金支払いに関して原告に話した内容がその手紙に書かれていて、自らを非難する手紙が出されたこと自体を問題にし、その点について強い怒りを感じていたと認める証拠はない。また原告は、Tの案件の前後で、被告Aや同Bの原告に対する態度が変わったかのような主張をするが、これを裏付ける客観的証拠はなく、被告らがそのことを根に持っていたと認めることは困難である。

当時の米子営業所員が労働基準監督署に提出した申立書の中には、原告が必要以上に目の敵にされていたとか、被告Bに挨拶しても返事をくれないほど冷たくされていたとするものもあるが、他方、原告に対する態度が特別なものではなかったとするものも少なからずあり、原告に対する態度が特別なものであったと認めるのは困難である。そうすると、被告Aや同Bが原告に対して、私的な怒りや恨みの感情を持っていたと認めることはできない。

しかしながら、被告A及び同Bの行為の中には、以下のとおり、不法行為を構成する行為が含まれているといわねばならない。すなわち、被告Aは、他の社員の居る前で、原告に対し不告知教唆の有無を問い質しているが、生命保険会社の営業職員にとって、不告知を教唆することはその職業倫理に反する不名誉な事柄なのであるから、上司として問い質す必要があるとすれば、誰もいない別室に呼び出すなどの配慮があって然るべきであって、この点は管理職として配慮に欠けるものであり、違法といわなければならない。しかも、同被告は、原告は不告知教唆をしていないと述べている旨の情報を事前に知っていたと推認されるばかりか、Tの案件に関しては、被告会社のコンバージョンミスによるものであるから、告知義務違反の有無を問わず保険金を支払うのが望ましいとの認識を持ち、現に保険金部においてもその方向で処理されようとしていることを知っていたというのであるから、原告に対し不告知教唆の有無を確認しなければならない現実の必要性があったかも疑問である。そうすると、同被告は、原告とのやりとりをしているうち、不用意に他の社員が聞き及ぶおそれのある状況下において、原告に対し、営業職員としての原告の名誉に関わる質問をしたものであって、違法との評価を免れない。

また、原告の承諾なくして原告班の分離を実施したことについても違法との評価を免れない。被告会社においては、班の分離はマネージャーの収入に直結し、その後の班の運営を大きく左右する問題であって、当時のマネージャーのうち少なくない者が、マネージャーの承諾が必要と考え、しかも当のF自身が原告の承諾のない中でマネージャーには就任したくないとの意向を表明していた状況下において、計画どおり平成15年4月に原告班を分離しなければならない必要性があったと認めるに足りる証拠はない。また、このほかに原告班の分離を同月に行わなければならなかった必要性を認めるに足りる証拠はなく、もう少し時間をかけて原告を説得することが必要であったといわねばならない。このような説得を怠った点において、違法との評価を免れない。

更には、被告Aや同Bは、原告に対し、「マネージャーが務まると思っているのか」「マネージャーをいつ降りてもらっても構わない」等の言葉を使って叱責を与えることがあったものであり、この点においても違法といわねばならない。確かに、当時の原告班の成績は、他の班に比べて芳しくなく、この点について原告を叱責してその奮闘を促す必要性があったことは否定できないが、長年マネージャーを務めてきた原告に対し、いかにもマネージャー失格であるかのような上記の言葉を使って叱責することは、マネージャーとしての原告の誇りを傷つけるもので、違法といわねばならない。

そうすると、被告A及び同Bは、不法行為を行った点において、原告に対し、民法709条、719条1項による不法行為責任を免れない。また、両被告は、被告会社の被用者であり、上記行為は被告会社の事業の執行につきなされたものであるから、被告会社も原告に対し、民法715条1項による不法行為責任を免れない。

2 原告の損害及び素因減額

前記認定事実、特にTの案件が問題になった頃から、原告が体調に不調を来たし、原告班の分離の3ヶ月後には、ストレス性うつ病と診断されて、休業して入院するようになったこと、休業後も、内務次長と面談後、一旦回復に向かいつつあった症状が再び悪化するようになったことに照らすと、原告のストレス性うつ病は、被告Aや同Bの行為をきっかけに発病したもので、被告会社における仕事上の問題を主たる原因とするものということができる。しかし、就労者の中には様々な素因を有する者がいることを念頭に置いても、被告A及び同Bによる行為から、有給休暇では処理しきれないほどの休業や入院を必要とし、更には回復に時間が要して自動退職せざるを得ないほど重篤な症状を引き起こすことは、社会通念上予見することは不可能といわざるを得ない。原告の症状が、上記のように重篤化したのは、原告が、被告Aや同Bが、原告に対する嫌がらせないしは逆恨みのため、原告に対し原告班の分離を強行したり、殊更に厳しい叱責を加えていると思い込んだことに大きな原因があると考えられるが、被告A及び同Bが嫌がらせや報復の意図を有していたと認められないことは上記のとおりである。

被告A及び同Bの行為の中には、原告に対する配慮を欠き、不法行為を構成すると評価できるものが含まれていることは前記のとおりであるが、その不法行為との間に相当因果関係が認められるのは、ストレス性うつ病の発症までであり、その重篤化や原告の入院、更には有給休暇では処理しきれないほどの休業や退職との間に相当因果関係を認めることは困難である。そうすると、原告主張の逸失利益については、有給休暇では処理できないほどの休業や退職を前提とするものであるから、上記不法行為と相当因果関係のある損害とは認められないし、治療費関係についても、重篤化や入院を前提にするものについては相当因果関係のある損害とは認められない。重篤化や入院を前提としない治療関係費については、相当因果関係のある損害といえるが、その額を正確に算定することはできないので、その点は慰謝料の算定において考慮することとする。

本件不法行為は、原告のストレス性うつ病の発症の原因となったものであり、原告はそのために一定の治療費や通院交通費の負担を余儀なくされたこと、原告はこれまでの罹患歴に照らすと、精神的ストレスによる変調を来しやすく、診療録の記載からは、本件以外のストレスも上記発症に寄与している可能性を否定できないこと、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、慰謝料の額は300万円と認めるのが相当である。また、弁護士費用は30万円と認めるのが相当である。

被告らは、原告の精神疾患の罹患歴や家庭上の問題を理由に素因減額の主張をするが、本件においては、原告の損害を慰謝料と弁護士費用に限定し、上記のとおり、本件以外のストレスが寄与している可能性を否定できないことも考慮して、その慰謝料を算定したものであるから、その上に更に素因減額するのは相当ではない。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、719条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2053号3頁
その他特記事項