判例データベース
地公災基金静岡県支部長(県立高校教諭)脳出血死控訴事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金静岡県支部長(県立高校教諭)脳出血死控訴事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成6年(行コ)第222号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人地方公務員災害補償基金静岡県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年10月14日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)(確定)
- 事件の概要
- N(昭和14年生)は、昭和39年4月に静岡県公立学校教員に採用され、昭和55年4月から県立Y高校に英語教諭として勤務していた。Nは普通科とともに専門課程としての英語科の授業も担当するほか、昭和59年度は英語科クラスの担任も務めた。Y高校は特に国際交流等に力を入れていたことから、Nは交換留学生の派遣及び受入れ、そのための生徒の選抜、準備教育、相手先の受入家庭の調査等の業務に中心となって従事するとともに、外国の教育関係者が視察訪問をした場合にはNら英語教員が通訳なども行っていた。
Nは、毎年新入生を対象に入学直後に行っている集団宿泊訓練に、昭和59年4月23日から25日までの間、同僚教員13名と共に生徒を引率して参加したほか、同年5月7日には、恒例のクロスカントリー大会にも参加し、生徒の指導に当たった。
同年5月17日、Nは通常どおり午前8時頃出勤し、全校集会及びホームルームに引き続き、1時限目、3時限目に授業に従事した。Nは昼休みを挟んだ5時限目に授業に従事したが、その際生徒に対し頭痛を訴え、6時限目にも頭痛を押して立った姿勢で授業を行ったところ、体調が悪化したため、生徒の連絡により保健室に運ばれたが容態は更に悪化し、病院に搬送されたが、急性肺浮腫及び脳幹部に多量の出血が認められ、手術も不可能な状態に陥っており、同月23日午前4時01分に死亡した。
Nの妻である控訴人(第1審原告)は、Nの死亡は公務に起因して発生したものであるとして、同年6月26日付で被控訴人(第1審被告)に対し地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、被控訴人はNの死亡は公務外災害であると認定(本件処分)した。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Nの死亡について公務起因性を否定し、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和60年10月2日付で控訴人に対してなした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件発症と公務の関係
昭和58年度のクラス担任についてみると、カンニング、喫煙等の問題行動を起こし、謹慎処分を受けた生徒が1年間に7人という多数に上ったが、Nはその都度こうした生徒に対する生徒指導や家庭訪問を実施したのであって、Nにとってかなりの負担であったということができる。昭和59年度についてみると、担任クラスに素行上の問題を抱えた女子生徒や神経症の女子生徒がおり、特に前者の指導を巡って家庭訪問を4月以降繰り返し行い、取り分け5月6日から10日までの間には、集中的に放課後3、4回家庭訪問を行ったこと、同生徒の自宅はY高校から約9km離れたところにあり、Nは自転車を利用して同生徒宅まで行っていたことから、帰宅時間が午後9時から10時となることもあったこと、同生徒はNの意に反して突然施設に入所してしまったこと等の出来事によって、Nは相当の身体的、精神的負担を負ったということができる。
Nの授業の担当時間は週17時間で、それ自体で負担が重いということはできないが、Nは英語科の外保育科及び普通科を担当していた点で、同じ授業時間であっても相対的に負担が重いということができる。また、英語授業の中でもAETとの共同授業は全て原則として英語で行われるなど、通常の授業と比較すれば負担が重く、気苦労の多い仕事であったということができる。
