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京都市女性協会嘱託職員賃金差別控訴事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- 京都市女性協会嘱託職員賃金差別控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 - 平成20年(ネ) 第2188号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 財団法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年07月16日
- 判決決定区分
- 控訴棄却
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審被告)は、男女共同参画推進を目的とした京都市女性総合センターを、京都市の委託を受けて、平成6年4月から開館・運営を行ってきた財団法人であり、控訴人(第1審原告)は、平成6年2月に被控訴人に嘱託職員として採用され、平成12年3月末日(当初雇用期間)に一旦退職した後、平成16年4月に再度被控訴人に嘱託職員として雇用され、平成17年4月、平成18年4月にそれぞれ雇用契約を更新し、平成19年3月末日(本件雇用期間)に退職した女性である(退職時57歳)。
控訴人は、労働の内容が一般職員と同様であるにもかかわらず、被控訴人が一般職員よりも低い賃金を支給したことは、幸福追求の権利を定めた憲法13条及び法の下の平等を定めた憲法14条に違反すること、社会的身分による労働条件の差別的取扱を禁止した労働基準法3条及び賃金の男女平等を定めた同法4条、ILO条約その他の国際条約等で定められた同一価値労働同一賃金並びに民法90条に定める公序に反するから無効であるとして、不法行為に基づき、一般職員との賃金及び退職手当との差額376万8543円、慰謝料100万円、弁護士費用30万円の支払いを請求した。
第1審では、控訴人に対する処遇は憲法、労働基準法その他の法律、国際条約に照らして違法とはいえず、勤務形態も一般職員と異なること等から、控訴人の主張は採用できないとして、これを棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為となるか
憲法の規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではないところ、被控訴人は、京都市が全額出資して設立された財団法人ではあるが、私人であり、被控訴人の行為に憲法13条及び14条が直接適用されるかには疑義があり、むしろ実体法規の解釈に当たって憲法の規定を考慮要素とすることによってその趣旨を実現するのが相当である。
まず憲法14条は機会の平等を規定しているところ、労働基準法3条及び4条等の解釈・適用を通じて私人関係を規律することとなる。しかし、憲法13条についてはその文言自体抽象的であり、仮に同条が直接適用されるとしても、具体的な法規範性を見出すことは困難である上に、実体法規の解釈に当たって考慮要素とするにしてもどのように参酌すれば良いのかも明らかでない。
以上のとおり、本件賃金処遇が、憲法13条及び14条に直接違反するとの控訴人の主張は採用できないが、憲法14条の趣旨を踏まえて以下の検討をする。
2 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為といえるか
労働基準法3条が、憲法14条の趣旨を受けて、社会的身分による差別を絶対的に禁止したことからすると、同条の「社会的身分」の意義は厳格に解すべきであり、自己の意思によっては逃れることのできない社会的な身分を意味すると解するのが相当である。そして、嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから、同条の「社会的身分」には含まれないというべきである。よって、本件賃金処遇が労働基準法3条に違反し違法であるとはいえない。
3 本件賃金処遇が労働基準法4条に反し不法行為となるか
被控訴人は相談員として採用する嘱託職員については、募集に当たって性別を問わないものとしていたことが認められ、嘱託職員に適用する男女別の給料表を作成していたわけではないことを考慮すると、控訴人が女性であることを理由にして機会の平等を侵害するような作為を行ったとは認められない。したがって、控訴人についての本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いとはいえない。
控訴人は、被控訴人の嘱託職員は京都市退職者を除いて全員女性であること、非正規職員のうち女性が多数であり、非正規職員に対して一般職員より低い処遇をすることは女性の待遇を低くするものであって、間接差別であることを主張する。しかし、被控訴人における業務の内容及び男女共同参画センターの利用者である女性から見た場合、女性が業務を担当する方が利用しやすい側面があること、女性の立場から被控訴人への就職を希望する者も多いものと考えられること、一般職員においても10名のうち8名が女性であることを考慮すると、嘱託職員の待遇それ自体が間接的に女性を差別するものになっているとは認め難い。よって、本件賃金処遇が、男女平等を求める労働基準法4条に違反するとはいえない。
