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浦和労基署長(パン製造会社)急性心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
浦和労基署長(パン製造会社)急性心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 昭和47年(行ウ)第121号、東京地裁 − 昭和47年(行ウ)第138号
当事者
原告 個人1名
被告 138号事件 浦和労働基準監督署長、121号事件 労働保険審査会
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1975年01月31日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
Gは、昭和40年8月にMパン株式会社(会社)に入社し、以来東京工場に勤務していた。Gは、入社後死亡に至るまで、昭和41年11月から同42年4月までと、同年5月8日から8月25日までの両期間を除いて、主に製品の仕分け作業に従事した。この仕分け作業は、午後8時から翌朝5時まで(早番)と午後9時から翌朝6時まで(遅番)のオール夜勤であり、Gの死亡前3ヶ月間の就労状況は、昭和42年6月残業時間10時間、公休5日、同年7月同11時間、7日、同年8月同17時間、6日となっていた。

製品の仕分け作業は、ベルトコンベア(毎分約6m)の上を流れる受注伝票を見ながら、パン箱から自分の担当する品種のパンを取り出し、コンベア上を流れるパン箱に入れる作業である。この作業を行う場合、背伸びしたりコンベアの下に潜り込むようにして製品を取り出したりしながら、限られた時間内に間違いなく仕分け作業をしなければならず、身体を労することは余りないが、精神的な疲労を伴うものであった。

オール夜勤による製品仕分け作業は、会社では昭和39年6月以降採用しており、Gの本件死亡を除いて、他に勤務体制又は作業内容が原因して病人が出たことは少なく、Gも入社後死亡するまでの間これといった病気に罹ったことはなく、血圧が154/110と診断された以外、何ら異常はなかった。

Gは、昭和42年9月5日夕食時から余り食欲がなく、翌6日夕刻にひどく疲れた様子のまま出勤したところ、作業開始からミスが続出して作業は遅れ、同僚や上司らの手助けによって作業が平常に復したところ、Gは微かにうめき声をもらして倒れ、午後10時頃、急性心臓死により死亡した。

Gの妻である原告は、Gの死亡は業務に起因するものであるとして、被告労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、同署長は右各給付を支給しないとの処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求をしたが棄却されたため、労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、これも棄却の裁決を受けた。そこで原告は、被告署長の原処分及び被告審査会の裁決の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 被告審査会に対する請求について

行政事件訴訟法10条2項により、裁決取消の訴えにおいては、裁決固有の違法事由のみが取消事由となり、原処分の違法を理由として取消しを求めることはできないところ、原告の被告審査会に対する裁決取消しの請求が原処分の違法のみを取消事由としていることは、その主張自体明らかであるから、同被告に対する請求は失当として棄却すべきである。

2 Gの死亡の業務起因性について

Gの死亡前3ヶ月間の労働量は過重とはいえず、毎月5日ないし7日の公休は完全に消化されており、昭和42年8月26日再びオール夜勤の作業に復して以降、残業は皆無である。もっとも、オール夜勤という勤務体制が人間にとって異常な労働形態であることは原告の指摘するとおりであるが、Gは以前も1年3ヶ月近く同体制の下で勤務したことがあるから初めての経験ではなく、仕分け作業部門では1年以上従事している作業員が大半を占めていながら、かような作業に従事していることが原因とみられる病人が出たことは少なく、G自身も無欠勤であった。したがって、オール夜勤という勤務体制、しかもこれが作業内容が肉体的というよりもむしろ精神的疲労を多く伴う業務であることを考慮したとしても、同体制の下で就労することが直ちに作業員に対して著しい精神的又は肉体的負担を課するとはいえない。成程本件死亡事故が発生した当日は、Gが久しぶりに仕分け作業に復してから10日余しか経っておらず、公休日の前日に当たり7日間の夜勤続きであり、Gの作業量も他の仕分け区に比べてかなり多かったことは否定できないとしても、Gは仕分け作業について1年3ヶ月に達する経験者であり、不馴れな作業とはいえず、当日の作業量も平常に比べて特に多いとはいえなかった。そして、深夜作業体制の下であるとはいえ、Gが倒れるまでは作業開始後僅か1時間足らずしか経っていなかったから、就労による著しい疲労が加わったとは考えられず、気温も特に蒸し暑いというまでには達していなかった。かようにして、当日死亡に至るまでの間のGの従事した作業は、質・量ともに日常業務とは何ら大差がなく、ただ普段と異なった点としては、本人は死亡の前日から身体の不調を覚えて食欲が余りなく、当日はひどく疲れた様子のまま出勤した点が挙げられるに止まる。

ところで、高血圧の者が深夜勤務すればその健康に好ましくない影響を与えることは否定できないとしても、急性心臓死は、突発的かつ異常な事故とか、特に過重な労働により、精神的若しくは肉体的に普段と異なる著しい負担が生じた場合に発症するものであることが認定でき、以上の医学上の見解に立って本件を見る場合、Gに高血圧の既往症があることを考慮したとしても、同人の死亡とその従事した業務との間に相当因果関係があると解することは困難である。

以上により、被告署長の原処分が違法であるとしてその取消しを求める原告の同被告に対する請求も理由がなく、棄却すべきである。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例219号24頁
その他特記事項
本件は第138号事件について控訴された。