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国・中央労基署長(国際輸送会社)自殺事件
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 国・中央労基署長(国際輸送会社)自殺事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 − 平成20年(行ウ)第60号
- 当事者
- 原告個人A
原告個人B
被告国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月28日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- J(昭和48年生)は、大学を卒業した後の平成8年4月に、国際輸送を業とするT社に雇用され、平成12年8月に国際事業部国際輸送部東京営業所に配置換えとなった。
Jが担当した業務は、特定の取引先との間の日常的・定型的なものではなく、プロジェクト案件、スポット案件等であり、そのため、これの案件情報をあらゆる手段を使って入手し、一方、各国の法規制その他物流事情を調査して、個々の案件につき見積書を作成して受注に向けて営業活動を行い、受命に至れば輸送手配を行うことになるが、これらの業務の大半をJが一人で行っていた。
Jは、時差が大きいブラジルやアメリカへの輸送は深夜に、イスラム圏であれば土日にメール等で連絡を取らざるを得ないことから、職場のPCに入ったメールを自宅のPCに転送し、帰宅後の深夜や休日にもそのメールに対応していた。職場の労働時間管理はかなり杜撰であったため、サービス残業が横行しており、平成15年1月中旬以降は業務終了が午後10時、11時になることが多くなったにもかかわらず、遅くとも午後9時には終了していた旨報告していた。
Jの仕事量は、自殺の半年前から徐々に増加し、平成15年6月、7月には非常に多忙な状態になっていた。それに加えて同年6月の組織変更で所長補佐がいなくなるなど減員されたことから、帰宅後も午前2時、3時まで仕事をすることがあった。Jの仕事ぶりは仕事量の増加にもかかわらず、同年7月中旬の時点でもいつもと変わりなかったが、JはT社の保健師に対し、「眠れない、躁鬱の気があり、暴言・虚言が増えたり、落ち込んで自殺を考えたりする」旨のメールを送信するなどした。本社人事部は、所長に対し、こうしたメールが来たことを知らせるとともに、対策を講じるよう指示したにもかかわらず、所長は何の対策も講じなかった。
Jは、新卒の休職者などを対象としたインターネット情報掲示板に匿名でT社の長時間労働を訴える投稿をし、これを知った他の社員もこれに続いたことから、人事部は所長に対し、投稿者に厳重注意するよう指示した。同年5月30日頃、所長は同書込みを人事担当課長会議資料として受け取り、Jらに同掲示板にアクセスしないように注意するとともに、これを回覧させた。またJとペアで仕事をしている入社2年目の女性がした投稿に対し、「この会社は組織に批判的な事を発言すると一生飼い殺しになりますから発言は程々に」との返信があったことから、Jは自分の書込みが発覚して懲罰人事を受けるのではないかと怖れ、そうなるなら自ら退職しようと考えており、そのような中で行われた減員を伴う組織変更について、Jは懲罰人事ではないかと疑っていた。
同年6月13日深夜、同僚が仕事中倒れたことから、Jは同僚の組合幹部に対し、次に倒れるのは自分だろうと訴え、そして同年7月27日、Jは社宅において木炭自殺を図って同日午後6時頃一酸化炭素中毒により死亡した。
Jの両親である原告A、Bは、Jの自殺は業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償一時金、遺族特別支給金及び遺族特別一時金の支給を請求したところ、同署長はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告らは本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 中央労働基準監督署長が平成16年10月19日付けで原告両名に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償一時金等を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡の災害について行われるが、労働者の死亡等の災害が業務上の事由によるものといえるためには、業務と死亡等との間に相当因果関係のあることが必要である。そして、上記相当因果関係があるというためには、当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきである。そして、同法による補償制度が使用者等に過失がなくても業務に内在する危険が現実化した場合に労働者に生じた損害を一定の範囲で填補させる危険責任の法理に基づくものであること、また精神障害、特にうつ病の成因については、几帳面で真面目な性格等に代表される執着気質、メランコリー親和型といわれるうつ病の病前性格と、業務上及び業務外のうつ病の発症要因になりやすい出来事との関係で精神的破綻が生じるかどうか決まると解するのが相当であることからすれば、相当因果関係があるというためには、これらの要因を総合考慮した上で、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、当該災害の発生が業務に内在ないし通常随伴する危険が現実化したことによるものとして、これを肯定できると解すべきである。そして、その判断は、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する労働者(平均的労働者)を基準として、勤務時間、職務の内容・質及び責任の程度等が過重であるために当該精神障害を発症させられる程度に強度の心理的負荷を受けたと認められるかを判断し、これが認められる場合に、次に業務外の心理的負荷や固体側の要因を判断し、これらが存在し、業務よりもこれらが発症の原因であると認められる場合でない限りは相当因果関係の存在を肯定するという方法によるのが相当である。
