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神戸労基署長(S社)急性心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 神戸労基署長(S社)急性心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 神戸地裁 − 昭和53年(行ウ)第29号
- 当事者
- 原告個人1名
被告神戸東労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1984年02月17日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- Tは、昭和43年4月にS社の親会社であるK製鋼所を停年退職し、その後同社で嘱託として勤務するなどした後、昭和49年9月にS社に採用された。
TはS社において、雑役工として勤務し、その作業内容は、入荷した砕石機械部品の分類整理、出荷品の梱包等の軽作業に平均して3時間程度従事する外は倉庫内の詰所で伝票、送り状の作成等に従事していた。Tの勤務時間は、午前8時30分から午後5時までの実働7時間45分で、残業は昭和49年9月から昭和50年3月までは月平均22時間、それ以降は11時間で、その大半は待機時間であり、休日は土日、祝日であった。Tは、高血圧症、動脈硬化等の心臓疾患(基礎疾病)を有し、昭和50年9月以降は、血圧の最高は150〜180程度、最低は80〜100程度であった。
Tは、昭和51年1月14日午前8時頃出社し、平常通り業務を行った後、午前9時40分頃社内の便所の中で意識不明で倒れているのを発見され、直ちに病院に収容されたが、急性心不全により既に死亡していた。
Tの妻である原告は、Tの本件災害は会社の管理下において生じたものであり、かつ同人の既往症である高血圧症等が業務により悪化したものであるから、業務に起因することは明らかであるとして、同年2月18日付けで、被告に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料を請求した。これに対し被告は、同年8月24日、これらを支給しない旨の処分(本件処分)をしたことから、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務上の災害について
労働基準法は、労働者の業務上の災害については事業主に無過失責任を負わせ、他方労災保険法は、事業主の右無過失責任について政府と使用者との間に保健関係を成立させ、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病又は死亡などの災害に対し、政府が使用者に代わって保険給付をすることにより、その補償を行う制度を採用している。従って、労災保険法1条に規定する「業務上の事由による傷病(災害)」と労基法75条以下に規定する「業務上の災害」との意義又は要件は同一であると解される。
現行の労災保険制度の趣旨、目的その他労働基準法施行規則35条の規定などを考え合わせれば、右の業務上の事由による労働者の災害とは、その災害が当該労働者の業務上の遂行中に発生したものであって、かつその業務と災害との間に相当因果関係が存在すること、すなわち災害の発生に業務遂行性と業務起因性とが認められることを要するものと解するのが相当である。なお、このように解しても、業務のみが傷病等の原因となっていることまでが必要とされるのではなく、傷病等が当該労働者の素因又は既往の基礎疾病を原因として発生したと認められる場合でも、業務に起因して質的又は量的に過重又は急激な精神的、肉体的負担が加わった結果、右素因又は基礎疾病が自然的悪化に比して急速な増悪をもたらしたと認められる限り、業務と当該疾病等との間に相当因果関係が認められるべきである。
2 業務起因性について
Tが、業務遂行中の生理的必須行為である用便中に心不全により死亡したことは明らかであるから、その業務遂行性については問題がない。
Tの勤務時間、職務内容及び本件発症当日の勤務内容にTの本件発症に至るまでの健康状態を合わせ考えれば、Tの勤務に基づく疲労が同人の身体状況に対し全く影響を与えなかったとはいえないものの、右勤務が同人の基礎疾病の悪化を自然的悪化に比して著しく促進させるほど過重なものであったとは考えられず、また本件発症に至るまでの間、同人に対して業務に起因して質的又は量的に急激な精神的、肉体的負担が加わったとも認められない。
以上、Tが平常従事していた作業は、その職務内容、勤務時間等からみて、重労働というようなものではなくて、むしろ軽作業であったとみるのが相当であり、人的又は物的な職場環境及び会社のTに対する労務管理についての格別瑕疵があったということはできず、結局これらに起因して同人の基礎疾病が増悪したものと認めることはできない。更に本件発症当日の勤務についても、これが通常の労働量を著しく超過し、同人の有する基礎疾病を増悪させ得るような過重なものではなかったことは明らかであり、また当日本件発症前において、同人に対し、業務に起因して質的又は量的に急激な精神的又は肉体的な負担が加わったと認めることもできない。そして、同人には基礎疾病としての心臓疾患が存在し、心臓疾患等に基づく急性心不全は安静時においても発症することがあり得るものであり、その発症を事前に予知することは困難であることをも考え合わせれば、同人の本件発症が業務遂行中に発生したというだけで、業務が本件発症の原因又は誘因であると認めることはできない。
従って、Tの死亡と業務との間には相当因果関係があるとはいえず、同人の死亡は業務起因性を欠くというべきであるから、同人の死亡は業務上の事由に基づくものとは認められないとした本件処分は適法である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、76条、77条、79条、80条、84条1項、労災保険法1条、12条の8第2項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例428号38頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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