4 本件賃金処遇が同一(価値)労働同一賃金の原則等の理念、公序等に反し不法行為となるか
ILO100号条約2条1項は、同一(価値)労働同一賃金の原則について言及している。しかし、同条約3条1項では、同一(価値)労働同一賃金の原則の具体的な実現については、各加盟国に委ねられていると解され、同条約に自動執行力があるとはいえない。
国際人権規約A規約は、同一(価値)労働同一賃金の原則を一般的に宣言するとともに、男女差別の観点からは、同一労働に同一賃金が支払われるべきことを宣言している。しかしながら、その文言によれば、男女差別の観点からは、同一(価値)労働同一賃金の原則が貫徹されるべき旨を明言していると認められるが、これが国際社会のあるべきルールであり、常に保障されるべきであることまで具体的に宣言をしたものではないと考えられる。したがって、上記人権規約の規定が、同一(価値)労働同一賃金の原則という観点から見て自力執行力を有するものと解するのは困難である。
女子差別撤廃条約11条1項d項では、同一価値の労働についての同一報酬及び同一待遇についての権利並びに労働の質の評価に関する取扱いの平等についての権利を規定しているが、同条約も男女差別の点から国際社会のあるべきルールを宣言しているに留まり、同一(価値)労働同一賃金の原則それ自体について具体的な共通の規範を策定したものとはいえないから、同条約が同一(価値)労働同一賃金の原則という観点から自動執行力を有するものと解することはできない。
ILO156条条約は、子供や近親者の世話をするために職業生活に支障を来す男女労働者に対する保護を目的としており、同一(価値)労働同一賃金の原則を直接規定したものではなく、かつ法規範性を有する具体的内容を持つものでもない。
以上のとおり、控訴人の主張する各条約は、同一(価値)労働同一賃金原則に関する裁判規範性の根拠となるものではない。
5 労働基準法4条は同一(価値)労働同一賃金の原則を規定したものか
控訴人は、上記各条約の趣旨が国内法の解釈に取り入れられるべきであり、労働基準法4条は、同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものであると主張するが、同条が同一(価値)労働同一賃金の原則を定めたものであるとは文言上解釈し難いというべきである。
我が国の労働市場においては、労働者の賃金は、単純に労働により生み出された成果や付加価値、拘束時間により決定されるものではなく、多種多様な考慮要素を斟酌して決せられていたものであり、労働者側もこのシステムを受容し、支持してきた面があり、現在、いわゆる成果主義が取り入れられつつあるといっても、上記のような我が国の賃金決定方式が不合理であるということはできない。長期雇用制度の枠外にある非正規労働者については、一般的にいえば職務内容が限定的で責任も軽く、時間的な拘束も弱い場合が多い反面、賃金も固定的であるのが通常であると考えられる。そして、このような雇用形態の差異に基づく賃金決定を全面的に規制する実定法はなく、違法であるわけではない。
非正規労働者の雇用改善について、平成5年6月、短時間労働法が制定されたものの、短時間労働者に関する労働条件改善は努力義務とされていた。しかし、その後同法は改正され、非正規労働者の労働条件に関して、初めて一定の法律上の枠組みが設定されるに至ったところが、同改正法においても、賃金等の待遇に関して、通常の労働者と同視すべき短時間労働者については、同一(価値)労働同一賃金の原則を具体的に規定したものの、それ以外の非正規雇用労働者については努力義務規定が置かれたに過ぎない。また、平成19年12月に制定された労働契約法においても、同一(価値)労働同一賃金の原則の採用を正面から義務付けるような規定は置かれていない。以上、法律の規定の状況、我が国の雇用慣行等の事情を考慮すると、労働基準法4条が、同一(価値)労働同一賃金の原則を定めていると解することはできない。
6 均衡の理念について
控訴人は、同一(価値)労働同一賃金の原則が法規範として認められなくとも、均衡の理念が設定する公序違反としての不法行為を主張する。
いわゆるバブル経済の崩壊後、いわゆるワーキングプア問題や格差問題が生起してきていることは顕著な事実で、このような社会情勢の変化を反映して、短時間労働者法の改正がなされ、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という限定された範囲ではあるが、賃金決定等について差別的取扱いをしてはならないと規律し、これに該当しない短時間労働者についても「通常の労働者との均衡を考慮しつつ」その賃金を決定するように規定し、更に労働契約法は、「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と規定した。以上の法律関係とその背景を総合すると、上記法規、憲法14条及び労基法の基底には、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間における賃金が、同一(価値)労働であるにもかかわらず、均衡を著しく欠くほどの低額である場合には、改善が図らなければならないとの理念があると考えられる。したがって、非正規雇用労働者が提供する労働が、正規雇用労働者との比較において同一(価値)労働であることが認められるにも関わらず、当該事業所における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差が生じている場合には、均衡の理念に基づく公序違反として不法行為が成立する余地があると解される。
