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K塾(非常勤講師・出講契約)解除事件

事件の分類
雇止め
事件名
K塾(非常勤講師・出講契約)解除事件
事件番号
福岡地裁 − 平成18年(ワ)第2585号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年05月15日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
原告は、昭和56年4月、学校法人九州K塾の発足と同時に、同法人との間で契約期間を1年とする出講契約を締結し、同法人が被告と合併してからは被告との間で、平成17年度まで25年間にわたって出講契約の締結を繰り返し、政治経済・公民科の非常勤講師を務めてきた。非常勤講師は、専任講師と異なり、他の予備校の講師を兼任することができ、原告は平成4年度から平成17年度まで私学共済組合に加入していた。

原告は、平成17年12月、被告の地区本部長らと面談した際、今後塾生数の減少が見込まれること、原告についての受講生の授業アンケートの結果が悪いことなどから、平成18年度の1週間当たりの担当授業(90分1コマ)を、従前の7コマから4コマに削減すること、この結果私学共済から脱退してもらうことを告げられた。これに対し、原告は前年度と同じ7コマ程度とするよう要望し、平成18年2月、個別労働関係紛争解決促進法に基づく労働局長へのあっせん申請を行ったが、被告はあっせん手続きに参加する意思はないとしたため、あっせんは打ち切られた。また原告は、コマ数について合意に至らない点は司法の場で解決したいが、原・被告間で合意している週4コマの限度で出講契約を締結する意思があることを被告に通知したが、被告は全面的な合意が成立しない以上、出講契約は終了になる旨説明し、原告が平成18年度の契約書について、被告が指定した期日までに発送しなかったため、被告は原告に対し、出講契約を終了すると通知した。

これに対し原告は、本件出講契約は労働契約に当たること、被告が契約を更新しなかったことは雇止めに当たるところ、解雇権濫用法理ないしその類推適用により雇止めの必要性を欠くことなどから、本件出講契約の終了は無効であるとして、労働契約上の地位確認、賃金支払いに加え、私学共済の加入資格を有することの確認と慰謝料500万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件出講契約は労働契約か

雇用契約の対象となる「労働者」に関し、労働基準法9条は、「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいうと規定しているところ、その意味するところは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、「労働者」に当たるか否かは、雇用、請負等の法形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断すべきである。そして、使用従属関係の有無・程度については、使用者とされる者と労働者とされる者との間における具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督関係の存否及び内容、時間的及び場所的拘束性の有無及び程度、支払われる報酬の性格及び額、労務提供の代替性の有無、業務用機材等機械及び器具の負担関係、専属性の程度、使用者の服務規律の適用の有無、公租などの公的負担関係、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。

被告は、講師に対する留意事項等を定めた「講師ガイドブック」の中で、各講ごとに学習範囲が定められていること、指定された範囲を必ず終了すること、講義は指定された教材により行い、補充プリントは原則として使用しないこと等と定め、原告が講義するに当たっての裁量は相当程度限定され、業務遂行上の指揮命令関係が一定程度存在する。被告における非常勤講師の講義料は、90分1コマ当たりの単価で定められ、被告から原告に支払われる講義料は賃金としての性格の強いものであり、その額の程度も、賃金として生活を支えるに足りるものと認められ、原告は4年間を除き、ほぼ被告からの収入だけで生活し、経済的に被告に依存しており、原告の被告への従属性は高かった。また、原告の業務に代替性はなく、原告が業務上使用する主要な機材等は、被告が負担しており、非常勤講師についての就業規則は設けられていないが、「講師ガイドブック」では広範な事項について講師が留意すべき事項が定められ、被告は原告に対し、服務規律に関する定めを一定程度及ぼしている。更に原告は、私学共済組合に加入し、講義料等の相当部分が給与として支払われ、源泉徴収もされている。

以上の事実に照らすと、原告は、被告との使用従属関係の下に本件出講契約に基づく労務を提供していたものと認めるべきであり、原告は労働基準法9条にいう「労働者」に該当し、本件出講契約は労働契約と認めるのが相当である。

2 本件出講契約の終了は雇止めか

原告としては、平成18年度についての出講契約の締結を一貫して希望し、被告に対し、平成17年度と同程度の出講コマ数で出講契約を締結することを求め、被告がそれに応じられない場合には、4コマの範囲で出講契約を締結し、更なるコマ数増については別途司法の場で解決することを求めたのに対し、被告は原告の提案はいずれも受け入れられないとして、最終的に、被告の方から原告に対し、本件出講契約の終了を通知したと認められる。そうすると、本件出講契約の終了の判断及び決定は、使用者である被告によってなされたというべきであり、本件出講契約の終了は雇止めと認めるのが相当である。

3 本件出講契約の終了に対する解雇法理の適用等の有無

本件出講契約の終了のような期間の定めのある雇用契約を締結した臨時従業員の期間満了による雇止めの効力に関しては、解雇に関する法理は原則として及ばないと解すべきであるが、(1)当該期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在しているか、あるいは、少なくとも、(2)労働者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合に、解雇権濫用の法理が類推適用されると解するのが相当である。

