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埼玉(給食等会社)うつ病事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
埼玉(給食等会社)うつ病事件
事件番号
さいたま地裁 - 平成19年(ワ)第911号
当事者
原告個人1名

被告個人1名、学校給食等会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年08月31日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告会社は、委託を受けて社員食堂及び学校の給食業務を行う会社、原告(昭和47年生)は、平成12年12月に被告会社にパート社員として入社し、社員食堂(本件食堂)の調理場で、調理補助、食器洗い、掃除等に従事していた女性、被告(昭和23年生)は本件食堂でチーフを務め、調理に従事していた者である。

原告は、被告会社に入社後間もなく、被告から飲みに誘われたほか、スリーサイズを尋ねられるなどされた上、次いで、被告は尻を触る、至近距離から菜箸で原告の乳首を摘む真似をする、原告の胸を殊更見るなどの行為をするようになり、こうした行為は原告の退職まで続いた。また、被告は、原告に対し、コンドームを机から取り出して見せ、やろうかと言ったこともあった。

原告は、平成13年6月、手が震えて物を運べないなどと訴え、不安神経症と診断され、抗うつ剤等の投与を受けた。原告はその後定期的に通院し、平成15年3月、うつ病と診断されたが、この間2回、大量服薬して病院に搬送されて治療を受けることがあった。原告は、平成17年4月27日、休日出勤を断ったことで被告から怒鳴りつけられ、その数日後出勤できなくなって診察を受け、抗うつ剤を投与された。

原告は、同年5月7日、被告会社を退職したが、原告の夫は、同月17日被告に対し抗議した際、被告は原告に対するセクハラ行為を認めて謝罪し、原告を怒鳴りつけたことについて自分が誤解していたことを謝罪した上、「お尻については弁解の余地有りません」と記載された原告宛の手紙を夫に渡した。原告は、平成18年1月、労働基準監督署に労災給付(休業補償)を申請し、同年3月には夫婦喧嘩の上、大量服薬して入院した。原告は、転院を希望して他のクリニックを受診し、5年間職場でセクハラを受けたものの我慢したこと、通院していたこと、現在娘の不登校のほか、両親との関係が悪化して別居を検討中であること、セクハラについて提訴を検討中であるなどと説明し、うつ病と診断された。

原告は、被告が身体を触る、性的な関係を強要する、卑猥な発言を繰り返すなどのセクハラ行為を繰り返し、これに抗議したりすると、地位を利用して仕事上の嫌がらせを行い、その結果うつ病に罹患して退職を余儀なくされたとして、被告及びその使用者である被告会社に対し、治療費29万円余、逸失利益686万円余、慰謝料200万円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して、306万1842円及びこれに対する平成19年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用はこれを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
判決要旨
1 被告が原告に対しセクハラ行為をしたか

原告は、被告が腕や胸を触る、わざと身体に擦り寄ってくることを繰り返した、性的関係を強要したと主張するが、被告本人尋問の結果に照らしたやすく採用することができない。原告は、被告は原告の意に反することを知りながら、入社後間もなくから、度々原告を飲酒に誘ったと主張し、被告が何度か原告を飲酒に誘い、原告がいずれもこれを断ったことが認められるが、被告が原告を飲酒に誘ったことをもって、直ちにセクハラ行為ということはできない。次に、原告は、被告の言動に対し、抗議したり、誘いを断ったりすると、被告はチーフという地位を利用して、原告に掃除等の雑用ばかりさせる、原告を無視する、些細なことで怒鳴る等の不利益な取扱いや嫌がらせを繰り返したと主張するが、たやすく採用することができない。

原告は、被告が身体に触ることだけで1週間に3回あったと供述し、これに対し被告は、原告の尻に触ったのは1ヶ月に1回程度であったと供述する。原告は、本件食堂での仕事が気に入っていたので、被告のセクハラ行為を被告会社に在籍した4年以上にわたり我慢し続けたことが認められるものの、原告の体に触ることだけで1週間に3回のセクハラ行為を受けたにもかかわらず、これを4年以上にわたり我慢し続けたとまでは認め難い。

原告は、被告会社に入社して本件食堂で稼働するようになった後、間もなく被告から、スリーサイズを聞く、尻を触る、至近距離から菜箸で原告の乳首を摘む真似をする、原告の胸を殊更見るなどのセクハラ行為を受けるようになり、これに我慢して仕事を続けていたものの、平成13年6月頃うつ病を発症し、その後も被告の同様なセクハラ行為が続いたことなどから、病状が次第に悪化したと認めるのが相当であり、被告のこれらのセクハラ行為は不法行為を構成し、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。また、被告の原告に対するセクハラ行為は、被告会社の事業の執行についてなされたものと認められるから、被告会社は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負う。

2 損害額

原告は、治療費として合計29万9410円の支出をしたことが認められる。原告は、退職直前の3ヶ月間、被告会社から手取り平均日額2542円の給与を受けていたこと、原告がうつ病に罹患して通院するようになった後は、夫や子供に家事の一部をやってもらうようになったことが認められる。原告は被告からセクハラ行為を受け、これに起因してうつ病に罹患し、これにより様々な精神的、身体的症状が発現したことから、平成17年5月7日退職を余儀なくされ、その後平成19年4月になってコンビニ等で働き始めたものであるから、原告の不就労期間は、693日間と認められる。上記によれば、原告の逸失利益は、平成17年賃金センサス第1巻第1表、産業計、企業規模計、学歴計による女性労働者の全年齢平均の賃金額から、326万0327円というべきである。また、原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、200万円が相当である。

3 過失相殺の当否

埼玉地方労災医員協議会精神障害等専門部会は、原告が受けた心理的負荷の強度は「2」で、心理的負荷の総合評価は「中」と認められるから、本件は業務外として処理するのが相当との意見書を提出し、労働基準監督署長は平成18年11月8日、業務に関連する出来事としてセクシャルハラスメントがあったと認められるものの、業務に起因することの明らかな疾病に該当しないとして、不支給の決定をした。

これらの事実に基づいて検討すると、原告がうつ病を発症した上、その後病状が次第に悪化したことは、主として被告のセクハラ行為に起因すると認められるが、(1)原告がもともと内向的で神経過敏な気質を有していて、以前から精神安定剤の投与を受けていたほか、(2)被告からのセクハラ行為を受けた以後、家庭内での夫や両親との不和や長女の不登校など、原告にストレスを生じる様々な要因が重なったことが、原告のうつ病の発症、原告の症状の程度や治療の長期化に寄与していると認められるのであり、被告らに損害の全部を賠償させるのは公平を失するから、民法722条2項の規定を類推適用し、上記(2)の事情を斟酌して、被告らには原告が被った損害の6割を賠償させるのが相当である。

上記によれば、被告らは、原告に対し、連帯して、上記損害額合計の6割である333万5842円について損害賠償義務を負うというべきところ、原告は被告から合計27万4000円の支払いを受けたから、残額は306万1842円となる。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、722条2項
収録文献(出典)
その他特記事項