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滝川労基署長(ハイヤー会社)心筋梗塞死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 滝川労基署長(ハイヤー会社)心筋梗塞死事件
- 事件番号
- 札幌地裁 - 昭和59年(行ウ)第13号
- 当事者
- 原告個人1名
被告滝川労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1989年12月25日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- S(昭和18年生)は、昭和40年11月からハイヤー事業を営む会社にタクシー運転手として勤務していた。Sは昭和56年1月25日午前3時に勤務を終えて帰宅し、ビールを飲んで午前4時30分頃就寝し、同日は非番で午後1時頃起床し、自宅を出て同日午後8時頃に帰宅し、ビールを飲むなどして午後10時30分頃就寝した。Sは、翌26日午前7時過ぎに自宅を出、午前7時30分頃に出勤した後営業所を出発した後、客待ちのため待機していたところ、間もなく心筋梗塞を発症し、病院に搬送されて治療を受けたが、同日午前8時25分死亡した。
営業所では、隔日で勤務日と非番日とを4回繰り返すと1休日のある4勤務1休日の勤務体制が採用され、勤務時間としては、(1)午前7時30分から翌日午前1時まで、(2)午前8時から翌日午前2時まで、(3)午前9時から翌日午前3時まで、(4)午後2時から翌日午前8時までの4種類があり、タクシー運転手は右ローテーションに従って順次4勤務に従事していた。
Sは、昭和55年12月度(11月21日から12月20日まで)は皆勤し、稼働時間は合計240時間30分、昭和56年1月度も皆勤で、稼働時間は254時間30分であり、本件発症前の1週間も皆勤し、3勤務稼働時間は55時間であった。
Sは、昭和51年10月、「高血圧症、冠不全等」と診断されて以降、昭和53年3月頃まで治療通院を続けていたところ、この間の血圧は、昭和51年10月160‾90、同52年4月167‾100、同年5月160‾95、同53年2月170‾95、同年3月170‾100であった。その後Sは「本態性高血圧症、慢性肝炎、虚血性心疾患、高脂血症、糖尿病」と診断され、以後通勤治療を受けた。Sはこのように基礎疾病を有していたが、昭和55年11月を最後に通院治療を止めたほか、改善のための食事療法を全く行わなかったばかりか、勤務を終えてからビール2、3本程度飲酒する習慣を続け、煙草も1日2箱以上吸っていた。
Sの妻である原告は、Sの死亡は業務上の事由によるとして、被告に対し、労災保険法に基づき、被告に対し、療養補償給付、遺族補償給付及び葬祭料を請求したところ、被告はこれらを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。 - 判決要旨
- Sの基礎疾病及び本件発症前日の生活状況、当日の勤務状況によれば、Sは本件発症当時、虚血性心疾患、本態性高血圧症、高脂血症、糖尿病等の基礎疾病を有していたところ、虚血性心疾患が増悪し、業務遂行中に心筋梗塞となり、これがために死亡したものと認めることができる。
Sの業務は、一般の定時勤務の会社員とは異なる特殊性を有することを認めることができるが、本件発症前2ヶ月余のSの勤務状況を見ると、4勤務1休日の体制に従い勤務しているが、休日も取られており、残業時間も少なく、待機して客待ちをすることが多く、稼働状況は同僚運転手の約9割に止まり、この間特に過重な業務に従事したとは認められない。また、本件発症の前日は非番であり、その行動に格別変わった様子もなく睡眠も十分に取っており、本件発症当日も日常の業務と異なる点は見当たらなかったものということができる。更にタクシー車両は、乗務開始前の車庫暖房により一定程度暖められている上、乗務開始後は車内ヒーターにより10分ないし15分程度で適温にまで暖められるから、冬季の寒冷がSの業務の負荷を著しく高めていたとみることはできないと考えられる。このほか、Sの基礎疾病、健康管理の面から見ても、昭和55年11月5日を最後に虚血性心疾患の治療を止めていること、Sは基礎疾病を家族に知らせておらず、そのため改善に必要な食事療法を全くとっていなかったばかりか、かえって煙草を1日2箱以上吸う習慣を続けていたことを認めることができる。
そうだとすれば、Sの基礎疾病である虚血性心疾患はその自然的経過により本件発症に至ったものに過ぎず、タクシー運転手としての業務がSの精神的、肉体的疲労を蓄積、増大させ、虚血性心疾患を自然的経過を超えて著しく増悪させたものと認めることはできないというべきである。
原告は、会社としてはSに対する定期健康診断の結果、高血圧や糖尿病を疑うべき事実が認められたのに、何らの処置も執らないまま業務に就かせていたものであり、この点からしてもSの業務と本件発症との間には相当因果関係があると主張する。しかし、会社においては、毎年春と秋に定期健康診断を実施しており、その結果では、Sは昭和51年11月から境界域の高血圧を示し、検尿においては同53年11月から糖が検出されていることが認められるが、この時点で担当医師から精密検査や治療を必要とする旨の指示がなされた形跡はなく、営業所長としては、昭和55年10月の検診時に、Sの血圧値、検尿結果が悪く、S自身からも同52年以降高血圧症の治療を受けている旨の申告があるなどしたことから、Sに対し、高血圧症と糖尿病について治療を受けるように指示したものであることが認められ、これらの事実に照らすと、会社がSに関し健康管理を無視して業務に従事させていたとすることはできず、原告の右主張を採用することはできない。
以上の理由により、Sは虚血性心疾患の基礎疾病を有していたところ、Sの業務が死亡直前において従前に比べ特に質的、量的に過激であったと認めることはできず、虚血性心疾患の基礎疾病が自然発症的に増悪し、たまたま業務遂行中に心筋梗塞として発症したものであり、業務と本件発症との間に相当因果関係があったとはいえないから、Sの死亡は業務上のものということはできず、本件処分は適法ということができる。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法12条の8、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例556号47頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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