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M運送店男女別定年事件

事件の分類
退職・定年制(男女間格差)
事件名
M運送店男女別定年事件
事件番号
神戸地裁 − 昭和54年(ヨ)第29号
当事者
その他債権者 個人2名 A、B
その他債務者 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1981年03月13日
判決決定区分
認容
事件の概要
債権者らはいずれも債務者の従業員として勤務してきたところ、債務者は昭和52年8月に就業規則を改正し(「本件就業規則」)、新たに定年に達した場合は退職とする旨(本件定年制)定め、「定年は男子57歳、女子52歳とし、離職は定年の日から1年後とする」、「定年到達後も業務上必要と認められた場合は再雇用されることがある。但し期間は1年とする」との規定を設けた。

昭和52年6月、債務者の運転手らが分会を結成し、全自運に所属したことから、債務者は分会員の分会からの脱退を働きかけ、その結果分会員は激減したが、債権者らは分会からの脱退を拒否した。また、債務者には前身の会社が労働基準監督署に届けていた就業規則(旧就業規則)があったところ、その存在が従業員には知らされないまま、債務者は同年8月12日、突然分会等に対し本件就業規則を示し意見を求めた。本件就業規則は本件定年制を採用するとともに、懲戒事由等を一層強化する等、旧就業規則を全面的に改定するものであり、分会は男子定年57歳を60歳に引き上げる旨の意見書を債務者に提出したが、債務者はこれを容れず、本件就業規則を労働基準監督署に届け出た。

債権者Aは昭和52年11月12日をもって57歳に到達し、債権者Bは本件就業規則発足時既に57歳を超えていたので、債務者は債権者Aに対しては57歳到達1年経過後に、債権者Bに対しては再雇用の期間満了により離職させる旨通知し、債権者Aは昭和53年11月12日、債権者Bは同年5月14日をもって退職したものとした。

これに対し債権者らは、本件定年制は合理性のないものであり、債権者らはこれに合意していないからからその適用を受けることはないこと、本件定年制の制定及びその債権者らに対する適用は債権者らが分会に所属することを理由とする不当労働行為に該当することを主張して、従業員たる地位の保全及び賃金の支払いを求めて仮処分を申請した。
主文
債権者らが債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

債務者は、債権者Aに対し金34万6060円及び昭和54年1がち1日から本案判決言渡しに至るまで、毎月末日限り月額20万4310円の割合による金員を、同Bに対し金114万1888円及び同日から本判決言渡しに至るまで、毎月末日限り月額15万2616円の割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

訴訟費用は債務者の負担とする。
判決要旨
一般に就業規則は、当該事業場内での社会規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解されるから、当該事業場の労働者は当然にその適用を受けるものというべきであり、このことは新たに作成・変更された就業規則についても同様であって、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されないが、新たな就業規則の作成、変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、それが合理的なものでない限り、信義則に反し、権利の濫用に当たるものとして許されないというべきである。

ところで、労働契約に定年の定めがないということは、労働者に対し終身雇用を保障したり、将来にわたって定年制を採用しないことを意味するものではないから、就業規則で新たに定年制を定めたからといって、労働者の既得の権利を侵害するものとはいえない。しかし、使用者の労働者に対する解雇は、客観的に見て相当と認められる事由がない限り、解雇権濫用その他の法理によって許されないことが判例法としてほぼ確立するに至っているといえるのであって、雇用期間の定めのない労働者であっても、実質上、右のような事由のない限り、使用者から一方的に労働契約関係を解消されることのない法的地位を保障されているというべきであるから、ただ定年に達したというだけの理由に基づいて労働契約関係が解消されることになる定年制は、労働者にとって不利益な労働条件を課するものといわざるを得ない。したがって、債務者が本件就業規則において本件定年制を定めたことは、就業規則を一方的に労働者に不利益に変更したものといわなければならない。

兵庫県労働部が行った兵庫県下の運輸業における定年制実施状況についての調査結果によれば、昭和52年7月31日現在、定年制は86.5%の事業所で実施され、その定年年齢は55歳が最も高く38%を占め、また運輸一般兵庫地方本部と兵庫運輸経営協議会との間に昭和54年5月11日締結された統一協定においては、定年制の最低年齢は56歳とする旨定められていることが一応認められ、右事実に照らせば、本件定年年齢自体も必ずしも不当なものとはいえない。また、本件定年制には再雇用の特則が設けられ、一応同条項を一律に適用することによって生ずる苛酷な結果を緩和する途も開かれている。これらの点からすれば、本件定年制は一応合理性を有するものといえなくもない。

債務者は、分会が結成されたことにより、全自運の指導下で激しい分会活動が展開されるようになるのではないかと恐れ、分会の破壊ないし弱体化を狙って分会員に対する脱退勧奨等を行う一方、分会活動に対処すべく、企業秩序の維持、強化を図って本件就業規則を制定したものと認めることができる。そして、これに本件就業規則制定当時既にその定年を迎え、あるいはこれを間近に控える従業員は債権者らのほかにはなく、そのうち債権者Aは債務者の脱退勧奨を拒否して分会に留まっていたものであり、同Bはまだ分会に加入していなかったもののこれに加入する可能性のあったものであること、その他債務者における定年制導入の必要性等を合わせ考えれば、本件定年制もまた人事の刷新、人件費の削減等経営の改善を目的としたものというよりは、むしろ分会対策の一環として、分会の弱体化を企図し、立案・制定されたものと認めるのが相当である。

分会は、昭和52年8月に前記意見書を債務者に提出して以後、同年中に本件定年制について債務者に抗議又は団体交渉の開催を申し入れたことはないことが一応認められる。しかし、分会が右のような態度をとったのは、本件定年制条項中の再雇用条項が年々再雇用を認める趣旨である旨の債務者の説明を信用していたためであったところ、債務者が債権者らに対し右説明と異なる扱いをするに至ったので、分会は昭和53年1月14日本件定年制につき債務者に団体交渉の開催を申し入れたことが一応認められる。そして、本件定年制条項に徴すれば、一方で定年後1年間は何らかの形で労働契約関係が当然に存続するような規定の仕方をしながら、他方で定年到達後は債務者の判断によって再雇用するか否かを決定し、再雇用する場合はその期間を1年とする規定も置いているのであって、右各規定の関係はそれほど明確なものではなく、定年後の年々再雇用が可能であると解する余地もある不明瞭さを残しているものである。したがって、分会が右再雇用条項について、債務者の前記説明を信じたことには無理からぬ点があったというべきであるから、分会が意見書提出後に前記のような態度をとったからといって、これによって債務者の本件定年制の制定が分会対策を目的とすることの前記認定が左右されるものではない。そして、旧就業規則を変更し、本件就業規則によって定められた本件定年制は、分会対策の一環として設けられたものである以上、合理性を有しないものといわざるを得ない。

そうすると、債務者における本件定年制の制定は、信義則に反し、権利の濫用に当たるものであって、これに同意していないことの明らかな債権者らと債務者との間の雇用契約関係は、依然として存続しているものというべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例363号58頁
その他特記事項