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加古川労基署長(バナナ加工会社)くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
加古川労基署長(バナナ加工会社)くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 − 平成3年(行コ)第16号
当事者
原告個人1名

被告加古川労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年04月28日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
バナナ加工業を経営するPは、労災保険に特別加入し、毎日午前5時半頃に起床し、バナナを加工室から出してそれを6時30分頃から正午頃までの間に小売店へ配達していた。

Pは、昭和57年8月25日、午前5時30分頃から6時30分頃まで加工室よりバナナ約60箱を搬出し、午前中にこれを小売店に配達した。Pは昼食後、喫茶店の手伝いをした後、午後1時30分過ぎからバナナ170箱中70箱を保存室に、100箱を地下の加工室に約2時間20分かけて搬入したが、当日の外気温は30度、保存室の温度は13度と、かなりの温度差があった。Pは、搬入作業の終了した午後4時20分過ぎ頃、2階の風呂場へ向かったが、頭が痛いといってうずくまり、後頭部を抑えて転げ回った。Pの妻である控訴人(第1審原告)は、直ちに救急車を手配して午後5時30分頃にPを病院に入院させたが、Pは翌26日午後7時41分、くも膜下出血により死亡した。

控訴人は、Pの死亡は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付を請求したが、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。

第1審では、Pの死亡と業務との間に相当因果関係が認められないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人に対し昭和59年12月1日付でした労働者災害補償保険法による遺族補償給付の不支給処分を取り消す。
2 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
Pは、労災保険法27条1号の特別加入者と認められるところ、同人の死亡が業務上のものか否かについては、労働基準法79条の業務上外の判断に準じるとされているとともに(労災保険法12条の8第2項、28条1項)、労災保険法4章の2(特別加入)に定めるもののほか、業務上外の認定は労働省労働基準局長の定める基準によると規定されている(同法31条、同法施行規則46条の26)。

ところで労災保険は、本来労働者の業務災害に対する補償を目的とし、中小企業主等の業務災害は保護の対象としていないが、特別加入制度は、これらの者の業務の実情、災害の発生状況から見て、実質的に労基法適用労働者に準じて保護することが相応しい者に対し、労災保険を適用しようとするものである。したがって、特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲は、あくまで労働者の行う業務に準じた業務の範囲であり、特別加入者の行う全ての業務に対して保護を与える趣旨ではない。

Pが昭和52年4月15日に兵庫労働基準局長に提出した特別加入申請書の業務の内容欄には「午前8時から午後5時までバナナの熟成加工作業に従事、運送等にも従事する」との記載があり、Pの日常行っていた業務の内容との間に食い違いがある。特別加入申請書に業務内容を記載させる趣旨は、業務上外の認定の資料とし判定上の便宜を図ろうとするものに過ぎないから、裁判所が判断するに当たっては右申請書の記載を基礎としつつも必ずしもこれにのみ拘束されることなく、実情をも考慮し当該制度の趣旨に副って特に就業時間については右申請書とは異なる認定をすることも許されるものと解される。そこで、Pの業務内容、従業員の勤務時間等を総合考慮すると、Pの従事した業務のうち、午前5時半過ぎからの午前中のバナナの配達業務、及び午後1時半頃から3時頃までの午後のバナナ熟成加工作業、搬入作業を基本とし、これに雇用労働者により通常行われていた時間外及び休日の勤務を加えた業務について業務遂行性を認めるのが相当である。したがって、右の範囲内の業務について、死亡との間に相当因果関係があるか否か、また死亡を惹起するに足りる種々の有害因子に遭遇する危険に晒されていたか否かを判断することとなる。

くも膜下出血はその大部分が、先天的又は後天的に形成された脳動脈瘤が破裂すること等によりくも膜下腔に出血して起こる病態であり、その発生の基盤となる病変を準備する決定的な要因として高血圧が挙げられているが、精神的・肉体的な過重負荷が加わると急激な血圧変動や欠陥収縮を引き起こし、脳動脈瘤等の基礎疾患を著しく増悪させて自然経過を超えて急激にくも膜下出血が発症する場合があることが認められる。そして、くも膜下出血と業務との間に相当因果関係があるというためには、当該業務がくも膜下出血の最も有力な原因であるとまでは必要でなく、他に高血圧症や脳動脈瘤等の基礎疾患があり、これらが競合し、共働する有力な原因となっている場合であっても、業務の遂行が精神的、肉体的に過重負荷となり、右基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させてその死亡時期を著しく早めるなど、業務が当該疾病の相対的に有力な原因と認められれば足りるのであって、それは当該業務が経験則に照らして当該疾病を生じさせる危険があったかどうかによって判断すべきであると考えられる。

前記業務遂行性の認められる業務自体が一般人から見ても相当に負担の重い業務であったというだけではなく、特に高血圧症や脳動脈瘤の基礎疾患のあるPにとって、重筋労働、特に急激な気温の変化を伴う業務は、同人の基礎疾患の増悪に軽視できない影響を及ぼしたものと推認することができる。室温と外気温の温度差の激しい夏期と冬期、中でも夏期の業務が1年中で1番負担が大きいところ、昭和59年8月中はほとんど真夏日が続き、Pには疲労が蓄積していたと考えられること、しかもPは、発症当日は夏場の高温作業場と冷却された保存室との間を70回以上も頻繁に往復し、このようなバナナ搬入作業を7月以降14回も繰り返し、搬入作業がない日も、保存室から加工室への数十箱の移動作業をほぼ毎日のように行っていたこと、Pは発症の2日ほど前にはくも膜下出血の警告症状とみられる頭痛が発現していて、このとき直ちに外科的療法等の治療を行えば、予後が非常に良いことが多いにもかかわらず、Pは何らの治療を受けることなく、体調の不良を押して業務を継続していたところ、バナナの搬入作業を終了した直後にくも膜下出血を発症して死亡に至ったことが認められる。
以上を総合して判断するに、業務遂行性の認められる業務によってPに日頃から蓄積された疲労の全てがくも膜下出血による死亡に結びついたとは認め難いが、右業務自体が、一般人から見ても相当に重い業務であっただけではなく、高血圧症や脳動脈瘤等の基礎疾患のあるPにとって、右のような重筋労働、急激な気温の変化を伴う業務は、長期間にわたり同人の基礎疾患の増悪に軽視することのできない影響を及ぼしたと推認することができるのみならず、発症前の昭和59年夏の高温下での温度格差のある作業環境での業務は一層の大きな影響を与え、更にくも膜下出血の警告症状が出現した後の業務特に急激な温度変化に曝されての搬入作業はPの血圧を急激に上昇させて、その基礎疾患たる脳動脈瘤等に決定的な打撃を与え、くも膜下出血を発症せしめたものと認めるのが相当である。したがって、業務遂行性の認められる業務がPにとって精神的・肉体的に過重負荷となり、その基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させてその死亡時期を著しく早めたもので、右業務がくも膜下出血の相対的に有力な原因になったと認められるから、右業務と同人のくも膜下出血による死亡との間には、相当因果関係が存するというべきである。
適用法規・条文
労災保険法12条の8第2項、16条の2、27条、28条1項、31条
収録文献(出典)
労働判例611号46頁
その他特記事項