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天満労働基準監督署長(出稼労働者)脳出血死事件(過労死・疾病)

事件の分類
過労死・疾病
事件名
天満労働基準監督署長(出稼労働者)脳出血死事件(過労死・疾病)
事件番号
大阪地裁 − 昭和58年(行ウ)第27号
当事者
原告個人1名

被告天満労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年05月16日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 H(昭和14年生)は、昭和51年以降毎年11月頃から翌年3月頃までの間、ガス管敷設工事等を業とするT建設において出稼ぎをするようになり、主として大阪市内におけるガス管敷設工事等に従事していた。Hは出稼ぎ中は、T建設事務所に併設されたプレハブ建物の2階で同僚4人と生活していたが、風呂と便所は別の建物にあり暖房もなく、同室の5人の中で昼勤と夜勤に分かれることもあって、夜勤明けの場合、昼間によく眠れないこともあった。

 Hは、昭和53年は11月6日からH建設に勤務するようになり、全就労日数68日のうち昼間勤務は26日、夜間勤務は31日、両方に勤務した日は11日であった。また、本件発症1ヶ月前から発症前日までは、1月22日と25日には昼間の勤務後数時間休息して引き続き深夜勤務に従事しているし、2月6日から9日までは連続して深夜勤務に従事した。Hは同月10日は雨のため休み、翌11日も休みの予定であったが、当日指示があり、道路手直し工事に約20分間従事した。

 同年2月12日、Hは午前8時頃同僚4名と共に砕石や道具類を積んだ2トントラックに乗り、現場に赴いて午前9時頃から11時30分頃までブレーカーを用いた舗装割作業に従事した。この作業は、約29kgのブレーカーを両手で保持してその先端を路面に押し付けるような姿勢をとりながら切破するものであるところ、ブレーカーは振動を発生し人体に悪影響を与えるため、ブレーカーを含めた振動工具について労働基準局長通達により、金属又は岩石の切断や削孔等について、1日の作業時間は2時間以内、1連続作業時間は概ね10分以内とし、1連続作業の後5分以上の休止時間を設けること、それ以外の業務については1連続作業は概ね30分以内とし、1連続作業後5分以上の休止時間を設けることとされていた。Hらは昼食後の午後0時30分頃から作業を開始したところ、午後2時10分頃、Hはコンプレッサー車を運転して移動し終わったとき脳出血を発症し、直ちに病院に搬送されたが、同日午後5時40分に死亡した。

 Hは昭和48年6月に高血圧症との診断を受け、昭和51年4月上旬から同53年3月まで降圧剤を服用していたが、それ以降通院しなくなり、降圧剤の服用も止めてしまった。Hの血圧は、収縮期圧は高いときで190から200、普通の時で150から170,拡張期圧は高い時で130,普通の時で90から100であった。

 Hの妻である原告は、被告に対し、Hの死亡に関し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求を支給したところ、被告はHの死亡は業務上の事由によるものとは認められないとしてこれらを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して昭和54年7月27日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 業務上の起因性について

 労働基準法79条、80条所定の「労働者が業務上死亡した場合」とは、これを疾病による場合についていえば、労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に相当因果関係が存在することが必要である。本件において、Hが本態性高血圧症の基礎疾病を有しており、その増悪による脳出血によって脳出血が発症して死亡したところ、このように死亡の原因となった疾病が基礎疾病に基づく場合であっても、業務の遂行が基礎疾病を急激に増悪させて死亡時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡の原因たる疾病を招いたと認められる場合には、業務と死亡との間になお相当因果関係が存在すると解するのが相当である。

2 本件発症と業務起因性の有無

 本件発症がHの業務に起因するものであるか否かを判断するためには、まずHの高血圧症(基礎疾病)の状態がいかなる程度のものであったのか、すなわち脳実質内の血管が日常生活において通常予想される血液の上昇によっても破綻する程度にまで至っていたか否か、この点の判断が消極の場合には、更にHの当時の業務がより高度の血圧の上昇をもたらす内容のものであったか否かを順次検討する必要があることになる。

 Hは、昭和51年以降毎年11月から翌年3月まで出稼ぎに来ていたもので、生活環境の変化に加え、プレハブ建物の一室で5人が生活することは、夜勤明けの昼間よく眠れないなどの支障があり、精神的緊張をもたらし、かつ肉体的疲労を蓄積されるものであって、居室に暖房がなかったことは右緊張及び疲労の蓄積を助長するものであった。T建設では、仕事の受注時期及び工期の関係等で規則正しい勤務時間を組むことができず、夜勤が連続したり、昼勤に引き続いて夜勤に、夜勤に引き続いて昼勤に従事することもあり、また昼勤、夜勤、昼勤と連続して従事することもあった。このような不規則な就労、殊に冷え込みの強い冬季の屋外における深夜作業の連続は、前記住環境と相俟って一層の精神的緊張をもたらし、かつ肉体的疲労を蓄積させるものであり、高血圧症に悪影響を及ぼすものであることは容易に推認することができる。本件発症当日のHの作業内容は、本件現場におけるガス管の敷設工事であり、他の4名とともに、四車線道路を横断して舗装割り、砕石入れ、仮復旧をすることであり、右工事は通常の工事内容であるが、寒冷でかつ交通量の多い幹線道路上の工事であるため精神的緊張が要求された。この間、Hは合計110分の長時間を、重筋作業であると同時に騒音と振動を伴うブレーカー作業に従事した。

 Hの高血圧症(基礎疾病)は中程度のものであり、その自然増悪により脳出血(本件疾病)が引き起こされたものとは認め難く、むしろかかる状態に至っていなかったものと推認されるが、他方、出稼ぎという生活環境の変化と暖房のない住環境及び昼間、夜間の不規則な勤務に、休息時間の少ない連続勤務等が加わることによって精神的緊張が持続しかつ肉体的疲労が相当蓄積されてHの高血圧症に悪影響を及ぼしていたところ、発症日直前に4日間連続して寒気の強い夜勤に従事した上、発症日には交通量の多い幹線道路でブレーカー作業に比較的長時間従事したため、これらがHの高血圧症を急激に増悪させて本件発症を惹起せしめたものというべきであり、業務が基礎疾病と共働して死亡の原因を招いたと認めるのが相当である。したがって、同人の死亡は業務起因性を認めることができるというべきであるから、同人の死亡が業務上の事由によるものではないとした被告の本件処分は違法である。
適用法規・条文
07:労働基準法79条、80条,
99:その他労災保険法7条、12条の8、16条の2、17条
収録文献(出典)
判例タイムズ670号126頁
その他特記事項
本件は控訴された。