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名古屋西労基署長(タクシー会社)心筋梗塞死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 名古屋西労基署長(タクシー会社)心筋梗塞死事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 − 昭和58年(行ウ)第14号
- 当事者
- 原告個人1名
被告名古屋西労働基準監督署長 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1990年07月20日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- W(昭和11年生)は、2、3年トラック運転手助手として働いた後、昭和29年頃B社にタクシーの運転手として雇用され、その後24年間B社でタクシー運転業務に従事してきた。
B社では、1ヶ月の勤務回数により13勤、18勤、26勤の3種の勤務形態を採用しており、Wは昭和52年より前は18勤を、それ以降は13勤を任意に選択していた。18勤は、2台の営業者を3人の運転手が交替で使用する方法で、各人が2日勤務して1日休むというもの、13勤は、1台の営業者を2人の運転手が交替で使用する方法で、1勤務の拘束時間は24時間、実働16時間、休憩3時間、仮眠5時間で、勤務明けの午前10時から翌日の午前10時まで明け番となり、6勤務の後に公休があるというローテーションが組まれていた。
Wは、昭和53年11月22日午前9時頃自宅を出てB社まで通勤し、午前10時頃までに営業車の引渡しを受け、朝礼及び始業点検を終えた後仕事に出掛け、昼食で一旦自宅に帰った後再び仕事に出掛け、夕食で一旦自宅に戻った後は夜食を持って再び仕事に出掛けた。そして、翌23日午前3時頃帰庫し、車内で仮眠を摂った後、午前7時には自家用車の洗車をし、一旦仕事に出た後帰社し、気持ちが悪いといって横になった後、営業者の洗車にとりかかったが、午前10時頃までに一層体調を悪化させ、病院に搬送されたが、午前11時、心筋梗塞により死亡した。
Wは、昭和53年7月の健康診断の際、血圧が一寸高いと指摘された以外は異常を指摘されたことはなく、家庭医の受診においても心臓疾患を直ちに疑わせる所見はなかった。
Wの妻である原告は、Wの死亡は業務上の事由によるものであるとして、労災保険法12条の8第1項に基づき、被告に対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の意味及び立証責任
業務起因性があるというためには、業務と疾病との間に条件関係ないしは自然的因果関係の存在することを前提とし、その上で相当因果関係がなければならず、原告主張のように、合理的関連性の有無によって決せられるべきものではない。また、本件のような虚血性心疾患については、労働者本人の素因ないし基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤等の基礎的病態が、加齢や一般生活等の私的な要因によって増悪し発症に至るものがほとんどであり、その発症には著しい個体差があり、業務自体が右のような血管病変等の形成に当たって直接の要因とはなり得ないのであり、更に虚血性心疾患発症の原因となる特定の業務は医学経験則上認められておらず、業務との関連性は極めて希薄なものである。したがって、その業務起因性を判断するに当たっては、右血管病変等がその自然的経過を超えて急激に著しく増悪し発症に至ったことが立証されているか否かを判断するについては、業務に関連する異常な出来事に遭遇し、あるいは日常業務に比較して特に過重な業務に就労したことにより、発症前に業務による明らかな過重負荷を受けたことが認められるか否か、また、過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであるか否かを考慮する必要がある。なお、補償事由にかかる事実の立証責任は被災労働者にあるというべきである。
2 本件における業務起因性の有無
Wは、特に過重な労働に従事していたものではないし、死亡の直前において、日常の業務に比して特に過重な業務に従事し、これにより明らかな過重負荷を被った事実もない。Wの死因である心筋梗塞は、加齢と喫煙等の冠危険因子が複雑に作用した結果、業務中にたまたま自然的に発症したと判断するのが最も合理的であり、業務が基礎疾患を増悪させ発症に至ったとの因果関係は何ら証明されておらず、Wの死亡が業務上の事由に基づくものでないことは明らかである。
Wの1勤務当たりの平均走行距離は、死亡直前1ヶ月277km、1週間278km、死亡当日254kmで、死亡前1年間の286kmに比較して特に過重な業務に服したとは認められない。Wの死亡前1年間の労働日数は就業規則所定の1ヶ月13日回の勤務を毎月充足し、公休日も16日しか取っておらず、それ故、年間156日の勤務回数を15日超え、労働日数、労働時間、年間総売上高、1勤務当たりの平均売上高、走行キロ数は第1位を占め、1キロ当たりの平均売上高も第3位を占めていた。
昭和53年当時の実働16時間制の勤務体制は、タクシーの勤務体制の主流にあり、原告の勤務体制そのものが実働時間を見る限り特殊な勤務体制にあったわけでなく、その勤務実績は同僚と比較して際だっていたものの、B社の労務管理が厳格でなかったことに照らすと、それだけで過重な労働を強いられていたと判断することはできず、他企業との比較ではWの労働が過重といい切れない面もあり、またWは自らの意思で18勤及び13勤の勤務体制を選択し、労働による疲労及び蓄積疲労を避けるための自助努力をし、連勤を避け3回続けて勤務したこともなかったものである。また、流し営業も7割程度で、それが労働の過重に強く影響しているとも考えられない。以上を総合すると、原告が主張するWの業務と疾病との関連性は、業務が疾病の一因となっている可能性を示すに留まり、合理的関連性としても不十分であり、まして両者に相当因果関係の存在を認めることはできない。
Wが発症した当日の気象状況は、午前9時の気温が10.4度、北の風0.5mで、11月末頃の天候として特に異常なものではなく、洗車作業をもって心筋梗塞の急性発作の誘因とみることはできない。また、右発作後の措置に不適切なところはなかったと思われる。また、B社の従業員に対する健康管理には杜撰な面も認められるが、家庭医にあってもWの心筋梗塞進行を疑う所見を発見できず、それに対する有効適切な処置を取れずにいたことに照らすと、Wの心筋梗塞の発症にB社の健康管理の杜撰さが影響していたものと言うことができない。
以上を総合して考えると、Wは、体質的素因を中心に、加齢、喫煙等いくつかの要因が競合して冠状動脈のアテローム性硬化を徐々に進行させ、その自然的経過として心筋梗塞の発症をみるに至ったものであって、タクシー運転手としての業務に伴う精神的ストレス憎体的疲労の蓄積が冠状動脈硬化症を自然的経過を超えて増悪させたとは認めることはできず、その発症がたまたま業務遂行中であったものであり、業務と心筋梗塞発症との間に相当因果関係がるとはいえない。そうだとすれば、Wの死亡が業務上の事由によるものであるとは認められないとして、原告に対し遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨を決定した本件処分は適法といわなければならない。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険12条8第1項
99:その他 労災保険16条2
99:その他 労災保険17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例567号6頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
名古屋地裁 − 昭和58年(行ウ)第14号 | 棄却(控訴) | 1990年07月20日 |
名古屋高裁 - 平成2年(行コ) 第18号 | 控訴棄却 | 1994年09月26日 |