判例データベース

K塾(非常勤講師・出講契約)解除控訴事件

事件の分類
雇止め
事件名
K塾(非常勤講師・出講契約)解除控訴事件
事件番号
福岡高裁 − 平成20年(ネ)第546号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年05月19日
判決決定区分
一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(上告)
事件の概要
控訴人(第1審原告)は、昭和56年4月、学校法人九州K塾との間で契約期間を1年とする出講契約を締結し、同法人が被控訴人(第1審被告)と合併してからは被控訴人との間で、平成17年度まで出講契約の締結を繰り返して非常勤講師を務めてきた。非常勤講師は、専任講師と異なり、他の予備校の講師を兼任することができ、控訴人は平成4年度から平成17年度まで、私学共済組合に加入していた。

控訴人は、平成17年12月、今後塾生数の減少が見込まれること、受講生の授業アンケートの結果が悪いことなどから、平成18年度の1週間当たりの担当授業(90分1コマ)を、従前の7コマから4コマに削減すること、この結果私学共済から脱退してもらうことを告げられた。これに対し、控訴人は前年度と同じ7コマ程度とするよう要望したが、被控訴人はこれを拒否し、控訴人が平成18年度の契約書について、被控訴人が指定した期日までに発送しなかったため、被控訴人は控訴人に対し、出講契約を終了すると通知した。

これに対し控訴人は、本件出講契約は労働契約に当たること、被控訴人が契約を更新しなかったことは雇止めに当たるところ、解雇権濫用法理ないしその類推適用により雇止めの必要性を欠くことなどから、本件出講契約の終了は無効であるとして、労働契約上の地位確認、賃金支払いに加え、私学共済の加入資格を有することの確認と慰謝料500万円の支払いを請求した。

第1審では、本件出講契約は労働契約であり、その終了は雇止めに当たると認めたものの、解雇の法理が適用ないし類推適用されることはなく、本件出講契約の終了は合理的なものであるとして、控訴人の請求をいずれも斥けたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決中、慰謝料請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

(1)被控訴人は、控訴人に対し、350万円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)控訴人のその余の慰謝料請求を棄却する。

2 控訴人のその余の控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じて、これを5分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

4 この判決は第1項の(1)に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件出講契約は労働契約か

非常勤講師は、「講師ガイドブック」に規定されているとおり、講義について被控訴人から指定された教材によりカリキュラムに則って行い、補充プリントを用いることすらも原則として禁じられるなどの制約を受けているのであり、必要な機材は全て被控訴人の施設・設備を利用して業務を行うものとされ、講師の業務に代替性は認められていない。そして、非常勤講師に対しては、1コマ当たりの講義料単価に出講コマ数を乗じて計算されているところ、これを賃金と見ることも不可能ではない。また「講師ガイドブック」には、個人情報保護やセクハラ防止に関する規定など、講師が遵守すべき服務規律に関する定めも一定程度含まれている。このように、被控訴人と非常勤講師との間には、使用者と労働者の雇用関係と見ても矛盾することのない関係が形成されているものということができる。

しかしながら、上記の諸点は、出講契約の特性に鑑みれば、これを請負又は準委任と見ても必ずしも相容れないわけではない。むしろ、出講契約締結時に被控訴人と非常勤講師との間で作成される契約書の内容が1年単位のものであること、他の予備校等の講師を兼任することができることとされていることなどに照らせば、被控訴人が採用している非常勤講師制度は、塾生を獲得するために最も重要な意義を有する講師陣の陣容を整備するに当たり、労働法制に縛られることを回避しつつ、融通性のある人材活用を企図したものであることは疑いを容れない。また、他方で、非常勤講師の側からしても、他の予備校等の講師を兼任することができるという点において、被控訴人からの束縛が比較的緩いということに大いに魅力を感じる向きもあるものと推測される。そして、出講契約の法的性格を判断するに当たっては、このような非常勤講師制度についての当事者の意向も無視することはできないから、単年度毎の出講契約をもって労働契約であると見るのはなお躊躇されるものがあるといわなければならない。以上のとおりであるから、被控訴人が非常勤講師との間で締結する単年度毎の出講契約を一律に労働契約であると認めることはできない。

専任講師は、被控訴人との間で1年間の雇用契約を締結するが、特段の事情のない限り60歳の定年まで契約を更新するものとされており、専任手当、家族手当、退職金等が支給され、その反面、他の予備校の講師を兼任することはできないものとされている。非常勤講師についても、1年毎の出講契約が毎年締結され、他の予備校の講師を兼任するだけの時間的余裕もその経済的な必要もないほどのコマ数を担当しているとすれば、その実体は専任講師に著しく近似することになるものといわなければならない。この点を控訴人について見るに、控訴人は昭和62年からは週7コマ程度を担当してきたものであり、その間ほぼ被控訴人からのみの収入で生計を維持し、平成10年度から平成17年度までの8年間は、他の予備校の講師を兼任することなく、完全に被控訴人からの収入だけで生活してきたというのであるから、専任講師とほとんど変わらない外観を呈していたということができる。加えて、被控訴人においては、専任講師の員数が非常勤講師に比べて極めて少なく、しかも専任講師の採用は長らく行われていないというのであるから、被控訴人の講師陣の主体は明らかに非常勤講師であるといっても良く、控訴人のように長期間継続して被控訴人の非常勤講師としての業務を果たしている者について、一律に労働法上の保護が与えられないということはおよそ相当なことではない。

