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尼崎労基署長(タクシー会社)脳出血死控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 尼崎労基署長(タクシー会社)脳出血死控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成6年(行コ)第22号
- 当事者
- 控訴人尼崎労働基準監督署長
被控訴人個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年02月17日
- 判決決定区分
- 控訴棄却
- 事件の概要
- Yは、昭和54年3月、K社にタクシー乗務員として雇用され、日勤の勤務を続けていたが、昭和59年11月21日から隔日勤務に変わった。Yは、日勤の当時は、午前6時半頃出庫し、3時間の休憩を挟んで午後5時ないし6時頃入庫するのを常としていたが、隔日勤務に変わった後は、1当務に1日の非番はあるものの、出勤日には午前6時前後には出庫し、2時間の休憩を挟んで翌日午前2時頃に入庫し、入金・洗車して午前3時ないし4時頃帰宅する生活となり、乗車時間は18時間前後、走行距離は1日260km前後に達するようになった。
Yは、昭和60年1月6日から17日間、9当務連続して勤務し、この間の休日の取得は1日であったところ、同月22日、タクシー走行中に事故を回避しようとし電柱に車体をぶつけ、病院に収容されて脳出血と診断されたが、2週間後に心衰弱で死亡した。
Yの妻である被控訴人(第1審原告)は、Yの死亡は業務に起因するとして、控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付等を請求した。これに対し控訴人は、Yの疾病及び死亡は業務に起因するものではないとして、不支給の処分(本件処分)としたことから、被控訴人はこれを不服として審査請求、更には再新請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Yの本件疾病発症及びこれによる死亡を業務に起因するものとして、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の要件、判断基準
被災労働者の遺族に対して労災保険法上の保険給付が行われるのは、「労働者が業務上死亡した場合」であり、「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務により負傷し、又は疾病にかかり、右負傷又は疾病により死亡した場合をいい、業務により疾病にかかったというためには、疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であるが、右相当因果関係があるというためには、必ずしも業務の遂行が疾病発生の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災労働者が有していた既存の疾病(基礎疾病)が条件となっている場合であっても、業務の遂行が右基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させた結果、より重篤な疾病を発症させて死亡の時期を早める等、業務の遂行がその基礎疾病と共働原因となって死の結果を招いたと認められる場合には、相当因果関係が肯定されると解するのが相当である。
2 異常な出来事の有無
Yは、午後3時30分頃本件発症のために意識を失い、乗車車両を道路左端に設置されている電柱に当てた状態で発見されたものであるところ、時間的にもまだ明るい上、Yの身体に外傷はなく、また現場付近の道路は幅約6mの直線で見通しは良く、乗車車両のバンパーの凹損も軽微であったことが認められ、右事実によれば、Yはさほど高速度で走行してはいなかったと推認されるから、右側からの飛出しに対しては、左端の電柱に衝突するまでもなく回避が可能であったと考えられるし、左側からの飛出しに対しては、右にハンドルを切るのが自然であるから、Yが本件発症時に事故回避のための運転をしたとは認め難い。したがって、本件発症が精神的緊張を強いられたり、又は業務上の異常な出来事に遭遇したために生じたものと認めることはできず、これを理由として業務起因性を肯定することはできない。
3 Yの業務の過重性
深夜労働を伴う長時間の勤務は、昼は働き夜は休息するという人間の自然な生活リズムに反する面があることは否めず、更に、同業のタクシー会社において公休を増やしている上、高齢者又は体力が劣る者が日勤業務に従事していることに徴しても、会社における6ないし7当務連続という隔日勤務は、健康な乗務員にとってもかなり重い勤務というべきであるから、非番の日では疲労回復が十分でなく疲労が蓄積する傾向があると考えられ、このことからも、Yのように年齢も高く、高血圧症の基礎疾病を有する者にとっては、隔日勤務は過重な勤務であったと考えられる。特に昭和60年1月中旬におけるYの勤務のような実質9当務連続の勤務は、勤務の翌日が非番であってもそれだけでは疲労を回復するに足りず、このような隔日勤務を連続することは、Yのような基礎疾病を有する者にとっては、過重な負担であったと認めるのが相当である。