7 控訴人の労働と一般職員の労働との比較
本件で不法行為が成立するには、(1)控訴人の労働が、一般職員との比較において同一(価値)労働と認められること、(2)被控訴人における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差が生じていることが必要であると考えられる。控訴人は一貫して相談担当であったところ、本件雇用期間の相談員3名はいずれも嘱託職員であるから、相談業務について比較対照すべき一般職員はいない。
控訴人は、相談業務の質が低いものではなかったと主張し、被控訴人専務理事も相談業務の質が一般職員の業務内容と比べ低いとは全く考えていなかったと述べているが、そこでいうところの相談業務の質や一般業務の質の意味内容は明らかではない。控訴人は、質が低いものではないという主張を通じて、相談業務と他の一般職員の労働が同一価値であることを強調していると考えられるが、そこでも両者を比較対照できるほど個別、具体的であるわけではない。
また、相談室担当の嘱託職員の職務は相談業務に特化しており、他の部署への人事異動は考えられておらず、その在職期間についても比較的短期であることが認められる。このような点からみて、被控訴人は、相談業務の特質に応じて、それを業務全体に通暁した基幹職への成長が期待されている一般職員ではなく、比較的短期間在職することを予定され、相談という専門的で特殊な職能に適応した嘱託職員を採用して割り振り担当させていたとみるべきである。その状況に照らすと、相談業務を担当する嘱託職員の労働が一般職員の労働と同一価値であるとまで認めることはできない。
被控訴人の一般職員の採用試験の受験資格は、ほぼ20歳から30歳の短大・4年制大学卒業者が有するのと同等程度の能力を有する者とされ、教員、社会教育主事等何らかの免許を取得していることを採用の条件としていた。しかし、嘱託職員の採用に関しては原則として35歳以上とし、資格保持をその要件とはしていなかった。終身雇用を前提とする職場においては、組織全体の職務を把握しながら管理職員として処遇されていくために、職務の変更を伴うことが一般的であるところ、被控訴人においても一般職員は異なる業務に就くことがあったと認められるが、相談業務を担当する控訴人については、異動が予定されていなかった。
以上によれば、控訴人の職掌が相談業務及びこれに関連する業務に限定され、比較対照すべき一般職員が見当たらない上に、年齢等の採用条件が一般職員とは異なっており、また採用後も職務上の拘束が弱く、負担も一般職員より軽い扱いであったことなどの差異があったと認められ、これらの点を総合すると、控訴人の労働が一般職員の労働と比較して、同一又は同一価値であるとは認めることができない。
8 賃金格差
控訴人は、その労働が一般職員の労働と比較して同一又は同一価値と認めることはできない場合であっても、その労働価値の差異に比べてなお賃金格差が著しいことを理由に、その賃金格差を設けたことが不法行為に該当する旨主張する。しかし、控訴人は平成16年3月、基本賃金月額14万2000円、期間1年などの条件の説明を受けた上被控訴人に就職し、その後もほぼ同条件の嘱託職員契約に応じていることが認められる。そして、改正短時間労働法においても、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」以外の短時間労働者については努力義務としている点に照らせば、同一(価値)労働と認められるに至らない場合においても、賃金に格差があれば直ちに賃上げを求めることができる権利については、実定法上の根拠を認め難いというべきであり、賃金に格差がある場合に常に公序違反と扱い、不法行為に該当すると断定することもできない。なお、仮に控訴人主張のような法理を是認することができるとしても、労働の価値を判断する上で控訴人の比較対照し得る一般職員を見出すことができない上に、本件の控訴人の労働と一般職員の労働との間には、被控訴人における慣行や就業の実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差があるとまで認めることもできない。 - 適用法規・条文
- 01:憲法13条、14条、02:民法90条、709条、07:労働基準法3条、4条、
- 収録文献(出典)
- 労働判例1001号77頁、労働法律旬報1713号40頁、労働判例1002号頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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京都地裁 − 平成18年(ワ)第3346号 | 棄却 | 2008年07月09日 |
大阪高裁 - 平成20年(ネ) 第2188号 | 控訴棄却 | 2009年07月16日 |