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郵便事業連続深夜勤事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 郵便事業連続深夜勤事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成16年(ワ)第21274号
- 当事者
- 原告個人2名 A、B
被告郵便事業株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月18日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、郵政民営化法等により新たに設立された郵便事業を目的とする株式会社であり、原告A(昭和28年生)は昭和46年8月、原告B(昭和24年生)は昭和49年10月に、それぞれ郵政省に入省し、ともに平成19年10月に被告の従業員になった者である。
平成16年2月7日以前、深夜帯の勤務形態は、深夜勤と他の短時間勤務の勤務形態を組み合わせて、14時間又は15時間の勤務を指定する深夜帯の勤務(新夜勤)があり、その勤務回数は1勤務指定期間(4週間)中1人平均5回以内に制限されていた。この新夜勤は正規の労働時間2日分に比べて1〜2時間少ないため、他の日の勤務で調整することとされていた。
郵政事業庁は、平成15年1月、これまでの新夜勤と異なり、10時間ないし8時間拘束となる「深夜勤(ふかやきん)」導入を含む就業規則の改正を関係労組(A労組及びB労組があり、原告らはA労組に所属)に提示し、そこでは「深夜勤」を連続指定でき、その指定・勤務回数に制限はなかった。これを受けて組合でも議論を行い、同年9月22日、新たな休息時間の確保、夜間特別手当の増額等を加えて労働協約が締結され、これに伴い就業規則が改定された。
平成18年12月7日、日本郵政株式会社は、勤務時間を公社と同様にしたい旨関係労働組合に提示し、A労組では現行制度と同様であるので了承する旨承認され、平成19年8月、勤務時間及び休暇に関する労働協約を締結し、同年10月22日、A労組とB労組は統合し、同日付けで旧協約と同一内容の協約を締結した。
原告Aは国際局、原告Bは上野郵便局にそれぞれ配属されていたところ、原告Aの出勤日数は、平成17年度は201日、同18年度は198日(病気休暇が9日)であり、深夜帯の勤務の回数は国際局の上限を超えていなかった。また、原告Bの出勤日数は、平成17年度が208日、同18年度が169日(36日は病気休暇)であり、深夜帯の勤務の回数は上野郵便局の上限を超えていなかった。
原告Aは、平成19年3月16日に受診したところ、うつ病に罹患しており、自宅静養を要する旨の診断を受け、原告Bは、平成18年11月24日に受診したところ、うつ状態であり、2ヶ月間自宅静養を要する旨の診断を受けた。原告らは、重労働に、仮眠の取れない深夜帯労働に何夜にもわたって連続的に従事させられ、この勤務によって睡眠不足、疲労の蓄積が破滅的ともいうべき程度にまで拡大され、被告による「深夜勤」従事を強いられるという不法行為又は安全配慮義務違反によってうつ病に罹患するなど精神的に重大な苦痛を被り、その苦痛の程度は連続した「深夜勤」指定1回につき5万円を下らないとして、101回の指定を受けている原告Aについては505万円、50回の指定を受けている原告Bについては250万円の損害賠償を請求するとともに、「深夜勤」指定の差止めを請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、80万円を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、50万円を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、被告と原告Aとの間に生じたものについてはこれを10分し、その9を原告Aの負担とし、その余を被告の負担とし、被告と原告Bとの間に生じたものについてはこれを10分し、その9を原告Bの負担とし、その余を被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 連続「深夜勤」指定の違法性
労働協約の拘束力があるとしても、その内容が公序良俗に反する等の無効原因があれば、当該協約及びこれに基づく就業規則、勤務指定も無効となり得る。
「深夜勤」の連続指定等、深夜帯の交替勤務によって従事者に対する健康への相当程度の影響があることは否定できないが、健康への悪影響をもたらす危険性が内在するからといって、そのような業務を命ずる雇用契約等が直ちに無効であるとはいえない。
