判例データベース
中野労基署長(運輸会社)急性心不全死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中野労基署長(運輸会社)急性心不全死事件
- 事件番号
- 長野地裁 − 昭和57年(行ウ)第5号
- 当事者
- 原告個人1名
被告中野労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1987年04月23日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- M(昭和12年生)は、昭和49年5月にA運輸に運搬作業員として採用された者であり、当初2トントラックを運転してアイスクリーム配達業務に従事していたが、同年11月下旬頃P社に派遣されてクレーン付きの6.5トントラックを使用してのブロック、U字溝などの運搬業務に従事するようになった。
Mの作業は、下から47.5kgの124個の間知ブロックの荷降ろしをするもので、下げてあるトラックのアオリの継ぎパイプに片足をかけ、他の片足は地面につけて、踏ん張るような姿勢で片手を伸ばして間知ブロックを1個1個手前に引き寄せ、1個ずつ両手で抱えるようにして腰で受け止めながら、その重量による反動を利用して地上に降ろし、ブロックの平面部分を横にして1列に並べることを繰り返すもので、重筋労働に属するものであった。
昭和54年1月から同年11月12日までの316日のMの勤務状況は、公休58日、年休6日、出勤252日で、時間外労働は、2時間超2日、1時間30分超2時間以内4日、1時間超1時間30分以内8日であった。Mは、昭和54年11月12日、普段通り出勤し、専用のクレーン付6.5トントラックを運転して午前8時15分頃P社に到着し、U字溝の蓋70個を搬送し、クレーンで荷降ろしをし、午前10時55分頃P社に一旦戻った。Mは、荷台に47.5kgブロック124個が積まれたトラックを運転し、午前11時15分頃出発し、途中約1時間の昼休みを取り、午後1時30分頃現場に到着した。Mは本件現場に到着して手作業による間知ブロックの荷降ろしを行ったところ、ブロックを抱きかかえて移動させている途中で倒れ、午後2時頃急性心不全により死亡した。
Mの妻である原告は、Mの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法12条の8第1項に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、Mの死亡は業務上のものではないとして不支給とする処分(本件処分)をした。原告は、本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和55年5月29日付で原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- Mの直接の死因たる急性心不全の原因である本件疾病は、くも膜下出血を更に分類した場合、くも膜下腔にある血管の破裂の原因が、外傷や症候性のものでなく、医学的に解明されていない特発性くも膜下出血に属する蓋然性が高いところ、特発性くも膜下出血は、脳動脈瘤の破裂によって生ずるが、その脳動脈瘤の形成、進展、破綻の誘発原因は、肉体的運動、精神的緊張等に基づく一過性の血液亢進であり、右のような誘発原因のない事前破綻は、動脈瘤が相当程度進展している場合生起するものであることが認められる。ところで、Mの特発性くも膜下出血が業務に基づいて発症したものと判定されるためには、その業務と疾病との間に相当因果関係がなければならず、相当因果関係があるというためには、業務と疾病との間に条件関係があるだけでは足りず、当該疾病の原因のうち業務が相対的に有力な原因であることを要し、かつこれで十分であって、業務が最も有力な原因であることまでは必要でないと解すべきである。
これを本件についてみるに、Mの急性死に至る経過、本件疾病の特質に証人の証言を総合すると、Mが従事していた間知ブロックの手降ろし作業は重筋労働の性質を有し、一般の労働者に比し過重であり、血圧の亢進を招き易いものであること、Mは、死亡するまでの直前5年近くにわたり、右の手降ろし作業を包含する業務に従事してきたとはいえ、その頻度、回数からいって、手降ろし作業について熟練や慣行化までは見られず、平素の業務はトラックの運転とクレーンを使用した荷降ろしを主とする技術労働の性質を有するものであったこと、当日Mが本件現場でした平常より密度の高い作業と平常より過重な負担のかかる間知ブロックの手降ろし法は優に一過性の血圧亢進の誘因たり得ることが認められるから、本件現場における間知ブロックの手降ろし作業によりMに一過性の血圧亢進が生じ、これによってかねて形成されていた脳動脈瘤が破綻し、本件発症に至ったもので、かねてMが従事してきた業務の内容、同人の勤務状態、健康状態等から想定される本件疾病のいくつかの原因、素因のうち、Mの死亡直前における本件現場での業務の遂行が、相対的に有力な原因の1つであると認めることができる。
そうすると、Mの業務と本件疾病との間には相当因果関係があり、本件疾病には業務起因性を認めることができるというべきである。なお、本件にあっては、Mに脳動脈瘤の形成があったこともまた相対的に有力な原因の1つで、本件疾病につき業務の遂行と共働原因となっていることは明らかであるが、このような共働する原因の存在は、相当因果関係を肯定するにつき何ら妨げとならない。してみると、Mの本件疾病が業務上の事由によるものでないとした被告の本件不支給処分は違法というほかない。 - 適用法規・条文
- 99:その他労災保険法16条の2条,17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例498号57頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|