判例データベース

情報システム専門職配転控訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
情報システム専門職配転控訴事件
事件番号
東京地裁 − 平成20年(ワ)第29339号
当事者
原告個人1名

被告X社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年02月08日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、皮革製品、衣料等の輸入販売等を業とする株式会社であり、Y社の日本法人であって、平成20年10月当時、銀座店の他、デパート等に数十の店舗を有していた。一方原告は、平成4年に大学を卒業後、他社にて約8年間、システム・エンジニア又はプロジェクトリーダーとして、ITプロジェクトに携わった後、平成14年7月に被告に雇用され、本社情報システム部において、チーフとして業務に従事していた。

 原告は、被告に採用されてから約5年半にわたり、情報システム部において、プロジェクトリーダーとして、被告の約20店舗の情報システム新規提案等の業務を遂行してきたところ、その評価は、平成18年度の業績(目標管理)評価がD、能力発揮度評価がEであり、平成19年度の業績評価及び能力発揮評価がいずれもEと最低であった

原告は、平成16年3月1日、E人事部長と面談し、自らのノートに差別的な言葉を落書きされたこと、差別や嫌がらせを訴えた際、Cゼネラルマネージャーが差別を否定したこと訴え、その後も差別的な言葉をいたずら書きされたこと、器具を破損されたことなどを訴えたが、E人事部長から引き継いだF総務部長は、同年4月16日、調査の結果不審な点は見つからなかった旨原告に伝えた。原告は、平成17年4月28日、当時の被告社長に対し、差別等について面談し、同社長は過去に問題があったことは遺憾であって、原告に50万円支払うこと、関係者に厳重注意をした旨伝えたが、原告は具体的な処分がされていないと言って、関係者の処分、自らの昇給等を要求する書面を提出した。

原告は、平成18年4月7日、東京労働局総合相談コーナーに赴き、嫌がらせと差別について相談をし、その後同労働局に対し、「X社における一連の同和差別事件について」と題する平成18年5月30日付けの書面を提出した。被告は同年7月24日に回答書を提出したが、同労働局は原告に対し援助を終了する旨伝え、手続きは終了した。

原告は、平成19年12月ないし平成20年1月、仮店舗移転の実作業を担当していたKが、プロジェクトリーダーの原告の依頼に対応しないなどのトラブルの結果、G部長からプロジェクトを外れるよう指示された。原告は、人事部に訴え、同年2月8日及び26日、L人事部長、M人事部マネージャー、G部長と面談し、原告は情報システム部で引き続き勤務したい旨を伝えた。

原告は、同年3月4日、L人事部長及びMマネージャーと面談し、その際同月16日付けで銀座店ストックへの配転の内示を受けた。G部長は、原告に対し、これまでの仕事振り、考え方からすると、今後同部で業務に従事することは原告・被告双方にとってメリットがないと説明したが、原告は本件配転命令を嫌がらせであると不満を述べ、人事部に対しても納得できない旨伝えた。銀座店ストックは、銀座店の革製品及び洋服等の在庫を管理しており、13名の従業員が4種類のシフト制で勤務しており、原告は本件配転により、就業内容と勤務時間に変更が生じたほか、裁量労働制が適用されなくなった結果、月額2万8200円の裁量手当が支払われなくなった。

 原告は、本件配転は、職種限定の合意に反し、配転命令権を濫用した無効なものと主張し、配転先である銀座店ストックで就労する雇用契約上の義務がないことの確認を求めるとともに、同配転が不法行為に当たるとして、これによって被った精神的損害について、慰謝料150万円を、また、被告が原告の被害申告に適切に対応せず、差別的取扱や嫌がらせを放置した就業環境配慮義務の不履行があると主張し、これによって被った精神的損害について、債務不履行により慰謝料150万円の支払を請求した。
主文
1 原告が被告に対して被告の銀座店ストックにおいて就労する雇用解約上の義務がないことを確認する。

2 被告は、原告に対し、金50万円及びこれに対する平成20年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。

5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 銀座店ストックにおける就労義務の不存在確認請求について