Y高校では英語科を専門科目と位置付け、国際交流など様々な活動に力を入れていたことから、交換留学生の派遣及び受入や外国からの来訪者の応接については、Nがその経験や年齢から中心的な役割を果たしてきたものと窺うことができる。このことは、Nがこの種の事務に精通していたと窺われるとはいえ、かなりの身体的、精神的負担であったことは否めない。また、Nは英語科パンフレットの作成の中心的役割を担っていたが、英語科教員の間でも意見が一致せずに作業が遅れており、Nの精神的負担になっていたものと認められる。
新入生集団宿泊訓練については、同僚教員に比して特に負担が重いということはできないが、45歳という年齢のNにとっては相当程度の身体的、精神的負担となったであろうことは容易に推認することができる。クロスカントリー大会については、Nは役員ではなく、参加が強制されるものではなかったものの、約20kmの起伏のあるコースを生徒と一緒に全行程歩いて生徒の指導に当たったものであり、Nにとってはかなりの身体的負担になったものと推認することができる。
以上のとおり、Y高校においては、英語科における英語教員の担当する公務は、他の科の教員に比して多く、中でもNは、その勤続年数、経験年数などからして英語教員の中心的役割を担っていたため、特に負担が重くなっていたということができる。また、Nは、昭和59年4月以降、英語科特有の仕事を行うとともに、新入生集団宿泊訓練やクロスカントリー大会などにも積極的に参加し、その上、昭和58年度、59年度の担任クラスでの問題行動の生徒らに対する指導、家庭訪問などの負担が加わっていた。これらの公務は勤務時間外や休日に及び、場合によっては深夜に及ぶこともあって、このようなことからNは本件発症の前にはかなりの疲労状態にあった。昭和59年度の新学期から本件発症までの1ヶ月半のNの行っていた公務の内容を全体的に観察すると、この間に多くの身体的、精神的な負担の重い仕事が集中的に相次ぎ、その結果、身体的、精神的な疲労やストレスが集積していたものと認めるのが相当である。
2 本件発症の公務起因性について
本件発症当日、Nは、朝から頭痛を押して授業を続けたのであるが、右頭痛の段階で安静にし、治療を受けていれば、本件のような大出血の発症を防止できた可能性も否定できない。このような場合に、直ちに安静を保ち診察治療を受けることが困難な状態にあって、引き続き公務に従事せざるを得なかったとすれば、そのことが本件発症の原因であるということができる。しかし、当日Nが所定の授業や打合せを他の教員に代替してもらうことも可能であったにもかかわらずそうしなかったのは、N自身も周囲の教員も症状の重大性に気付いていなかったためとしか考えられない。そうすると、本件においては、直ちに安静を保ち診察治療を受けることが困難な状態にあって、引き続き公務に従事せざるを得なかったという状況にあったと認めることはできないから、当日の公務の遂行をもって本件発症の原因とすることはできない。
公務起因性の判定の基準は、当該発症について、公務に内在ないし通常随伴する危険がそれ以外の発症の原因と比較して相対的に有力な原因となったか否か、換言すれば、公務が当該血管病変等を自然的経過を超えて急激に増悪させるに足りる程度の過重負荷となっていたか否かということである。
Nの死亡原因は、Nの有した脳動静脈奇形の増悪及び破綻出血である。そして、脳動静脈奇形の発症率自体はそれほど高率でもなく、更に出血等の発症の結果死亡するに至る者は、そのうちの一部であって、脳動静脈奇形の疾患を有するからといって、必ず発症し、死亡するものでもない。そして、身体的、精神的な疲労、ストレスの蓄積による血圧の昂進は脳動静脈奇形の増悪及び破綻の原因となり得る。このことに、本件発症以前Nに多くの身体的、精神的な負担の重い仕事が集中して相次いだ結果、身体的、精神的な疲労やスFトレスが蓄積していたことを考え合わせると、右のような疲労の結果が血圧を昂進させ、脳動静脈奇形を自然的経過を超えて増悪させて、本件発症の相対的有力原因となったものと解するのが相当である。
以上のとおり、Nの死亡は公務に起因するものであるから、これを公務外災害であるとした原処分は違法であり、これを取り消すこととする。 - 適用法規・条文
- 99:その他地方公務員災害補償法31条、45条,
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ959号93頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
静岡地裁 - 平成元年(行ウ)第6号 | 棄却(控訴) | 1994年11月10日 |
東京高裁 − 平成6年(行コ)第222号 | 原判決取消(控訴認容)(確定) | 1997年10月14日 |