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三田労基署長冠状動脈硬化症死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
三田労基署長冠状動脈硬化症死事件
事件番号
東京高裁 − 昭和50年(行コ)第25号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人三田労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1976年09月30日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
 Yは、T運輸K丸の船長として勤務していたところ、昭和44年4月22日に同船に乗船し、芝浦運河岸壁から約10m離れた時、後部甲板上に転倒し(本件事故)、直ちに病院に収容されたが、間もなく死亡するに至った。

 Yの遺体を解剖したところ、左右冠状動脈基始部特に左冠状動脈基始部に顕著な硬化症が認められ、心臓の重さは普通人の1.5倍あり、心肥大がやや高度であったことなどが認められた。また、Yの従事していた艀作業は、主として鋼材を、曳舟に曳航された艀によって、本船から指定の倉庫まで運搬する作業であって、乗組員はY1人であった。

 Yの妻である控訴人(第1審原告)は、Yの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付等の支給を請求したが、被控訴人がこれを不支給とする処分をしたことから、同処分の取消を求めて本訴を提起した。
 第1審では、「基礎疾病たる心筋梗塞が、業務に起因する急激な精神的・肉体的負担により、その自然的変化に比し急速に悪化し死亡するに至ったものということはできないが、同人の死亡と業務との間に相当因果関係を認めることは困難である」として、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
 原判決を取り消す。

 被控訴人が昭和44年11月12日付で控訴人に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
 Yは、かねてから相当高度の冠状動脈硬化症にかかっていたが、本件事故より少なくとも1ヶ月以上前に右硬化症により1回又は数回心筋梗塞を起こし、そのため心臓の機能が著しく低下して、艀作業のような過激な労働に耐えるだけの能力を失っていたのに、これを知らず、元来体が丈夫で勤勉実直なところから、依然右艀作業に従事し、本件事故当日も平常通り勤務に就き、芝浦運河岸壁において艀の曳航が開始されるや、まず曳綱張りの作業を終了した後、素早く船尾に来て、重い棍棒を甲板から持ち上げ、これを梶穴に差し込む作業に着手したため、突然悪性の不整脈を起こして転倒し、右不整脈により急死するに至ったものと認めるのが相当である。

 ところで、ここにいわゆる業務上の死亡とは、業務と死亡との間に相当因果関係が存すること、いいかえれば死亡が業務遂行に起因することを意味し、またこれをもって足りるのであって、必ずしも死亡が業務遂行を唯一の原因とするものである必要はなく、特定の疾病に罹患し易い疾病素因や業務遂行に起因しない既存疾病(基礎疾病)が条件ないし原因となって死亡した場合であっても、業務の遂行が基礎疾病を誘発又は急激に増悪させて死亡の時期を早める等それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたと認められる場合には、労働者がかかる結果の発生を予知しながら敢えて業務に従事する等災害補償の趣旨に反する特段の事情がない限り、右死亡は業務上の死亡と解するのが相当であり、この場合、事故当時における業務の内容自体が、日常のそれらに比べて、質的に著しく異なるとか量的に著しく過重でなければならないと解する合理的根拠はないものというべきである。
 これを本件についてみれば、Yの冠状動脈硬化症の発生自体には、同人の業務である前示艀作業との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠はないから、右硬化症を原因とした前示心筋梗塞もまた業務起因性のない既存疾病という外ないが、他方、Yの既存疾病自体は、当時、自然増悪の過程を辿っていたわけではなく、むしろ停滞状態ないしは緩慢な増悪の過程にあったものと推認すべきであるから、死亡のおそれは必ずしも絶対的なものではなく、同人が艀作業に従事しないで静養しておれば、なお回復の可能性がなかったわけではなく、少なくとも相当期間死亡しないで済んだろうと考えられること、また同人の艀作業が精神的緊張を伴う相当強度の肉体労働であって、一過性の血圧亢進を引き起こしやすいものと推認することができ、これらの事実に、同人の既存疾病の性状、健康状態、本件事故が発生してから同人が死亡するに至るまでの時間的経過等を併せ勘案すれば、Yの死亡は心筋梗塞による心臓の機能の低下が直接の原因ではあったものの、同人の業務の遂行が既存の心筋梗塞を急激に増悪させ、これらが共働原因となって、突然悪性の不整脈を起こして死亡の結果を招くに至ったものと認めるのが相当である。そして、Yには特段の事情を肯認するに足る証拠がなく、却って本人は心筋梗塞の自覚さえしていなかったのである。それ故、Yの死亡は、被控訴人認定のごとく単なる業務の機会に発生した偶然の出来事ではなくして、業務上の死亡と認定するのが妥当である。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法16条の2,
労災保険法17条
収録文献(出典)
労働判例261号23頁
その他特記事項
原審は「東京地裁 昭和50年4月3日判決」