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加古川労基署長(バナナ加工会社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
加古川労基署長(バナナ加工会社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
神戸地裁 − 昭和62年(行ウ)第26号
当事者
原告個人1名

被告加古川労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年05月21日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
Pは、昭和40年頃からバナナの加工業を始め、昭和45年にK社を設立し、一時従業員を4、5名使用していたが、昭和57年頃から1人で全ての業務を賄うようになり、労災保険に特別加入していた。Pは、毎日午前5時30分頃に起床し、バナナを加工室から出してそれを6時30分頃から正午頃までの間に小売店へ配達していた。

Pは、昭和41、2年頃、頸脈発作を起こして治療を受け、昭和45年頃、高血圧症、WPW症候群、心室中隔欠損症と診断されて降圧剤の投薬の治療を受けたが、薬剤の影響により仕事が捗らないとしてその治療を中断した。

Pは、昭和57年8月25日、午前5時30分頃から6時30分頃まで加工室よりバナナ約60箱を搬出し、午前中にこれを小売店に配達した。Pは昼食後、喫茶店の手伝いをした後、午後1時30分過ぎからバナナ170箱中70箱を保存室に、100箱を地下の加工室に約2時間20分かけて搬入したが、当日の外気温は30度、保存室の温度は13度と、かなりの温度差があった。Pは、搬入作業の終了した午後4時20分過ぎ頃、2階の風呂場へ向かったが、頭が痛いといってうずくまり、後頭部を抑えて転げ回った。Pの妻である原告は、直ちに救急車を手配して午後5時30分頃にPを病院に入院させたが、Pは翌26日午後7時41分、くも膜下出血により死亡した。

原告は、Pの死亡は業務に起因するものであるとして、被告に対し、同年9月7日、労災保険法に基づき遺族補償給付を請求したが、被告は同年12月1日付けでその不支給処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
業務上の死亡といえるためには、被災者の死亡と業務との間には相当因果関係の存在することが必要であるところ、右相当因果関係があるといえるためには、当該業務がその死亡の最有力原因であることまでは要しないが、少なくとも相当有力な原因であることが必要である。そして、被災者の死亡原因が疾病に基づく場合には、右疾病と業務との間の相当因果関係が必要であるところ、その死亡原因が基礎疾病に基づく場合であっても、業務の遂行が基礎疾病を急激に増悪させて死亡時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡原因となった疾病を招いたと認められる場合には、業務と死亡との間にはなお相当因果関係が存するものと解するのが相当である。

労災保険は、労働者の労働災害に対する保険を目的とするものであり、本来労働者以外の者(中小企業主等)の労働災害については保護の対象外であるが、これらの者の中には、事業の実態、災害の状況等からみて労働者に準じて労災保険により保護することがふさわしい者が存在することに鑑み、特別加入制度が導入された。したがって、この制度の趣旨からすると、特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲は労働者の行う業務に準じた業務の範囲であり、特別加入者のすべての業務に対して保護を与えることにはならない。そして、特別加入者については、労働者と異なり、労働契約、労働協約等により労働内容が特定されておらず、業務の範囲が明確にならないことから、特別加入申請書記載の業務内容を1つの判断材料とするほか、労働省労働基準局長が定める基準によって行うこととしている。本件におけるPの業務についても、従業員としての業務といえる範囲において労災保険の適用があると解するのが相当である。

Pが日常行っていた業務内容、特別加入申請書の記載内容、バナナの加工業における従業員の勤務形態を考慮すると、Pの従事した業務のうち早朝の配達業務から午後3時頃までのバナナの熟成加工作業、搬入作業までを基準とし、これに通常認められる超過勤務を加えた程度の業務を労災保険の適用範囲と認めるのが相当である。

Pの午前中の配達作業はトラックへのバナナの積込みを手作業で行う以外は小売店に順次降ろしていくもので、さほど無理な仕事とはみられないし、午後のバナナの搬入作業はかなりの肉体的負担のあったことは否定できないが、熟成加工作業は大きな肉体的負荷を与えるようなものではないこと、Pは長期間、午前中は加工室からバナナを搬出して車に積み、これを小売店に配達し、正午から1時間ないし1時間30分は喫茶店を手伝い、午後はバナナの搬入、熟成加工作業に当たり、夕方から喫茶店の手伝いをする生活をしてきたものであり、夏期の暑さを考慮してもPの発症当時及び直前において特に異なった業務をしたとは認められないこと、昭和59年のバナナの入荷量は6月以降は安定し、8月はかなり減少したこと、Pの発症当日の仕事は通常と特に異なることはなく、また日中の気温も30度程度であり、それ以前においても異常気象による気温の上昇があったとはみられない。以上の事実からすると、Pのくも膜下出血発症前の数ヶ月以内に、Pに右症状に結びつくような業務による甚だしい精神的・肉体的負荷が加わったものとは認められない。

原告は、継続的な精神的・肉体的疲労がくも膜下出血を発症させる原因となる趣旨の主張をし、そのように理解する考えもないではないが、それを認めるに足りる十分な資料はない上、Pに極度の精神的・肉体的疲労が生じていたとしても、認定事実によれば、通常の業務の範囲を越えた特別加入による労災保険の適用対象外の過剰な仕事による負担が大きいものといえる。そうすると、Pの死亡とその業務との間には相当因果関係があるということはできない。
適用法規・条文
労災保険法27条
収録文献(出典)
労働判例590号16頁
その他特記事項
本件は控訴された。