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茨木労基署長(運輸会社)視床出血事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 茨木労基署長(運輸会社)視床出血事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成7年(行ウ)第86号
- 当事者
- 原告個人1名
被告茨木労働基準監督署長 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年09月30日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告(昭和17年生)は、「一人親方」のダンプトラック運転手で、労災保険の特別加入者となった者であり、昭和45年頃からダンプ運転手として働き、昭和48年頃からはD社の専属になり、主として建設現場から発生した土砂や建設資材の運搬に従事していた。原告は、平成5年6月7日以降、運転先が変更になり、1日当たりの平均走行距離数が、本件発症前3ヶ月の170.4kmから、発症前10日間には190.1kmに増加した。
同月23日、原告は午前8時25分頃から運搬作業にかかり、通常通り阪奈トンネルからのずりを運搬する作業に従事し、午後3時10分頃7回目の運搬のため阪奈トンネルを出発し道路を走行していたところ、原告がそれまで存在に気付いていなかった乗用車が原告のダンプトラックの直前に進入したため、原告は追突回避のため急ブレーキをかけたものの、自車左前輪を歩道の縁石に接触させ、その衝撃で腹部をハンドルで打ち、頭部を座席にぶつけた。しかし原告は、追突を回避できたことから、そのまま運転を継続したところ、しばらくして手足に力が入らなくなり、辛うじて接触現場から3キロほど離れたガソリンスタンドまで辿り着いたが、自力で降車することができず、同日午後3時30分頃病院に搬送され、脳出血と診断された。
原告は、本件疾病は業務に起因するものであるとして、被告に対し、療養補償給付及び休業補償の請求をしたが、被告はこれを不支給(本件処分)としたことから、原告は本件処分を不服として審査請求をしたが棄却され、更に再審査請求をしたが、その裁決を待たずに、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務上外の認定基準
労災保険法は、労働基準法所定の災害補償事由が生じた場合に保険給付を行うこととしているから、被災者の疾病が保険給付の対象になるためには、右疾病が労働基準法75条1項の業務上の疾病に該当することを要する。本件疾病が保険給付の対象になるためには、労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要するものというべきであり、業務と疾病との間に相当因果関係の存することが必要と解すべきである。そして、労災補償制度が、業務に内在又は通常随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、労働者が基礎疾患を有しており、これが一因となって災害が発生した場合に、業務と災害との相当因果関係を肯定するためには、業務に内在又は通常随伴する危険が現実化して、基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させ、その結果災害が発生したことを要するものというべきである。
2 原告の業務と本件疾病発生との因果関係
ダンプトラックの場合、車体の大きさや重量などから、その操作や事故防止に通常の乗用車以上の精神的緊張を強いられるであろうことは推測に難くないところであるが、原告がダンプトラック運転業務が精神的負荷が大きいことの根拠として主張するところは、運搬中のずり落下防止のための配慮や荷下ろしの際のトラックの破損、転倒防止の注意事項、走行時のパンク防止等のためのタイヤの点検などであって、いずれも、土木や建設に関係して大型の自動車を使用する運送業務に一般的に要求される当然の留意事項であり、原告にのみその精神的負荷が大きいというものではない。したがって、その業種自体から業務が過重であったとする根拠はない。
本件発症前3ヶ月間の原告の稼働日数は70日であり、週に1ないし2日の休暇は取っている。原告は自動車の整備や行事で休日も出勤していたというが、通常の出勤が恒常的となっていたものではない。また、1日の勤務経過をみても、本件疾病発症前10日間の勤務経過は、概ね午前7時頃までに出勤し、午後6時頃退勤することでほぼ一定しており、これによれば、1日12ないし13時間程度の休息期間(退勤時間から翌日の出勤時間)が得られているし、ずり積載中の待機時間の他にも作業の合間を見て適宜休憩が取られていたから、連続運転を制限している改善基準に反しているとも認められない。従って、稼働日数や労働時間の点でも原告の業務が格別過重であったとする根拠は認め難く、原告の日常業務それ自体が既に過重であったとする主張は根拠がない。
原告は、平成5年6月7日以降、運搬先が変更になり、これによる走行距離の延長や運送経路の変更に伴う負担が業務の過重性を増大させたと主張するが、1日当たりの平均走行距離で見る限り、運搬経路の変更によって業務量が増加したとはいい難い。また原告は、運搬経路の変更により、信号や下り坂が増加した反面、休憩時間を減少させたと主張するが、1回の走行で通過する信号や下り坂の増加は、その反面で走行回数の減少によってある程度補われているし、休憩時間も適宜取られていたことからすると、これをもって業務が過重になったというのは誇張というべきである。更に原告は、走行回数の減少による減収への懸念が多額の負債を抱える原告の精神的負担を増大させたとも主張するが、原告の経済的事情は何ら業務の過重性とは関係がなく、右主張自体失当である。
原告は、乗用車の割込みから接触事故に至る一連の出来事が、原告に極度の驚愕を与え、その結果血圧が上昇して本件疾病を発生させたから業務起因性を有すると主張する。確かに右のような事態に遭遇した場合、極度の緊張から一時的に血圧が上昇することは経験上からも推認できる。そして、脳出血が病変して脆弱になった血管の破綻によって起こること、原告の高血圧は第三期にあったと判定されること、そして現に本件疾病を発症していることからすれば、右のような極度の緊張に晒されれば、これによる血圧上昇によって病変した血管に破綻を来して脳出血に至り得ることは首肯できるところである。しかしながら、右接触現場と原告が辿り着いたガソリンスタンドとの距離は3キロ程度であり、右接触事故にもかかわらずダンプトラックの走行を続けたのであるから、原告が接触事故を起こしてから症状を自覚するまでに要した時間は精々1,2分程度の極めて短時間であったと考えられる。ところで、視床出血の場合、時間の経過とともに運動麻痺等が出現してくることが多いとされているところ、右接触事故によって本件疾病を発症したとすると、その出現が例外的に早く、視床出血の一般的な症状の発言経過とそぐわないことになる。しかも、右事故現場付近は見通しの良い直線道路であるから、熟練した運転手である原告は割込みの乗用車を事前に認識できず、その進入を突然の割込と感じたというのは、既にその時点で原告の身体に異常が生じていた可能性が高い。
以上によれば、本件疾病が、原告が突然の割込とこれに続く接触事故に遭遇し、その結果発生したというよりは、むしろ、それ以前に発症していた蓋然性が高いというべきである。結局、本件疾病の発症は、原告の格別過重とは認められない日常業務の遂行中に、基礎疾患である高血圧症の結果生じていた脳細動脈の病変がその自然的な経過のもとに増悪して発症した可能性が大きく、業務に内在する危険が現実化して、その自然的経過を超えて増悪させた結果であるとは認められず、原告の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係があるとすることはできない。
したがって、本件疾病は労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当するとは認められず、これと同旨の理由に基づいてなされた本件不支給決定に違法はない。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法75条
99:その他 労災保険法13条
99:その他 労災保険法14条 - 収録文献(出典)
- 労働判例753号32頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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