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地公災基金東京都支部長(事務職員)脳出血性梗塞事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金東京都支部長(事務職員)脳出血性梗塞事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成4年(行ウ)第88号
- 当事者
- 原告個人1名
被告地方公務員災害補償基金東京都支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年10月26日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- 原告(昭和18年生)は、昭和46年11月、東京都町田市に採用され、同日付けで同市教育委員会に出向して社会教育課に配属され、昭和53年10月町田市公民館勤務となって以降公民館事業(約8割は講座・学級の実施に係る事務)の業務に従事してきた女性である。
昭和62年7月24日、原告は翌月に実施が予定されていた現地学習会のため、同僚の男性職員1名とともに、国分寺へ現地踏査のための出張をした。原告は午前中の現地踏査を終了し、昼食を摂った後、頭痛と体の変調を訴え、タクシーを利用した後電車に乗ったが、プラットホームで嘔吐し、病院で診察を受けたところ、「脱水-尿細管アシドーシス」と診断され、治療を受けた。しかし原告の症状は一向に好転しなかったので、原告は病院に移送され、「脳出血性梗塞」と診断され、同年9月17日、リハビリテーション病院脳血管センターに転院し治療を受けるようになり、同年11月5日、「左片麻痺、構音障害、脳出血」と診断された。
原告は、18歳時に胃炎を患い、39歳時に腰椎椎間板症と診断されて約1年間治療を受け、昭和61年12月に発声ができなくなり、昭和62年3月に再度発声困難となってシェーグレン症候群と診断され、治療を受けていた。
原告は被告に対し、本件疾病は公務に起因したものであるとして、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、被告は本件疾病は公務に起因するとは認められない旨の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 被告が原告に対してなした昭和63年4月22日付け公務外認定処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 各医師の所見を総合すると、原告は本件疾病発症以前から基礎疾患としてシェーグレン症候群を有しており、この疾病によりガンマグロブリンの産生が亢進し、血液中の蛋白の量が増加したため、日頃から血液の粘稠度が高まっていたというのであり、他方、シェーグレン症候群により発症した動脈炎により大脳動脈に狭窄が生じていたが、右狭窄は急速に閉塞を生ずるような状態ではなかったというのであるから、本件疾病の発生機序については、本件公務の遂行中に脱水症状に陥り、これにより血液の粘稠度がますます高まったために右狭窄部分において血栓が形成され、このために大脳動脈を閉塞させたものと認めるのが相当である。
このように原告の病的素因ないし基礎疾患が原因となって疾病が発症した場合、その疾病と公務との間に相当因果関係が認められるためには、公務に起因する過度の精神的肉体的負担が、右基礎疾患の自然的経過を超えてこれを増悪させたために本件疾病発症に至るなど、公務が病的素因ないし基礎疾患とともに疾病に対する共働原因となったことが認められなければならないと解すべきである。
原告の時間外勤務及び休日勤務の合計は、昭和62年1月から7月までが363時間、昭和61年度は632時間であったのであり、これは町田市職員の中でも極めて多いのであるから、原告が兼業主婦であることを考慮すると、原告に与えた日常の公務の心身の負担は比較的大きかったものといえる。更に、昭和62年7月22日は時間外勤務をしておらず、21日も午後夏期休暇を取得しており、20日は前日の代休として勤務を休んでおり、比較的休養が取れたようであるが、18日には江ノ島へ出張して午後11時に帰宅し、17日も午後10時30分まで勤務し、16日は病休で体調がすぐれなかったにもかかわらず、午後6時から10時まで会議に出席し、15日も午後10時30分まで勤務していたというのであり、これらを総合すると、本件疾病発症の2日前から4日前にかけて休暇や時間外勤務をしていない日があったといっても体調が回復したとは認め難い。もっとも、本件発症当日の原告の公務自体は格別心身に過重な負担を与える性質のものとは認められないが、当日の午後1時に八王子では38.7度を記録し、このような気象条件の下での現地調査は必ずしも心身に過重な負担を与えるものではないとは言い切れず、他方原告は前記のような基礎疾患を有していたのであるから、右のような公務に従事することは心身に過重な負担を与えるものと認められる。
以上の諸点を考慮すると、原告は、本件疾病発症直前において、公務に起因して恒常的な精神的肉体的負担を負っており、これに加えて本件公務に従事したことにより心身に更に過重な負担が加わったと認めることができ、他に脱水症状による血液のいわゆる過粘稠症候群状態は右の負担を原因として惹起したものと認めるのが相当である。そうであれば、本件疾病は、本件公務に起因する過度の精神的肉体的負担が基礎疾患の自然的経過を超えてこれを増悪させた結果発症したものと認められる。
被告は、本件公務は原告の日常の公務と比較して特に質的又は量的に過重なものではないと主張し、その理由として、(1)当日の公務は子供達の参加する行事の下見であり、無理のない行程が計画されていたこと、(2)原告の当日踏査した道順は下り坂が多かったこと、(3)下見をした場所はほとんどが木陰であり、直射日光を受けた場所においても原告は日傘をさしていたから暑さは避けられた筈であると主張する。なるほど、本件公務自体が格別原告の心身に過重な負担を与える性質のものとは認められないが、本件公務遂行過程における気象条件は通常人にとっても苛酷であって、午前11時過ぎから約1時間半に及ぶ現地調査は、原告が自己の体調に合わせて自由に行われたものではなく、講師の案内によって行われたというのであり、現地調査の行程は上り下りがあったし、多くは木陰のない舗装道路であって、直射日光による照り返しもあったことが認められる。以上を総合すれば、右現地調査は一般通常人にとっても心身に与える負担はかなりのものであったろうと推測され、右現地調査の原告に与えた心身の負担は小さくなかったものといえる。したがって、この点に関する被告の主張は、必ずしも全面的に採用することはできない。
したがって、本件疾病は公務との間に相当因果関係を有するというべきであって、公務起因生を有するから、これを有しないとして本件処分は判断を誤ったものとして違法であって、取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 99:その他地方公務員災害補償法26条、45条、
- 収録文献(出典)
- 判例時報1559号37頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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