被告による連続「深夜勤」指定による負担(不利益の程度)が、我が国の他の民間企業等における深夜業に関する一般的状況に照らし、深夜帯の時間数、実施回数、休憩時間という点からみて、過重であるとまではいい難い。そして、被告は、深夜勤を含む深夜帯の勤務従事者については、健康診断等の一般的対策のほか、自発的健康診断の経費負担、成人病検診受診の自己負担分の助成、休憩室の確保、駐車場の確保等の配慮をするとともに、夜間特別勤務手当を増額している。
郵便利用の減少が見込まれる一方で民間の新規参入により競争が激化する情勢等からすれば、高いサービスの提供が不可欠であり、そのために「深夜勤」の継続実施は避けられないものといえる。また「新夜勤」のみでは拘束時間も長くなり、従業員の勤務管理という面からしても、「深夜勤」の連続指定を認めることが不合理とまではいえない。してみると、連続「深夜勤」指定を定める就業規則等は、その不利益の内容と程度、「深夜勤」勤務実施の必要性、合理性を総合考慮するときは、憲法13条、18条、25条、国際人権規約A規約7条の趣旨を考慮しても、公序良俗に反するとか強行規定に反するとはいえないし、連続「深夜勤」勤務を指定することも、一般的には違法無効とまではいえない。
2 連続「深夜勤」に従事したことについての損害賠償請求権の有無
原告Aは東京国際局で所定の連続「深夜勤」指定を受けて業務に従事し、従事してから約3年後にうつ病を発症しているが、業務以外にうつ病の発症となるような確たる要因を認めることができる証拠はない。また、従事した「深夜勤」は、「10深夜勤1」、「10深夜勤2」、「10深夜勤3」であり、休息・休憩時間とも、「10深夜勤1」、「10深夜勤2」では15分又は31分、「10深夜勤3」でも40分程度しかなく、原告Aは「深夜勤」勤務中に仮眠室等で十分な仮眠を取ることができなかったことが認められる。してみると、深夜帯の交替勤務の健康への影響及び仮眠の効果を踏まえるときは、原告Aのうつ病の発症と連続「深夜勤」勤務との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
原告Bは上野郵便局で所定の連続「深夜勤」指定を受けて業務に従事し、従事してから約3年後にうつ病に罹患していると診断されているが、業務以外にうつ状態に罹患するような要因としては実母の介護による心労があるが、それがどの程度の強度のものであったかは明らかにされていない。また、従事した「深夜勤」は「10深夜勤2」であり、休息・休憩時間とも10分又は20分であり、原告Bは「深夜勤」勤務中に仮眠室で十分な仮眠を取ることができなかったことが認められる。してみると、深夜帯の交替勤務の健康への影響及び仮眠の効果を踏まえるときは、原告Bのうつ状態への罹患と連続「深夜勤」勤務との間には因果関係があると認めるのが相当である。
被告は、自らが示したリーフレットで、規則的な生活リズムを守ることを規定しているにもかかわらず、連続「深夜勤」の指定については、不規則な指定をしているのであり、また不規則の深夜帯の交替勤務については、うつ病等の精神障害の発症率がより高いことが指摘されていることからすると、原告らに対する安全配慮義務違反(過失)があると認めるのが相当である。
各原告の病状、休職期間、他の原因の関与、労働能力の喪失の程度等の事情を総合考慮し、原告Aについては80万円、同Bについては50万円を認めるのが相当である。
3 連続「深夜勤」指定の差止請求権の有無
就業規則等は無効であるとはいえない。また、被告は医師の判断を尊重し、うつ病等を発症し自宅療養が必要であると診断された原告らに対しては「深夜勤」を含む深夜帯の勤務を指定していない。そして、原告らの健康状態が一定程度回復した場合に、被告が原告らに対し業務上の必要性を勘案して「深夜勤」指定を再開したとしても、原告らの回復状況いかんによっては健康状態の悪化が必然的に招かれるとはいえないし、被告の態度からすると、被告が原告らに対し「深夜勤」指定を再開するかどうかについては、医師の判断を尊重して慎重に検討するであろうことが期待できる。
そうすると、原告らについては、少なくとも現在において、その生命、身体が将来侵害されようとしている差し迫った具体的な危険があるとまではいえないといわざるを得ない。したがって、原告らの被告に対する人格権に基づく「深夜勤」指定の差止請求は、これを認めることができない。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例991号120頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁−平成16年(ワ)第21274号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2009年05月18日 |
東京高裁 - 平成21年(ネ)第3486号 | 原判決一部変更(第1審被告の請求認容、第1審原告の請求棄却) | 2011年01月20日 |