以上を総合すれば、本件出講契約は、請負あるいは準委任の法形式を採るものではあるが、被控訴人と控訴人との法律関係は、被控訴人と専任講師のそれと著しく近似する実情にあるというべく、控訴人が受ける報酬も控訴人の役務の提供に対する対価と見て何ら矛盾しないものである。したがって、被控訴人と控訴人との間には使用従属関係が認められるものというべきであるから、両者間の法律関係は労働契約に基づくものと認めるのが相当である。

2 本件出講契約の終了は雇止めか

控訴人はもとより、被控訴人においても、平成18年度も出講契約を締結することは当然のことと考えていたものであり、ただコマ数につき、合意がならなかったために、出講契約の締結自体が見送られたものであることが明らかである。

労働契約である以上、新たな出講契約の締結に当たり、被控訴人としては、何ら合理的な理由も必要もないのに、前年度より控訴人にとって不利益な内容の出講契約に変更することは許されず、更にその目的自体には合理性が肯定されたとしても、労働者の生活を脅かすほどの減収を来すような不利益な変更は、これまた相当なものということはできないのであって、その程度も自ずと合理的な範囲に限られるものというべきである。しかし、控訴人としても、必ず前年と同じ内容の契約が締結されるべきことを求める権利やそれを期待することができる地位にあるとまでいうことはできないのであり、控訴人が被控訴人との間で、25年間の長きにわたって出講契約を繰り返し、その間、専任講師と異ならない業務に従事して、被控訴人から得る収入で生計を立ててきたことなどに鑑みても、合理的な理由や必要性もないのに前年よりも不利益な内容に変更されることはないこと、あるいはその変更が合理的な範囲内に制限されることを期待することができるに止まるというべきである。

被控訴人がコマ数を減ずる理由として挙げた点(受講生の減少が見込まれること及び控訴人の授業アンケートの結果が芳しくないこと)は、相応の合理的な理由たり得ているものと評価することができる。他方、コマ数が7から4に減ると、収入が4割以上減少することになり、控訴人としては被控訴人の提案をたやすく受け入れることができなかったというのも肯けるところであって、死活問題を惹起するような、これほど大幅な減少を来す変更は相当に問題であるといわなければならない。ところが、被控訴人はひたすら自己の立場にのみ固執し、収入が大幅に減少することになって、直ちに生活に響いて来るという控訴人の境遇に対する配慮に余りにも欠けていると見ざるを得ないのである。

以上のとおり、控訴人において、折角、膠着状態を打開するための建設的な提案をしながら、被控訴人の強硬な態度の前に平成18年度の出講契約書について、被控訴人が指定した期日までに発送しないままで終わったことは、同契約書がコマ数を4とする内容であったにしても、いかにも惜しまれる。しかしながら、いずれにしても、控訴人が平成18年度の出講契約書を指定の期日までに発送せず、その後の被控訴人からの再度の意思確認に際しても、次年度の契約書を提出する意思はない旨回答するなどしている以上、いかなる意味においても平成18年度の出講契約が締結されなかったことは明白であって、これを被控訴人からの雇止めとするのは無理があるといわなければならない。以上によれば、本件出講契約の終了を被控訴人による雇止めであると認めることはできないことに帰する。

3 本件出講契約の終了に対する解雇法理の適用等の有無等

本件出講契約の終了は、最終的には控訴人が自らの意思で契約を締結しなかったことによるものであるから、解雇法理の適用等はその前提を欠くことになり、賃金請求権がないこと、私学共済組合加入資格がないことはいうまでもない。

4 慰謝料

本件出講契約が締結されなかったのは、最終的には控訴人自身の意思によるものであるが、他方、被控訴人が、控訴人の申し立てた労働局長に対するあっせんの申請について、同手続きに参加する意思がない旨表明し、更には控訴人が膠着状態を打開するために建設的な打開策を提案した際にもこれを一顧だにしないなど、強硬な態度に終始したものであり、そのような被控訴人の態度が、控訴人をして上記のような消極的な抵抗に駆り立てたといっても過言ではない。被控訴人のこのような態度は、自己の立場と主張を貫徹することのみ急で、コマ数減により被控訴人からの収入も大幅に減少し、ひいては生活が成り立たなくなるという控訴人の切実な反論とその境遇に対する配慮に欠けること甚だしいものであり、同時に、本件出講契約が労働契約であることに対する無理解から来るものである。そうすると、被控訴人のいささか理不尽ともいうべきこのような強硬一辺倒の態度が、折角建設的な提案をしている控訴人をして、自己の労働契約上の権利に依拠して冷静な対応をすることを断念させて、上記のような消極的な抵抗へと追い込んでいったという面があることを否定できないのであるから、その限りで、被控訴人の上記のような対応は控訴人に対する不法行為を構成するものであり、控訴人の受けた精神的苦痛に対して一定の慰謝料を支払う義務があるといわなければならない。

その場合の慰謝料額については、控訴人が4コマで平成18年度の出講契約を締結していたとすれば、被控訴人から同年度に250万円程度の収入が得られたものと認められること、その他これまで見てきた諸般の事情を勘案すると、350万円の範囲でこれを認めるのが相当である。
適用法規・条文
労働基準法9条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例989号39頁
その他特記事項
本件は上告された。