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浦和労基署長(パン製造会社)急性心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 浦和労基署長(パン製造会社)急性心臓死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 − 昭和50年(行コ)第7号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人浦和労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1979年07月09日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- 昭和40年8月にMパン株式会社(会社)に入社したGは、入社後死亡に至るまで、主にオール夜勤である主に製品の仕分け作業に従事しており、一時他の業務に就いたものの、昭和42年8月26日に仕分け作業に復帰したものである。
オール夜勤による製品仕分け作業は、会社では昭和39年6月以降採用しており、Gの本件死亡を除いて、他に勤務体制又は作業内容が原因して病人が出たことは少なく、Gも入社後死亡するまでの間これといった病気に罹ったことはなく、血圧以外は何ら異常がなかった。
Gは、昭和42年9月5日夕食時から余り食欲がなく、翌6日夕刻に出勤してからは作業開始からミスが続出して作業は遅れる中、Gは微かにうめき声をもらして倒れ、午後10時頃、急性心臓死により死亡した。
Gの妻である控訴人(第1審原告)は、Gの死亡は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、被控訴人は右各給付を支給しないとの処分(本件処分)をした。控訴人は本件処分を不服として審査請求をしたが棄却されたため、労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、これも棄却の裁決を受けた。そこで原告は、被控訴人署長の原処分及び審査会の裁決の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、労働保険審査会に対する請求は失当として棄却したほか、Gの業務と死亡との間には相当因果関係が認められないとして、署長の処分についても控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 原判決中、被控訴人に関する部分を取り消す。
被控訴人が控訴人に対して昭和43年2月16日付けでしたGの死亡について労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取り消す。
訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被災者の従事した連続深夜勤と健康への影響
Gは2年間深夜勤を続けたのであるが、いずれも実働8時間勤務であり、午前零時から同1時までに食事と休憩の時間が、午前3時から15分間小休憩が取れることになっており、公休は1週間に1回あり、残業は6月10時間、7月11時間、8月17時間(うち8時間は公休出勤分)と少なかった。このように見てくると、Gの従事したオール夜勤は、一見健康に影響を及ぼさない勤務体制であるように見えるが、これを労働医学的見地から考察すると、Gの従事した週実働48時間、拘束週54時間、週休1日制というオール夜勤制度は健康を害する蓋然性の高いものである。すなわち、オール夜勤は、昼夜逆転の生活を余儀なくするが、かような生活形態は人間固有の生理的リズムに逆行し、これに慣れて順応することが生理学的には認められないのである。そのため、夜勤従事者は、夜勤そのものによって大きな心身の疲労を覚えるのみでなく、昼間睡眠が一般に浅く、短くならざるを得ないので、勢い疲労回復が不完全となる。しかも、週休1日制では、前夜からの夜勤があり、それに続いて週休があり、翌日には夜勤が控えているので、夜勤者は精神的な余裕を持てない。したがって、このような夜勤の連続は疲労の蓄積を招くのが通常であり、その回復には週休2日以上の十分な休養と夜眠をとる必要があるのみならず、このような措置がとられている場合でも、健康管理に特別な配慮が望ましいのである。また、夜勤従事者の年齢区分と疲労との関係をみると、40歳台では疲労の影響が長く残ることが実証されているから、40歳台の労働者が週休1日制のオール夜勤を一両年も怠りなく続けていれば、慢性疲労から何らかの健康障害をもたらす公算が大きいといえる。
2 Gは業務上死亡した場合に当たるか
労働者が業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その疾病が原因となって死亡事故が発生した場合をいうものと解するのが相当である。