もっとも、Yの業務量は、他の従業員に比べて決して多い方ではなかったものではあるが、隔日勤務に従事する同僚らは40代が多くて、皆Y(63歳)より若く、60歳を超えた者は1人もいない上、同じ業務量であっても、健康な者と基礎疾病を有する者とでは、業務によって受ける影響は異なり、また高血圧症の基礎疾病を有する者は健康な者に比べて血圧変動が大きく、上昇した血圧が下がりにくいことに鑑みると、高血圧の基礎疾病を本件発症前のYの業務は、高血圧の基礎疾病を有する者にとっては、やはり過重なものであったというべきである。
本件は、高血圧症の基礎疾病を有していたものの、さほど重篤なものとはいえず、しかも昭和59年11月初め頃においても、投薬治療の必要はないものとして生活指導を受けたのに止まるYが、酒、煙草等も嗜まないのに、隔日勤務変更の2ヶ月後に脳出血を発症したものであるところ、前記の通り右発症前の業務がYにとって過重であったことを考慮すると、Yがその基礎疾病の自然的経過によって脳出血を発症したとは考え難い。むしろYの年齢、健康状況、基礎疾病の内容・程度、業務の変更とその勤務状況及び変更後本件発症から死亡に至る経過を総合すると、Yは隔日勤務に変わってから年末年始の最多亡時における職務の遂行による持続的な肉体的・精神的疲労及びストレスが、Yの基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させる大きな要因となり、そのため隔日勤務のタクシー乗務中に血圧の上昇を来たし、脳内小動脈瘤が血圧に耐えられなくなって脳出血が発症し、Yを死亡させるに至ったものと認めるのが相当である。
なお、被告は、Yは肥満及び糖尿病(疑い)等の危険因子をも有しており、これらの事情を勘案すれば、本件発症は業務によって増悪したものでなく、基礎疾病である高血圧症がたまたま乗務中に自然的経過によって発症したものであると主張するが、Yの肥満及び糖尿病(疑い)は重篤なものではない上、肥満や糖尿病は脳梗塞の危険因子ではあるが、高血圧性脳出血の危険因子にはならないという疫学的な調査結果もあるから、右の肥満や糖尿病(疑い)があるからといって、直ちにYの本件発症が、その基礎疾患の慈善的経過によって生じたものとはいえず、右主張は採用し得ない。
以上によれば、本件発症はYの基礎疾患と業務が共働原因となって生じたものということができるから、本件発症には業務起因性があり、Yの死亡は業務と相当因果関係があると認めるのが相当である。
4 控訴人の当審における補充主張について
控訴人は、業務と死亡との間の相当因果関係を判断するにつき基準を尊重しないのは不当であると主張する。労働基準法及び労災保険法の趣旨は、労働に伴う災害が生じる危険性を有する業務に従事する労働者について、右業務に内在ないし随伴する危険性が発現し、労働災害が生じた場合に、使用者の過失の有無にかかわらず、被災者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあると解される。そして、労災補償の要件として、労働基準法77条ないし80条において、「業務上負傷し、又は疾病にかかり」、「業務上死亡した場合」と規定し、労災保険法1条において「業務上の事由により」と規定するほか、何ら特別の要件を規定していないことからすると、業務と死傷病との間に業務起因性があるというためには、当該業務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち、業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつこれをもって足りるものと解される。したがって、死亡が必ずしも業務の遂行を唯一の原因とする必要はなく、当該労働者の素因や基礎疾病が原因となって死亡した場合であっても、業務の遂行が当該労働者にとって精神的・肉体的に過重負荷となり、基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させて死亡の時期を早めるなど基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を発生させたと認められる場合には、右死亡は「業務上の死亡」と認めるのが相当であり、このように解するのが労働基準法及び労災保険法の趣旨・目的に適うものと考えられる。また、基準が本件処分取消訴訟の存否の判断を直接拘束するものではないから、控訴人の右主張は採用することができない。
控訴人は、被災者本人を基準にして過重性を判断するのは不当であると主張するが、本件のような過労死の事案における業務と発症との相当因果関係を判断するためには、定型的、形式的な判断ではなく、被災者の年齢、基礎疾病等の具体的事情を考慮し、業務の質、量、発症に至るまでの経過等を総合して認定した上判断するのが相当である。したがって、右主張は採用できない。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法77条〜80条,
99:その他 労災保険法1条,16条の2,17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例676号76頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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