判例データベース
豊橋労基署長(電気会社)障害者心臓死事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 豊橋労基署長(電気会社)障害者心臓死事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 名古屋地裁 - 平成17年(行ウ)第58号
- 当事者
- 原告個人1名
被告国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年03月26日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- A(昭和38年生)は、昭和56年4月以降Y社等で就労していたが、平成9年4月頃体調不良となって入院し、同年11月、日常生活活動が著しく制限される心臓機能障害(身体障害者等級3級)を有する者として、身体障害者手帳の交付を受けた。Aは平成11年3月障害者職業能力開発校を卒業し、同年5月X社に入社して機械設計などの業務に従事したが、その後退職し、平成12年10月に開催された障害者の就職のための集団面接会を経て、家庭電化製品の小売等を業とするM社に採用され、T店で勤務していた。
M社総務部長は、T店の店長に対し、Aが心臓機能障害を有しており、重い荷物を持つ仕事や配達等の外回りの仕事ができないことを説明し、Aに店内の仕事に就かせるよう指示したところ、店長はこれを受けて、Aをゲームコーナーに配属した。Aは同年12月半ば頃、自らの希望もあってパソコン売場に異動となったが、その仕事による負荷はゲームコーナーと同程度であった。M社は同月半ば頃、営業時間を1時間延長し、閉店時間を午後9時としたが、Aの業務が格別忙しくなることはなかった。
同年12月12日及び13日、Aと妻はアパートへの引越しを行い、荷物は妻が荷造りをし、これをAとその父親とで軽トラックに積み込み、Aがこれを運転して引越先に運んで、A、妻、両親の4人で引越先の整理をするなどした。
同月24日、Aは通常どおり出勤し、体調不良を訴えることもなく勤務を終え、友人宅での忘年会に参加した後、午後10時頃実家に立ち寄り、帰宅後の午後11時20分頃妻と電話で話をしたが、その際特段変わった様子はなかったところ、翌25日午後2時頃、浴室で死亡しているところを発見された。
Aの妻である原告は、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長はこれを不支給処分(本件処分)とした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 相当因果関係の判断方法
業務と死亡等の災害との間に相当因果関係があるというためには、当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきところ、労働者が脳・心疾患を発症して死亡するに至った事案においては、他に確たる発症因子があったことが窺われず、当該労働者の有していた脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾患が、業務によってその自然の経過を超えて増悪したと認めることができる場合には、その増悪による死亡は、当該業務に内在する危険が現実化したものとして、業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。
2 本件災害の業務起因性
疲労の蓄積にとって最も重要な要因である労働時間に着目すると、日常業務を支障なく遂行できるような労働者の場合には、発症前1ヶ月間から6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね45時間を超える時間外労働時間が認められない場合には、業務と心停止発症との関連性は弱いと判断される。
Aの本件災害1ヶ月間の時間外労働時間数は33時間であり、45時間を大きく下回っている。また、平成12年12月半ば以降も、勤務日の時間外労働時間数は1時間から長くとも2時間半に過ぎない。また、Aは前日に仕事がある日でも約7時間の睡眠をしており、本件災害前1ヶ月間に8日間の休日もあったものであるから、通常疲労の回復に十分な時間を確保できていたというべきである。そうすると、Aが慢性心不全の基礎疾患を有し、健常人に比して疲労しやすく、疲労の回復に時間がかかるとしても、Aの業務が、質的に見て、疲労を蓄積させ、疲労の回復を困難とする程度の過重なものであったとするのは疑問である。
T店は、平成12年12月半ば頃、全体としてはクリスマス商戦に向けた繁忙期にあったものの、Aが勤務していた同店のパソコン売場は格別忙しくなるということもなかったのであるから、Aの労働密度がその慢性心不全を悪化させるほど増したということはできない。Aは、立位による接客販売等の業務に従事していたものであるが、かかる業務の運動強度は、2.3‾3.0METSであり、NYHA2(心不全の症状が4段階の軽い方から2番目)の心機能のあったAが8時間継続して従事することに無理があったとはいえず、医学的知見に照らして、接客時の会話が、Aの慢性心不全を増悪させるほどの強い負担になったということもできない。また、Aは、平成12年12月13日までの間、階段の昇降、入浴等私生活において3.0METS以上の各種身体運動をしていたほか、とりわけ同月12日及び13日の引越では、比較的長時間にわたり、家具・家財の運搬という強い運動強度のものを含む作業を行ったにもかかわらず、引越作業中辛そうな様子はなく、慢性心不全増悪の兆候もなく、経過は良好であったのである。以上を総合すると、立位による接客販売等の業務は、Aの慢性心不全を前提とするとしても、これを増悪させる原因となるほどに過重なものであったということはできない。
以上のとおり、AがT店において従事した業務は、その慢性心不全を増悪させるなどして、致死性不整脈による心停止(心臓性突然死)を発症させる原因となり得るほどに過重であったということはできない。他方で、慢性心不全は、その予後が極めて悪く、致死性不整脈発症の確率が高くなる上、とりわけNYHA2の患者群は、より重症であるNYHA3又は4の患者群よりも突然死の割合が高いという統計データもあることからすると、本件災害は、Aの慢性心不全がM社に就職する以前より格別増悪していない状態でも、その有する致死性不整脈の発症の危険が自然の経過において現実化することにより十分起こり得るものというべきである。
したがって、本件災害の基礎疾患であるAの慢性心不全は、業務によって自然の経過を超えて増悪したと認めることはできない一方で、本件災害は、Aの慢性心不全が有する致死性不整脈の発症の危険が、その自然の経過において現実化したものと解し得るから、これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法ではない。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2074号11頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
名古屋地裁 - 平成17年(行ウ)第58号 | 棄却(控訴) | 2008年3月26日 |
名古屋高裁 - 平成20年(行コ)第22号 | 原判決取消(控訴認容) | 2010年04月16日 |