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大阪中央労基署長(タクシー運転手)心筋梗塞死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪中央労基署長(タクシー運転手)心筋梗塞死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成2年(行ウ)第21号
- 当事者
- 原告個人1名
被告大阪中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1992年12月14日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- T(昭和8年生)は、昭和35年から42年頃までトラック等の運転に従事した後、その後はタクシーの運転手となり、昭和58年12月からタクシー運行を業とするD社の運転手と稼働していた。
D社では、(1)日勤勤務(始業午前7時、終業午後6時、月26乗務)、(2)日勤夜勤(始業午後7時、終業午前6時、月26乗務)、(3)隔日勤務A(始業午前8時、終業翌日午前3時、月13乗務)、(4)隔日勤務B(始業午前11時、終業翌日午前6時、月13乗務)の4種類の勤務形態が定められており、Tは昭和58年12月15日から同59年1月20日までは(1)の勤務形態であったが、同月21日からは(3)の勤務形態に変わった。
Tは、昭和59年2月1日、稼働中に心臓発作を起こし、午後6時40分頃かかりつけの医院に赴き、治療を受けて一旦回復したが、午後7時30分頃再び発作が起き、市立病院に運ばれたが、午後8時40分頃心筋梗塞により死亡した。
Tの妻である原告は、同年6月29日、被告に対し、Tの死亡は業務上のものであるとして労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたが、被告は同年9月19日、これを支給しない旨の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務上外判定の基準
労働者が業務上死亡した場合とは、労働者が業務に基づく傷病に起因して死亡した場合をいい、右傷病と業務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その傷病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない。傷病の発生に関して業務を含む複数の原因が存在する場合は、業務が傷病発生の相対的に有力な原因であるならば業務と傷病との間に相当因果関係があるということができる。この考え方は、労働者にもともと存在した傷病の素因や基礎疾病が業務の遂行により誘発されあるいは増悪し、それが原因となって労働者が死亡した場合の業務起因性の判断に当たっても妥当する。
Tは心筋梗塞によって死亡したのであるから、その心筋梗塞と業務との間に相当因果関係があれば、死亡は業務上のものということができる。そして、Tは心臓疾患、糖尿病、喫煙(1日20〜40本)等の心筋梗塞の基礎疾病、素因を有していたから、業務が右心筋梗塞発症の相対的に有力な原因であるならば、業務と右心筋梗塞との間に相当因果関係があるということができる。
2 Tの有していた心筋梗塞の基礎疾病、素因について
Tには心臓疾患があり、昭和56年以来治療を継続していたにもかかわらず症状が進行し、相当程度重篤な状態に立ち至っていたこと、更に糖尿病(軽度ではあるが)、喫煙という心筋梗塞発症の因子を有していたこと、血液検査の結果によっても早くから心筋梗塞発症の危険が認められること、死亡から半月ほど前の1月14日深夜に起こした心臓発作は本件心筋梗塞の前駆症ではないかと考える余地もないわけではないことからすると、本件心筋梗塞はTがもともと有していた心筋梗塞の基礎疾病、素因が自然的経過によって増悪したことにより生じたのではないかと疑う理由が十分にある。
D社で日勤であった時期を見ると、乗車開始時刻がほとんど午前7時台であり入庫時刻がほとんど午後5時台で、いずれも二七通達(自動車の改善基準)に従うものであって、休日は欠勤も含め5日となっている。また、隔日勤務形態に変わった後の時期をみると、乗車開始時刻、翌朝入庫時刻ともD社の隔日勤務Aの所定労働時間を超えるが、休憩時間は長くなっており、実労働時間は1月25日が17時間20分、27日が15時間25分、30日が15時間45分であって、D社の隔日勤務Aの実労働時間を大幅に超えるものではない。また休日については、1月21日に欠勤し、22日、29日に公休を取っている。更に、走行キロ、乗車キロ、乗車回数を見ても、D社のタクシー運転手の平均値を大幅に超えるものではない。死亡前日は隔日勤の勤務明けであり、死亡当日も、業務によって過重の負荷を受けたと認めるに足りる証拠はない。原告は、タクシー運転業務が心筋梗塞の発症に対して悪影響を及ぼすことを強調するが、タクシー運転業務と心筋梗塞との有意の関連性を認めるに足りる証拠はない。
以上を総合的に考慮すれば、Tの業務上の負荷が自然的経過を超えて本件心筋梗塞を発症させたと認めることはできず、業務が本件心筋梗塞発症の相対的に有力な原因とはいえない。したがって、業務と本件心筋梗塞との間に相当因果関係があるということはできない。よって、Tの死亡は業務上のものと認められないとした本件不支給決定は正当である。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例620号25頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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