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泉大津労基署長(運輸会社運転手)心不全死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
泉大津労基署長(運輸会社運転手)心不全死事件
事件番号
大阪地裁 − 平成元年(行ウ)第75号
当事者
原告個人1名

被告泉大津労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年12月14日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 G(昭和17年生)は、昭和44年から専ら整備工として稼働していたが、昭和52年1月に検査・加療のため1ヶ月近く入院し、同年3月に肥大型心筋症との診断を受けたところ、昭和53年2月まで大阪労災病院に通院し、労働能力は「軽労働が可能」な程度であり、予後は「急死の恐れがある」と診断された。こうしたことから、Gは医師の指示を受けて自動車運転手に転職するため、昭和53年4月Y運輸に入社し、トラック運転手として就労していた。

Gの主たる業務は、10トン積みトラックを運転し、得意先に切板等を運搬することで、付随的業務として荷積み・荷下ろしの際に「ガチャ」と呼ばれる荷締め器を用いてロープで積荷を固定・開放する作業及びシートを掛けり外したりする作業を行っていた。

 Y運輸の所定勤務時間は、午前8時から午後5時までであったが、Gは過積載に対する警察の取締を避ける等の目的で、午前6時から7時頃までには運送業務に就き、概ね午後5時頃には勤務を終了していた。Gは心臓疾患があったので、会社の承認を得て、大阪市及びその周辺部への運送(市内回り)のみを行っていた。

 Gは、昭和55年9月29日、通常通り午前6時30分頃トラックを運転して会社を出発し得意先へ向かい、そこで積荷を下ろす作業を行っていたところ、午前8時40分頃倒れ、応急措置を受けたが同日午後8時50分頃急性心不全で死亡した。
 Gの妻である原告は、Gの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、これに対し被告は不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 労働者が業務上死亡したというためには、まず、業務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係があることが必要である。すなわち、本件においては、Gに肥大型心筋症の基礎疾病があったことを前提として、業務に従事していなかったなら重篤な不整脈は発生しなかったであろうと認められることが必要となる。

 Gの心疾患の程度は、昭和51年の時点では、家庭内でテレビを見ていても発作が起こるほどに至っていたこと、入院して検査を受けた結果、昭和52年3月には肥大型心筋症の診断を受け、その後1年程度継続的治療を受けたにも拘わらず症状は改善せず、昭和53年1月17日の時点で、突然死の恐れを指摘されていたこと、同年5月以降は通院を止めて、以後は発作を起こした際に1回受診した以外は行っていないことが認められる。肥大型心筋症がGの程度に至っている患者が治療を受けなかった場合には、突然死の危険が増加する事の危険性が指摘され、これとGの症状を併せ考えると、Gが死亡した時点では、同人の心疾患は、いつ重篤な不整脈が生じることにより心不全に陥っても不思議でない状態にあったと推認して良い。

 Gは、医師からのアドバイスを受け、労働負荷が心疾患に与える影響を考え、自らの意思でY運輸の運転手に転職し、市内回りのみを担当していたこと、死亡前3ヶ月における1ヶ月の実労働日数が21日から25日であり、午後5時頃には退社していたこと、平均走行距離は死亡前1ヶ月で約88kmであり、そのうち半分は空荷状態であったことからすると、Gの日常業務が慢性的な疲労の蓄積をもたらす程度のものであったとは認められない。Gは、休日には子供を自家用車に乗せて遊びに行く等、その精神的・肉体的疲労が蓄積されていたとは考えられず、特に本件死亡の前日は休日であり、Gは子供の運動会の応援に出掛けていたのであるから、死亡当日まで前週の疲労が残っていたとは認められない。

 原告は、直接死亡の原因となったのは、当日の過積載(32958kg)走行であると主張する。しかし、一般論として過積載走行が精神的緊張をもたらすことにより不整脈を発生させる恐れがあるとはいい得るとしても、Gは運転中に死亡したわけではなく、1時間程度休憩して再び作業開始した後に発症しているのであるから、当日の過積載走行と不整脈発生との間に条件関係を認めるのも困難というほかない。Gは、ガチャと呼ばれる荷締め器を使う作業が終了する前に発作を起こしたと推認できるところ、これが「かなり力を使う仕事」であったとしても、その程度は日常生活においてあり得る程度を超えて不整脈発生の危険を有する作業とは認められないから、Gが業務中であったことは単なる機会原因にすぎず、業務との間で因果関係を肯定することはできないというべきである。

 原告は、使用者に健康管理義務違反があることが業務起因性の判断につき考慮すべき事情であると主張するところ、Gは健康診断を待つまでもなく、昭和53年1月の時点で自己に重篤な心疾患があり突然死のおそれがあることまでも告げられており、それにもかかわらず受診を止めていたことからすると、会社が健康診断を実施していたとしても、Gの死亡は避けられなかった疑いが強い。

 更に、そもそも、使用者の義務違反が業務起因性の判断基準となるか否かにつき考えるに、業務起因性とは業務と当該疾病との間に因果関係があるか否かの判断であり、ここでいう業務とは「当該事業の運営にかかる業務であって、かつ当該労働者が従事するもの」をいうと解すべきであるから、使用者に健康管理義務違反があるか否かをこの意味の業務に含むことはできず、原告の主張はそれ自体失当である。
 以上によると、Gの死亡が業務上のものでないとした本件処分は正当である。
適用法規・条文
99:その他  16条の2,17条
収録文献(出典)
労働判例620号32頁
その他特記事項