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北大阪労基署長(居酒屋店長)心筋梗塞事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
北大阪労基署長(居酒屋店長)心筋梗塞事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 平成19年(行ウ)第11号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年12月22日
判決決定区分
棄却
事件の概要
原告(昭和40年生)は、平成12年9月、居酒屋チェーン店を経営する本件会社にアルバイトとして雇用された後、同年10月から正社員として雇用され、平成13年1月16日以降、同社直営店(本件店舗)の店長として勤務していた。

本件店舗は35席の小規模な居酒屋であって、客数、売上高とも少ない店舗で、営業時間は午後5時から翌日午前2時までであり、提供する商品は、主として焼鳥等で、調理をする場合もマニュアル等に基づいて比較的簡単に提供できるものであった。原告が担当していた業務は、売上管理、仕入管理、アルバイトの労務管理、清掃及び料理の仕込み等の開店準備、調理作業、接客作業、後片づけや清掃等閉店作業、宣伝のチラシ配布、店長会議(月2回程度)への出席であった。

原告の所定労働時間は、午後4時30分から翌日午前2時とされており、休日は月に8日ないし9日を想定されていたが、原告が店長になって以降本件発症までの間に取得した休日は5日間であった。原告の平均時間外労働時間は、発症前1週間13時間39分、1ヶ月78時間52分、2ヶ月73時間23分、3ヶ月72時間46分、4ヶ月66時間43分、5ヶ月65時間26分、6ヶ月58時間05分であった。

原告は、平成13年3月13日午後8時頃、店内で胸の痛みを感じるとともに呼吸が苦しくなり、病院で診察を受けたところ、急性心筋梗塞と診断され、直ちに入院して治療を受け、同年4月7日に退院して、同月下旬に職場復帰したが、平成15年9月17日、再び胸の痛みを感じて3日間入院した。原告は、長時間の深夜労働に耐えられないと考えたこと、退職勧奨があったこと等から同年12月末に本件会社を退職した。

原告は、平成16年7月20日、労働基準監督署長に対し、平成14年3月27日から平成16年6月9日までに係る療養補償給付とその後の後遺障害についての障害補償給付の請求をしたところ、同署長は平成17年2月14日、本件疾病は業務との間の相当因果関係が認められないとして、不支給の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 業務起因性の判断基準

被災労働者に対して、労災保険法に基づく療養補償給付ないし障害補償給付が行われるには、当該労働者の疾病が「業務上」のものであることを要するところ、本件では労働基準法施行規則35条に基づき別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」により本件疾病が発症し、これが治癒した後もその身体に障害が存することが要件となる。ところで、労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補するという危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると、労働者の発症等を「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該発症等は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、業務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらしたという相当因果関係(業務起因性)があることが必要であると解するのが相当である。

2 本件疾病の業務起因性

原告は、アルバイトとして本件会社で就労するようになってから僅か4ヶ月余、正社員として雇用されてから起算しても僅か3ヶ月余で店長になり、同業務は、接客、調理、アルバイトのシフト管理、売上金の管理・送付、本件会社への書面での業務報告等多岐にわたるものであった。しかし本件店舗は客席35席の小規模な居酒屋であり、来客数も1日平均36.8人(少ない日は8人)に過ぎなかった。また本件店舗で原告が担当していた業務は、いわばマニュアルに従った定型的な内容であって、特段の精神的緊張を伴う業務でもなかった。そして、売上金の管理や送金あるいはタイムカードの打刻や報告書の送信など必ずしも原告がしなければならないものではなく、現に原告はアルバイトにもかなりの部分を任せていたもので、これらの業務もまたさほど困難な業務とまではいえない。更に開店準備作業は原告が1人で行うことがあったものの、営業時間中は少なくとも本件店舗内には2名が対応し、繁忙期にはそれよりも多い人数で切り盛りしていた。そうすると、本件店舗における原告の業務自体の労働密度はそれほど高いとはいえず、したがって、それに伴う業務上の負荷はそれほど高くなかったといわざるを得ない。

確かに、原告は、本社での店長会議に出る際には、同会議が昼間の時間にあるため、その日は生活スタイルを変化させなければならなかったし、同会議に引き続いて本件店舗での勤務に就くという長時間労働を強いられるものであった。しかし、同店長会議は月2回程度であって、それによる生活への影響は大きくはなく、また原告の時間外労働時間数は、本件発症前1ヶ月で100時間又は発症前6ヶ月間において月当たり80時間を相当下回っている。
原告の労働密度、時間外労働時間数を踏まえると、原告の業務は過重であったとは認められない。なお、原告の勤務には深夜勤務が含まれているものの、原告が本件会社に採用されて以降、その勤務形態に大きな変更がなかったことからすると、本件発症当時、原告には本件店舗での勤務形態に沿った生活サイクルが形成されつつあったことが窺われ、本件疾病の発症と原告の従事していた業務との間に相当因果関係を認めることができない。
適用法規・条文
労災保険法13条、15条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2054号13頁
その他特記事項
本件は控訴された。