本件では、各年度の原告の出講に当たっては、毎年被告との面談を経て出講契約が締結され、契約書では年度ごとの期間を定めた契約であることが明記されていること、非常勤講師に諾否の自由があること、他の予備校との兼任が可能であり、専任手当、家族手当、退職金等の制度がないこと、専任講師とは従事する業務の範囲や性質に異なる面があること、被告は本件出講契約は当然に更新継続するという説明をしたことはないこと、原告としても非常勤講師のそのような立場を理解した上で、被告に対しその処遇の改善を求めることがあったこと、非常勤講師の中には、被告側の判断により契約を終了させられる者が、平成18年度以前から年間数名程度はいたことがあったことが認められる。以上によれば、本件出講契約は、期間の定めのある雇用契約で、更新継続が原則とされていた専任講師に関する契約とは明らかに異なり、その実質が期間の定めのない雇用契約と異ならないものということはできない。

本件出講契約を継続する際の従前のやりとりでは、被告から原告に対し、原告の担当講義に関する授業アンケートの内容の説明やそれを踏まえた指導がなされ、授業アンケートの評価が原告のコマの単価のみでなくコマ数の配分自体に影響することが説明されており、原告もこれを了解していたと認めるのが相当である。また、従前の交渉の過程で、被告が原告に対し、授業アンケートの評価が芳しくないこと、被告がそれを憂慮するとともに、原告に講義内容の見直し等によるアンケート結果の改善を求めていたこと、原告は被告との面談のやりとりで、授業アンケートの評価が悪い状態が続けば、担当コマ数が減となる可能性は認識しており、現に被告から原告へのコマ数提示が前年度から削減したこともあること、原告の出講コマ数について大幅な削減はこれまでなかったが、被告が原告に対し、原告のコマ数が削減される場合の削減幅が小幅に止まることを約束したり、被告においてそのように取り扱っていた慣行もないこと、原告も自らの授業アンケートの評価が、自らの担当コマ数との関係では十分なものでないことを十分知り得たと考えられる。以上によれば、原告が主張するような前年度と同程度のコマ数が原告に保証されているとの期待は何ら合理的な裏付けがなく、むしろ受験予備校としての被告の性質上、より良い評価を得られる人気の高い講師に、より多くのコマ数を担当させることが当然と考えられるところ、原告の平成17年度のアンケート結果や同一科目の他の講師の評価からすると、原告は大幅なコマ数減を受け入れるべき立場だったというべきである。

原告が本件出講契約の継続に関して期待することに合理性が認められる範囲は、前年度と同程度の出講コマ数が確保された契約内容での雇用継続までとは認められず、本件出講契約が長期間継続していたとしても、本件出講契約については大幅なコマ数の変動が予定されていなかったとはいえない以上、原告としては、出講契約におけるコマ数の保証にまで合理的期待が及んでいたとはいえず、本件出講契約が被告の提示するコマ数により継続されることについて期待することの限度で、その期待が保護されるに止まるというべきである。そうすると、被告が原告の平成18年度の出講契約について4コマを提示し、7コマ又はそれと同程度を要求した原告と合意に達せず、最終的に被告が原告を雇止めとしたことについては、被告が原告に対し平成18年度の出講契約の内容として4コマを提示したことにより、本件出講契約の継続に関する原告の期待自体は保護されていたというべきで、原告が被告の提示を受け入れず、最終的に被告の雇止めにより本件出講契約が終了されたことについては、解雇に関する法理が適用又は類推適用されることはないといわなければならない。

したがって、本件出講契約の終了の有効性については、雇止めとしての適否が問題になるに止まるのであって、原告の本件出講契約について、その契約継続が長期に及び、昭和62年度以降は概ね6コマ前後で一応安定していたことを勘案しても、本件雇止めについては、被告の裁量が広く認められるべきで、本件出講契約の終了に合理的事由がなく、被告の雇止めの判断・手続きが著しく合理性を欠くと認められる場合に限って、本件出講契約の終了について違法の問題が生じ得ると解するのが相当である。そして、本件出講契約の終了に至る経緯に照らせば、被告において、平成18年度の九州地区公民科の総コマ数や原告への提示コマ数を決定した過程及び被告がその内容を原告へ提示した過程について、格別不合理又は不相当な点は認められない。むしろ、本件出講契約の終了に至る経緯についてみれば、原告が平成18年度についても従前と同程度のコマ数を強く希望し、それに固執した結果、被告としては、平成18年度の講義運営の必要から来る時間的制約から、原告に対し、被告提示のコマ数に応じるか、本件出講契約を終了させるかいずれかの選択を求めざるを得ない状況になり、それでもなお原告が被告の提示に従った形での回答を示さなかったことから、被告は原告を雇止めにして、本件出講契約を終了させたと評価できる。したがって、本件出講契約の終了は、被告による雇止めの判断と手続きのいずれについても、合理的なものと認められる。

以上によれば、本件出講契約の終了については、被告による雇止めであるが、解雇権濫用の法理が適用又は類推適用される場合には当たらず、また被告による本件の雇止めは違法なものとは認められない。

4 賃金支払請求、私学共済組合加入資格、慰謝料請求権の存否

本件出講契約は有効に終了しているのであって、原告は主位的に請求する7コマの範囲又は予備的に請求する4コマの範囲のいずれについても、被告との間で雇用関係にある余地はもはやないのであるから、原告の本件出講契約終了後の賃金請求は失当である。原告は私学共済組合の加入資格の確認を求めるが、本件出講契約は有効に終了しているから、原告のこの点の請求は失当である。

原告は、被告による違法な雇止めにより、著しい精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求するが、本件出講契約は有効に終了しており、被告による雇止めに違法というべき点は認められないから、原告のこの点に関する主張は理由がない。
適用法規・条文
労働基準法9条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例989号50頁
その他特記事項
本件は控訴された。