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国・旭川労基署長(電信電話会社北海道支店)心臓疾患死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
国・旭川労基署長(電信電話会社北海道支店)心臓疾患死事件
事件番号
札幌地裁 - 平成20年(行ウ)第18号
当事者
原告 個人1名
被告 国
業種
公務
判決・決定
決定
判決決定年月日
2009年11月12日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 K(昭和18年生)は、昭和37年に電電公社に入社し、旭川事務所に配属になり、経営がNTTに代わった後も一貫して同事務所に勤務していた。
 Kは、平成5年の職場定期健康診断で異常を指摘され、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断されて手術を受けた。Kは高脂血症の治療と併せて、冠状動脈疾患に対する治療を受けており、指導区分「要注意C=日勤、夜勤以外の服務に原則として就かせない、時間外労働は原則として命じない、過激な運動を伴う業務、宿泊出張は原則としてさせない」に区分されていた。
 NTTは、平成13年、構造の改革の一環として、(1)繰延型(退職し新会社に採用。賃金は15~30%低下させ65歳まで雇用継続可能)、(2)一時金型(雇用形態は①と同じで、退職時に一時金支給)、(3)60歳満了型(60歳まで継続雇用し、全国転勤・業績主義徹底)の3つの雇用形態・処遇体系の選択肢を用意し、Kは(3)を選択した。
 NTTは、Kを法人営業部門に異動させ、平成14年4月24日から6月30日までの間、札幌と東京での研修を行うこととし、医師と協議の上、Kに本件研修の受講を命じたところ、Kは札幌での同月7日の研修後の同月9日、旭川の先祖の墓の前で死亡しているのが発見された。
 Kの妻である原告は、Kの死亡は業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金等の支給を請求したが、同署長はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。なお、原告はその子とともに、NTT東日本に対して、安全配慮義務違反を理由として、逸失利益、慰謝料等7000万円強の損害賠償を請求し、最高裁まで争った結果、差戻審において、損害賠償830万円弱で決着した。
主文
1 旭川労働基準監督署長が平成16年7月13日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 労災保険法は、労働者が業務上死亡した場合において、補償を受けるべき遺族等の請求に基づき、遺族補償給付及び葬祭料を支給する旨を定めており、ここにいう業務上の死亡とは、業務と死亡に至らせた負傷又は疾病との間に相当因果関係が認められるものをいう。
 心筋虚血(虚血性心臓疾患)は、通常、基礎となる血管病変等が、日常生活上の種々の要因により、徐々に進行・増悪して発症に至るものであるが、労働者が従事した業務が過重であったため、血管病変等をその自然の経過を超えて増悪させ、急性心筋虚血を発症させた場合には、業務に内在する危険が現実化したものとして、業務と急性心筋虚血との相当因果関係を認めることができる。
 Kは、平成13年4月のNTT東日本の事業構造改革が発表されてから、雇用形態の選択について悩み、健康状態を悪化させたことが認められる。確かに、雇用形態の選択自体は平成14年4月までに終了し、Kも同年3月には睡眠薬の服用を止めており、一定の落ち着きを取り戻したことが認められる。しかし、平成14年6月20日まで新しい配属場所が決まっていなかったこと、Kは死亡当日も転勤になったら墓参ができないといって転勤を気にしていたことから、雇用形態選択に端を発するストレスは平成14年4月以降も続き、これがKの心疾患に悪影響を及ぼしたというべきである。
 本件研修中は時間外労働はなく、労働時間の点では大きな負荷はなかったものと認められるが、心臓に疾患を抱えるKにとって、50歳を過ぎて全く新しい分野の知識の習得を強いられる本件研修は、心身に負担のかかるものであったことは否定できない。しかし、新しい業務分野の研修が参加者にとって通常業務以上の負担となることは通常のことであり、本件研修では課題やテストはなく、研修終了直後から研修で学んだこと全てが必要となるわけではなかったことからすると、本件研修が特に負担の重いものであったと認めることはできず、本件研修はその内容面で過重なストレスであったとは認められない。
 Kは、本件研修中、5泊を除いて2人又は4人部屋で宿泊していたため、心身が休まらなかった状態にあったことが窺われる。しかし、Kは東京研修中の休日には他の研修参加者と共に旅行に行き、東京研修後の課長との面談でも研修について前向きな話しかしなかったことからすると、東京研修中の宿泊環境が死亡につながるほど大きなストレスを与えるものであったとは考えにくい。
 本件研修は、連休後は札幌での10泊11日の後東京での11泊12日、更に札幌での4泊5日の研修が続くという日程であり、この間Kは、旭川から札幌へ移動し、札幌と旭川を往復し、札幌から旭川に移動し、旭川から東京に移動し、東京から旭川に移動し、旭川から札幌に移動し、札幌から旭川に移動している。Kは3回目の入院(平成5年12月)で心臓手術を受けた後、医師の指導に従い、レジャーとしての旅行も避けていたことからすると、出張の連続はKの心臓にとって大きな負担になったことが窺われる。
 これらの事実から考えると、週末に旭川の自宅で息抜きをする機会があったにせよ、宿泊を伴う長期の研修と頻繁な移動によって、普段であれば生じない疲労がKの身体に蓄積し、これが休養によって回復しない状態が約1ヶ月にわたって続き、Kの循環器にとって過大な負担が生じていたものと認められる。したがって、本件研修は、その日程や実施場所に照らし、Kの心臓疾患を自然的経過を超えて増悪させ、急性心筋虚血を発生させたものというべきである。
 Kは、家族性高コレステロール血症に罹患し、30年近い喫煙歴がある58歳の男性であるところ、被告はこうした危険因子が業務とは関係なく心疾患の急激な悪化を招いたと主張する。しかし、Kの心臓は比較的安定していたこと、事業構造改革発表前はコレステロール値を下げてきていたことから、業務とは関係なく家族性高コレステロール血症等危険因子が疾患を突然悪化させたとは認められない。
 以上をまとめると、Kにとっては身体への負担が大きかった本件研修に参加したこと、雇用形態の選択を求められたことから始まり本件研修中も続いていた異動の可能性への不安が、Kにとって大きな肉体的ストレス、精神的ストレスとなり、その結果、Kの陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心臓疾患を発症させたということができ、Kの死亡と業務との間には相当因果関係があるというべきである。
適用法規・条文
07:労働基準法79条
07:労働基準法80条
99:その他 労災保険法7条1項
99:その他 労災保険法12条の8第1項・2項
99:その他 労災保険法16条の2
99:その他 労災保険法17条
収録文献(出典)
労働判例994号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。本事件はNTT東日本に対する損害賠償請求としても争われた(札幌地裁-平成15年(ワ)282号、2005年3月9日判決、札幌高裁-平成17年(ネ)135号、2006年7月20日判決、最高裁 2008年3月27日判決、差戻審 札幌高裁-平成20年(ネ)113号 2009年1月30日判決)