本件は、死後解剖がなされなければGの死亡の原因となったであろう疾病を解剖医学的に明らかにすることは不可能であるが、被災者の遺体が解剖されないことについて遺族の側に何ら責めるべき事情がないのに、解剖所見による厳格な死亡の原因及び疾病の状況に関する立証を控訴人に対し求めることは、立証責任の公平の原則及び労災法の立法の趣旨に照らして相当でない。のみならず、労災法の適用に当たり被災者の死亡の原因となった疾病を明らかにすることの趣旨は、疾病と業務との因果関係を労災法上の見地から明らかにすることにあるのであるから、解剖所見が得られない本件のような場合においては、被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起こり得ると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りると解するのが相当である。
3 本件疾病の業務起因性
疾病の業務起因性の有無の判断には、事柄の性質上、疾病の発生の機序に関する医学的知見の助力を必要とするが、この判断は、疾病の原因に関する医学上の判定そのものとは異なり、ある疾病が業務によって発生したと認定し得るかどうかの司法的判断であるから、解剖医学的見地からは疾病の発生した原因の解明が困難な場合においては、被災者の既存疾病の有無、健康状態、従事した業務の性質、それが心身に及ぼす影響の程度、健康管理の状況及び事故発生前後の被災者の勤務状況の経過等諸般の事情を総合勘案して、疾病と業務との因果関係について判断するほかない。
入社9ヶ月後に実施された定期健康診断の際、Gは最低血圧「110」という異常に高い血圧が測定されており、控訴人はそれがオール夜勤による過労が原因と主張し、被控訴人はGの遺伝的素因が主たる原因と主張する。しかし、仮にGの高血圧症が夜勤によって発生したものであるにせよ、若しくは同人の遺伝的素因に起因するものであったにせよ、高血圧症に罹患していることが判明した労働者について何らの健康上の配慮をせずして、高血圧症を増悪させるような業務を遂行させた結果災害が発生したときは、業務起因性を肯定することになるから、本件において、高血圧症が業務に起因したかどうかの判断は必ずしも必要ではない。
本件においては、健康診断において、Gの高血圧症の蓋然性が高いと考えられる血圧の数値が測定されたのであるから、会社としてはGに対し注意を促すとともに、その後のGの健康管理に相当の注意を払い、再検査を実施して病状を確かめた上、その結果に即応した適切な業務上の措置をとることが、事業主に対し健康診断を義務付けた労働基準法規の趣旨に沿う所以であると考える。
Gの従事した仕分け作業が健康で有能な作業員にとっては十分耐え得る程度のものであったとしても、長期にわたるオール夜勤によって既に高血圧及び動脈硬化症が相当進行、悪化していたことが推測されるGにとって、作業は位置の変更及び当日の仕分け作業の過重な負担が、健康な熟練者の場合と異なり、強度の精神的緊張をもたらしたであろうことは推察に難くないというべきである。
以上の事実関係を総合すれば、本件疾病はGが高血圧症に罹患していたのに、会社がGに対し適切な健康管理の措置を講ぜず、Gをして健康に悪影響を及ぼす「オール夜勤」に従事させたため、高血圧症及びこれに伴う動脈硬化症を増悪させたこと、更に右のような健康状態にあるGをして精神的緊張を伴う仕分け作業に不用意に配置転換をさせたため、疲労の蓄積とストレスにより冠動脈硬化症を起こさせたこと、しかも事故当日の作業の負担過重と連続的なミスに基づく強い精神的緊張が重なったこと等が相まって発症したものと推認するのが相当である。そして、もし会社において、Gに対し、上記健康管理をし、Gが高血圧症者であり動脈硬化の状態にあることを十分認識して労働安全衛生上の配慮をしていたならば、Gがオール夜勤を続け、しかも精神的緊張を要する仕分け作業に再配置されるようなことは起こらなかったであろうと考えられるのであって、そうすれば、Gは本件疾病により死亡するという事態は避けられたであろうと推測されるのである。
以上、Gの死亡の原因と推測される心筋梗塞は、Gの従事した業務に起因して発症し、かつ右業務との間には相当因果関係があると認めるのが相当であり、右疾病を原因として本件死亡事故が生じたものと認めることができる。 - 適用法規・条文
- 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例323号26頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和47年(行ウ)第121号、東京地裁 − 昭和47年(行ウ)第138号 | 棄却(控訴) | 1975年01月31日 |
東京高裁−昭和50年(行コ)第7号 | 原判決取消(控訴認容) | 1979年07月09日 |