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堺労基署長(運輸会社)急性心不全死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 堺労基署長(運輸会社)急性心不全死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成10年(行ウ)第17号
- 当事者
- 原告個人1名
被告堺労働基準監督署長 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年01月26日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 被災者(昭和19年生)は、昭和58年9月、被告補助参加人(会社)に運転手として雇用され、死亡直前の平成3年2月20日から茨木センターにおける食品配送の新業務に従事したが、同月18日まで少なくとも4年以上にわたって一貫して牛乳等をトラック(2.7トン積載の保冷車)で、奈良県内の近郊スーパー等に配送する業務(従前業務)に従事していた。
従前業務は第1便と第2便とがあり、被災者は第1便で配送店舗数が最も多い業務に従事し、第1便業務終了後も第2便の業務に従事し、第1便業務では午前4時30分までに出勤し、トラックに牛乳パック(3500ないし3600kg)を積み込み、午前5時頃出張所を出発し、店舗で牛乳の積み卸しをした後、午前10時30分頃出張所に戻り、第2便では午前11時頃届いた荷物をトラックに積み込んで、12時過ぎ頃から出発し、1日の業務が終わるのは、ほとんど午後5時過ぎであった。
被災者は、負担が大きいことを理由に会社に対し業務変更を申し入れ、肉体的負担の少ない新業務に変更したところ、従前の2.7トン車から車幅が大きくブレーキの構造が異なる3.5トン車に変わったため、従前の運転感覚と違和感を感じていた。被災者は、無遅刻無早退を4年以上続け、従前業務においては1ヶ月に3日程度の休日しか与えられていなかったが、発症の1ヶ月弱くらい前から週に1日の定期的な休日が取れるようになっていた。
平成3年2月23日、被災者は午前4時58分に出勤し、3.5トン積みトラックを運転して茨木センターへ向かい、そこで待機していたところ、トラックの運転席で意識不明で倒れているところを発見され、病院に搬送されたが、午前9時18分に急性心不全による死亡が確認された。
被災者の妻である原告は、被災者の死亡は業務に起因するとして、被告に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が平成7年9月22日付けで原告に対してなした、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう)について行われるものであり、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である。そして、労災保険制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、業務と災害との間に相当因果関係が認められるかどうかは、経験則及び医学的知見に照らし、業務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、その危険が現実化したということができるか否かによって判断すべきと解される。
2 業務の過重性
被災者の従前業務は、業務の質として精神的及び肉体的負荷の大きいものである上、量としても、1日8時間の所定労働時間を3時間以上も恒常的に超過し、休日も10日に1日程度しか与えられないという著しく過重なものというべきである。比較的業務内容の似ている同僚と比べ、拘束時間こそ若干下回るものの、走行距離及び走行時間では大幅に上回っている。右のように、被災者の従前業務はそれ自体精神的・肉体的負荷の大きいものである上、年齢が若干被災者より若い同僚らと比較しても負担の大きいものであったというべきであり、更に、被災者や同僚らの勤務状況が、拘束時間に関して自動車運転者の労働条件の最低基準を定めた改善基準告示に違反するものであることも、業務の過重性を示すものといえる。
他方、新業務については、それ自体は拘束時間の長さ、荷物の積み込み等の肉体的負担の面では大幅に従前業務より軽減されたというべきであるから、トラックが従前業務のものと異なり、被災者が運転感覚に違和感を持っていたことや、茨木センターでの待機等が従前業務と異なるもので慣れない業務であったことを考慮しても、日常業務に比して著しく過重なものとまではいえない。
3 本件発症の業務起因性
被災者の新業務への変更前業務は、拘束時間が、恒常的に早朝から夕刻まで1日13時間を超え、その間に十数店舗を回って、合計3トン近い牛乳パックのケースを積み降ろすものであり、高速道路や狭隘な道路を走行し、或いは渋滞に遭遇して配達時間を気にしながら走行するというような運転業務に伴う精神的緊張をも考慮すれば、その間に休憩時間や待機時間が入るとはいえ、かなり過重な業務ということができ、被災者はこれを1ヶ月に3日程度の休日しか取らず、また無遅刻無早退で4年以上続けてきたものである。そして、これらの業務の過重性に、被災者が、平成2年には負担が大きいと訴えて担当コースの変更を申し出たり、平成3年1月頃から同僚や家族に身体の変調を吐露していたことを考慮すると、この頃被災者は慢性的な身体的負荷を受けて疲労状態にあったことが推認され、冬季の寒冷下における貨物の積み降ろし作業が身体に負荷を与えていたことも容易に推認できる。被災者は、本件発症の5日前に新業務担当に変更になったのであり、新業務は従前業務に比べれば、それほど精神的・肉体的に負荷の多い業務とはいえないが、それでも拘束時間は11時間を超えていたし、新業務を担当した直後で、車幅が広く、ブレーキも異なる車両への変更、走行する道路の変化、配送先の変更などの業務環境の変化によって、精神的ストレスは増強されたということができ、従前業務による慢性的身体的負荷による疲労が回復するに至っていたとはいい難く、また本件発症の日は、その気温が摂氏0.8度という寒さであって、これも身体に負荷を与えたものということができる。そして、被災者には、喫煙習慣以外に本件発症の危険因子として考慮すべきものがない。
以上を総合考慮すれば、本件においては、被災者の業務が、急性心筋梗塞の発症を、自然的経過を超えて急激に著しく促進させるに足りる程度の過重負荷となり、このような過重負荷が、被災者の有していた冠動脈硬化を、自然的経過を超えて急激に著しく増悪させた結果、本件発症に至ったと見るのが相当である。
なお、本件発症当日、被災者が業務に関連する異常な出来事に遭遇したことはなく、また当日、特に過重な業務に就労していたものではないが、右のとおり過重な業務によって慢性的な身体的負荷を受けて精神的・肉体的に疲労が蓄積している場合において、それが原因となって発症すれば、これを業務に内在又は随伴する危険の現実化といって差し支えないものである。してみれば、本件発症は、被災者の業務に内在又は随伴する危険が現実化したということができ、被災者の業務と本件発症との間には相当因果関係があるというべきである。
以上の次第で、本件発症については業務起因性が認められるところ、これと異なる見解に立って被告がした本件処分は違法というべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2
99:その他 労災保険法17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例780号20頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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