原告は、発症前1ヶ月に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合又は発症前2ヶ月〜6ヶ月にわたって1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと判断すべきであると主張するところ、同判断基準は脳・心疾患の発症に関するものであるから、精神障害の発症に直ちに採用し得るものではないが、100時間を超える時間外労働に従事する状態が1週間以上続く場合にはうつ病に罹患する率が高くなるとの研究結果と併せ、労働時間の面からする過重性判断の指標として参考にはできる。
2 業務の過重性について
Jは、継続して過重な業務に従事する中で本件発症をし自殺したところ、本件発症の時期は明確に断定できないものの、本件発症までの間に過重な業務によってその原因となり得る程度の精神的負荷を受けた可能性が十分にある上、その後もこれが重症化する平成15年7月中旬までの間、客観的に過重な業務に従事したと認められるから、Jが従事した業務は、平均的な労働者にとって量的及び質的にも過重なものであり、本件発症をさせ、これを重症化させる程度の心理的負荷を与えるものであったということができる。
Jの自殺前2ヶ月は労働時間の面からする過重性判断の指標として参考とすべき月100時間を優に超える過重なものとなっており、同3〜6ヶ月前は概ね月80時間程度の時間外労働を行っていた。これに加えて、深夜や休日に海外からのメールが転送されてきてこれに対応していたことにより、仕事から解放されて疲労から回復する時間が取れない状態が続き、通勤時間は1日約3時間に及んだ。
Jから保健師へのメールの発信日(6月21日)や組織変更があった同月27日頃を発症時期とすれば、概ね発症前3週間以上にわたり1ヶ月100時間を超えるような時間外労働があったものと認められる。また、同年7月中旬以前にはJの事務処理能力が低下した様子はなく、仕事に意欲的に取り組んでいたこと等からすると、症状が重症化した時期は7月下旬頃と推認するのが相当であり、それ以前1ヶ月以上の間、1ヶ月100時間以上の時間外労働を行っていたものである。Jの業務は、そもそも難易度が高く、トラブルの発生に備える必要があるなど、精神的な緊張を強いられるものであり、このような困難な業務を同僚や上司からの支援や援助が全くない状態で一人で担当したことから、Jの業務は質的に見ても過重なものであった。被告は、J自身が周囲に対し支援を求めていなかったことが窺えると指摘するが、T社が平成13年12月には総合職2名の減員を行い、更に自殺の直前にも実質的な減員となる組織変更を行ったことからすると、T社に支援を求めても有効な支援となるような人員を配置する意思がないことをJもその上司も承知していたと解される。
更に、本件発症直前の平成15年5月末以降の前記組織変更にかけて、ネット掲示板への投稿が原因で処分等を受けるのではないかと危惧していたところに、多忙な状況の中で逆に実質減員という組織変更があり、実質的な報復人事が行われたのではないかと疑い、実際に一層多忙な状況になったという経過がある。他方、そのような状況の中で同僚が倒れるという事態が起こり、自分の健康も不安に感じたことは、過重な労働と相俟って業務上の出来事によるストレス要因といえる。
3 業務外要因について
Jが音楽活動を趣味としていたことは明らかで、作曲や編曲等により平均月額3、4万円程度を得ていたが、約200万円の預貯金に比べて少額であって、同行為によりある程度の時間や集中力を要するとしても、心身に大きな負担となるようなものとは認め難い。また、Jと交際していた女性とは情交関係にあり、女性はJとの結婚を希望していたが、Jは関係を絶ってしまったこと、Jはその後間もなく他の女性の関心を引こうとしていたことが認められ、そうすると、Jが女性関係のために大きなストレスを受けたとは考えられず、業務による負荷の方が重いことは明らかである。
以上によれば、Jが従事した業務は、平均的労働者を基準として、社会通念上、本件発症及び重症化の原因となり得る程度の疲労の蓄積や精神的ストレスをもたらす過重なものであったと認められ、他方、Jが他に業務よりも有力な発症要因となるような精神疾患に対する脆弱性等を有していたなどとは認められないから、継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されるに至り自殺行為に出たものとして、業務と本件発症及び悪化、更には本件災害との相当因果関係があると推認すべきである。
以上の次第で、本件災害は、Jが従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法12条の2の2第1項,労災保険法16条の2,労災保険法17条,
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1310号140頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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