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大阪西労基署長(Y社)急性心不全死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大阪西労基署長(Y社)急性心不全死事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 昭和59年(行ウ)第87号
当事者
原告個人1名

被告大阪西労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1986年05月27日
判決決定区分
棄却
事件の概要
M(昭和5年生)は、昭和26年4月Y社に入社以来ボイラー据付及び附帯工事に従事し、昭和54年本社工事営業課職長補に昇格した。

Mは本件死亡前約2年間に11件のボイラー据付工事、性能検査及び受検整備等の現場監督の経験を有し、右監督業務には習熟しており、その勤務時間は午前8時35分から午後5時までであり、死亡前5ヶ月間の勤務状況は、休日日数は月間4〜7日、残業時間は月間4〜7日程度であった。

Mは、昭和46年11月の定期健診以来、ほぼ慢性的な高血圧状態にあったところ、昭和50年6月には喀痰、心悸亢進等を訴えて診察を受けたところ、血圧は166/90、心拡大、軽度黄疸等が認められ、通院治療を受けたが黄疸を除いて軽快しなかった。Mは昭和52年1月頃から悪心、尿量減少、全身倦怠、背部痛、喀痰、心悸亢進、肺浮腫、黄疸等が見られたため入院治療を受け、うっ血型心筋症、僧帽弁閉鎖不全、僧帽弁膜流と診断された。Mはその後も入院治療、通院治療を続け、昭和55年9月19日の最終診察においては、血圧は140/100、脈拍不整、心電図上は心室性期外収縮等を認め、顔面及び下肢に浮腫なし、喀痰、貧血、黄疸なしとの所見を得た。

Mは、同月28日、ボイラー据付工事の現場監督業務に従事中、突然倒れ、当日に急性心不全により死亡した。
Mの妻である原告は、Mは死亡前に休日労働や残業によって過酷な就労を強いられたこと、据え付けるボイラーが中古品でMの肉体的負担が増大したこと、据付工事の工期が同種工事と比べて短かく下請業者の一部が新規であったから監督者であるMの負担が増大したこと、死亡当日のボイライー室の温度が高いなど過酷な作業環境であったことなどを挙げ、Mの死亡は業務に起因するとして、被告に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求した。これに対し被告がMの死亡は業務上の事由によるものではないとして不支給と決定(本件処分)したことから、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けた。そこで原告は、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 労災保険の相当因果関係

労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料は、労働者が業務上の事由により死亡した場合に支給されるが、右業務上の事由による死亡とは、労働者の死亡がその業務遂行中に発生し、かつ業務と死亡との間に相当因果関係が認められる場合をいうと解される。

本件では、Mがうっ血型心筋症の基礎疾病に罹患しており、その増悪によって急性心不全となり死亡したものであることは当事者間に争いがないところ、労働者の基礎疾病が死亡原因となった場合でも、業務の遂行が基礎疾病を急激に増悪させて死亡時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたと認められる場合には、業務と死亡との間に相当因果関係があると解されるから、同人の業務遂行が、基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたものであるか否かについて検討する。

2 Mの健康状況

認定された事実によれば、Mは昭和50年頃からうっ血性心筋症に罹患し、本件死亡に至るまで約5年の間概ね2週間に1回の割合で継続的に通院治療を受けるとともに、前後4回にわたり入院して治療ないし心臓精査を受けたものであって、その間の所見がいずれもうっ血型心筋症の典型的症状を呈し、とりわけ初診時から最終診察時に至るまで一貫して心電図上の所見として心室性期外収縮が顕著であったことからすれば、同人の病状は一進一退を繰り返しながらも予後不良で増悪の傾向にあったと推認することができ、将来心不全ないし突然死に至る蓋然性が高いものであったといわざるを得ない。

3 Mの勤務状況

監督者が自らボイラー据付作業に従事することはあるにせよ、それは下請作業員の補充として手伝いの域を出なかったものと推認できる。もっとも、Mがいわゆる職人気質で仕事熱心な性格のため、自ら据付作業に携わる機会が多かったことが窺われないではないが、このことは同人の業務内容についての前記認定を妨げるものではない。また、現場監督者の業務内容及びこれに対する同人の習熟度に鑑みると、死亡前5ヶ月度において月4日ないし7日の休日日数が現実に確保されていた以上、月4日ないし6日の休日労働があったからといって直ちに肉体的負担を増大させるものではなく、死亡月の残業についても、死亡前1週間に集中しているものの、その内容は1日当たり1時間の計4日に過ぎず、労使間の取決めに照らしても過多とはいえないのであって、右休日労働及び残業をもって過酷な就労条件であったとする原告の主張は失当である。4 本件工事の状況

本件ボイラーは中古品であったが、十分に整備されたもので現場における補修作業を特に必要とせず、また鋼管拡げ作業は新品と中古品とを問わず据付工事には必要とされ、しかも本来下請業者がなすべきところMが好意的に手伝っていたものと認められるから、本件ボイラーが中古品であるが故に同人の肉体的負担が増大したとはいえない。また、本件ボイラー据付工事自体の工期が同種工事の場合と比較して短かったことは明らかであるが、そのためY社では下請作業員の人数を2、3名増員して8名とする措置を講じ、その結果右工事中のMの残業時間が1日当たり1時間計4日にすぎなかったにも拘わらず、本件工事がほぼ当初の工程どおりに進行、完了したことが窺われるから、その間の作業密度が格別に高く、工期が短かったが故に監督者の精神的、肉体的負担が増大したとは認め難い。

更に、Mがボイラー据付工事に習熟し、現場監督の経験も豊富であったことからすれば、下請業者の一部が新規であったからといって、そのことが直ちにMにとって過大な精神的負担となったとは認め難いし、新規の下請業者との人間関係も格別不良であったとはいえないから、下請業者が新規であるが故に監督者の精神的負担が増大したとは認められない。

5 死亡当日の状況

Mが死亡当日本件現場へ持参したボルト類はさほど重量のあるものではないし、垂直梯子の昇降についても、その高さは2.65mにすぎず、同人がボイラー周りの小部品取り付け作業等のために常時昇降していたものではなく、更に日常生活における駅等の階段の昇降と対比しても、右垂直梯子の昇降がMにとって格別の肉体的負担となっていたとは認め難い。そして、死亡直前の鋼管拡げ作業は特に力を要しない軽作業であるし、死亡当日の気象条件も、Mの作業現場であったボイラーのドラムの上やボイラー室前の温度が外気に比べ多少高かったにせよ、特に過酷な環境であったとまではいえない。以上を総合すると、結局、Mの死亡当日の作業が同人にとって過大な肉体的負担となっていたとはいえない。

以上、Mの勤務状況、本件工事の状況及び死亡当日の状況等いずれの点から見ても、本件工事における同人の業務の遂行が基礎疾病を急激に増悪させたとは認め難く、却って同人の健康状態に鑑みれば、基礎疾病たるうっ血型心筋症が自然的経過により増悪し、偶々業務遂行中に急性心不全の発作を惹起して死亡するに至ったものとみとめるのが相当である。そうすると、同人の死亡と業務との間には相当因果関係がないことになるから、本件処分は何ら違法ではない。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例477号34頁
その他特記事項