判例データベース
地公災基金東京都支部長(都立高校教諭)脳出血事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金東京都支部長(都立高校教諭)脳出血事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和62年(行ウ)第121号
- 当事者
- 原告個人1名
被告地方公務員災害補償基金東京都支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1992年03月23日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和5年生)は、昭和28年9月1日に東京都公立学校教員に任命され、昭和41年4月からは都立S高校の教諭として勤務してきた。S高校は、当時学力面で都立高校の最低位に位置付けられており、家庭環境等にも問題を抱えている生徒が多かった。
昭和58年4月、同校は学級数を増やし、470人の新入生を入学させたが、この学年には、喫煙、暴力、授業妨害、器物破損、教師への反抗、暴言等の問題があり、卒業時までに58名の生徒が転退学した。原告は昭和58年度に新3三年生の担任をしたが、同学級には喫煙や暴力行為で謹慎処分を受けた生徒もおり、総じて授業態度が悪いなど、多くの教員に敬遠されていたところ、原告は請われて同学級の担任となった。
原告の平常の勤務は、週1回出勤を要しない研修日があり、土曜日は原則として半日勤務、その余の週日は残業があっても精々午後7時から8時頃までであった。原告が同学級の担任になってからは、間もなく授業妨害もなくなり、生活面でかなりの改善が見られ、卒業時まで、喫煙や暴力行為等の問題が表面化した生徒は1人もいなかった。
昭和58年12月初め頃、原告の担任の女生徒が家出し、昭和59年1月下旬まで戻らなかったところ、原告は写真を持って盛り場等を探し歩くなどした。また昭和58年度の卒業の可否について議論を要する生徒は全校で12名おり、そのうち6名が同学級の生徒であった。同高校では家庭的に恵まれない生徒も少なくなかったため、原告の学級でも授業料の未納者がおり、授業料の督促は本来事務の仕事であったが、生徒の家庭の事情を良く知る原告も事務から依頼を受けて納入の督促を行った。
昭和59年2月22日から25日までは都立高校の入試のため、原告は各高校の教員と共同して、同月22日に監督を行い、23日及び24日にその採点を行った。翌25日、原告は化学の授業のために登校し、授業後は帰宅して休養しようとしていたところ、学年主任から授業料滞納の督促を依頼され、担任としての限界を超えると一旦は拒否したものの、結局不承不承これを引き受け、その生徒宅に向かう途中、午後7時30分頃東十条駅近くで転倒して受傷した。その日原告は、傷の痛みと家庭訪問を一方的にさせられ腹立たしさによる興奮状態で余り眠れず、26日は日曜日のため受診せず、27日に病院で受診して骨折はなく打撲との診断を受けて湿布薬と鎮痛剤を投与され、28日は体調不良で欠勤したところ、学年主任から家庭訪問の結果を尋ねる電話が入ったことから、身体の心配もしないで事務的報告を求めたことに激怒した。原告は29日には出勤しようとしたが、体の痺れや頭痛を訴えて救急車で病院に搬送されて入院し、高血圧性脳出血と診断された。
原告は、本件発症は公務に起因するとして、被告に対し公務災害認定請求をしたが、右脳出血については公務外と認定する処分(本件処分)を受けた。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告が教育に対する強い使命感を持ち、少なくとも卒業時まで特段の問題を生じさせることがなかったばかりでなく、むしろ協調性のある学級とみられるところまで指導していったことは、高校教師の仕事振りとしてもとより高く評価されるべきものである。しかしながら、これを公務遂行による身体的、精神的負荷とりわけストレスの多寡という面から見れば、原告の職務の状況は、校務の分担等の基本においては一般の教諭と異ならないものであり、それなりの休日等も取っており勤務時間も決して長いとはいえず、特別の時間外勤務等もなく、特に原告の公務の遂行が不規則になったり多量になったりして原告に過重なストレスを形成したとみることは困難である。また質的にみても、なるほど原告が生徒指導に大いに工夫努力したことは認められるものの、そのことから直ちにストレスが大きいといえないことはもちろんである。そして、原告の工夫努力が報われていったこれらの仕事は、苦労があったにせよ、原告にとってむしろやり甲斐のある仕事であり、苦労の反面としての充実感もあったものと推認される。以上のような経過の中で原告が遂行した公務自体は、社会一般の、あるいは高校教師としての仕事から来る身体的、精神的負荷、ストレスの程度という観点からみると、未だ一般に比較して著しく重いものであったとまではいうことができず、またそれまでの原告の職務の状況に比して格別に過重なものであったとまではいえない。
一般に、高血圧性脳出血を発症させた有力な原因が公務遂行過程から生じた身体的、精神的ストレスであると認められる場合であっても、公務と疾病との間の相当因果関係が認められるためには、疾病の原因となった身体的、精神的ストレスが、当該公務の遂行過程で通常発生し得るといえるものでなければならないと解するのが相当である。換言すれば、そのストレスが、当該公務の遂行に随伴して発生する一般的蓋然性があり、通常考えられる因果関係の範囲内において生じた結果とみられるものであることが必要であり、当人の特殊な身体的又は精神的条件あるいは特異な行動などに基づき、通常考え得る因果関係の範囲から逸脱して発生したものである場合には、相当因果関係は否定されざるを得ないというべきである。これを本件についてみるに、原告の高血圧性脳出血の発症には、医師の指摘するようなストレスが関係していると解する余地も存在し、右ストレスそのものの発生が公務の遂行に起因するとみることもできる。しかしながら、右ストレスの発生は原告の特殊な性格あるいは特異な行動などに基づき、通常考え得る因果関係の範囲から逸脱して発生したものといわざるを得ないから、右ストレスと公務との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 地方公務員災害補償法26条、45条
- 収録文献(出典)
- 判例時報1414号111頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和62年(行ウ)第121号 | 棄却(控訴) | 1992年03月23日 |
東京高裁 − 平成4年(行コ)第44号 | 原判決取消(控訴認容) | 1993年04月28日 |