 原告は、約8年間、他社において、システムエンジニア又はプロジェクトリーダーとして携わってきた経歴を有し、被告に採用されるに至った経緯を見ても、情報システム専門職に就くべき者として中途採用された者である。また、採用面接においても、原告に対し、情報システム部において被告のITシステムのリプレース作業を担当してもらいたい、将来的には同部部長になってもらいたいとの話があったこと、実際本件配転命令までの約5年半の間、同部において情報システム関連の業務に従事していた。

 被告の就業規則には、被告は必要に応じ、従業員の就業場所、勤務の内容、職務上の地位等の人事異動を行うことができること、この場合従業員は正当な理由なしにこれを拒んではならないと規定されているところ、平成13年以降、情報システム部の従業員に限っても、他部署への異動が3名存している。そうすると、原告の経歴、採用の経緯、被告における就労状況等の事実があるとしても、本件雇用契約締結に際し原告に限って就業規則の上記規定を排除したという事情も窺えない以上、原告を情報システム専門職以外の職種には一切就かせないという職種限定の合意が成立したとまで認めることはできない。

 しかしながら、経歴、被告に採用されるに至った経緯からみても、原告は情報技術に関する経歴と能力が見込まれ、情報システム専門職に就くべき者として中途採用された者である。また被告においては、中途採用者について、様々な職種や職務を経験させることによりそのキャリアを形成させていくといった人事制度が採られているとも考え難いから、原告が被告において情報システム専門職としてキャリアを形成していくことができるとする期待は合理的なものであり、法的保護に値するものといわなければならない。

 本件配転命令は、銀座店ストック担当の正社員が退職し、欠員が生じたことによるものであるが、平成20年1月以降その補充が図られていたばかりでなく、業務に精通した正社員を配転することによりその補充を図らなければならないといった事情を窺うこともできず、当時情報システム部に所属していた者が特に異動先にこだわることなく同部から異動を希望していたのであるから、同ストックに原告を配転しなければならない業務上の必要性は決して高いものではなかったというべきである。一方で、原告に対する同部の評価はほぼ最低のものであり、また原告のG部長及び同部部員に対する言動には不適切と評価せざるを得ないものがあり、それが同部の円滑な業務の遂行上妨げとなっていたことも否定できない。しかしながら、これらは必ずしも原告のみその責めが存するともいえないのであって、原告を同部から放逐せざるを得なかったといえる程度にまで、原告の言動に問題が存したということもできないから、本件配転命令に係る業務上の必要性は高くないといわざるを得ない。加えて、配転先である銀座店ストックにおける業務は、原告が有する情報技術に関する技術や経験を活かすことができるものではおよそなく、銀座店ストック以外の他の部署に原告を配転する余地がなおあるか否かについて、真剣な検討がなされたとも考え難いところである。

 そうすると、本件配転命令は、業務上の必要性が高くないにもかかわらず、被告において情報システム専門職としてのキャリア形成をしていくという原告の期待に配慮せず、その理解を求める等の実質的な手続きを履践することもないまま、その技術や経験をおよそ活かすことのできない銀座店ストックに漫然と配転したものといわざるを得ない。このような事実関係の下においては、本件配転命令は、配転命令権を濫用するものと解すべき特段の事情があると評価せざるを得ないから、無効というべきである。

2 不法行為に基づく損害賠償請求について

 本件配転命令は、業務の必要性が高くなかったにもかかわらず、被告において情報システム専門職としてのキャリア形成をしていくという原告の期待に配慮せず、その技術や経験をおよそ活かすことのできない、労務的な側面をかなり有する銀座店ストックに配転したものであり、本件転勤命令に際し、原告から再考を求められたにもかかわらず、その技術等を活かす余地のある他の部署への配転を真剣に検討することもなかったことを併せ考えると、被告において不法行為責任は免れない。

 平成20年3月以降、銀座店ストックにおける就労を余儀なくされた原告において、相当の屈辱感を受けたことが推認されるが、一方で、本件配転命令については原告を退職にまで追い込もうとするなどの不当な動機・目的を有していたとまでは認められないこと、本件配転命令が無効であると実質的に確認されること自体により、原告が被った精神的苦痛が相当程度慰謝されると見込まれること等本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝すべき額は、これを50万円とするのが相当である。

3 就業環境配慮義務違反に基づく損害賠償請求について

 原告は、就業環境配慮義務が発生する具体的事情として、原告が同和差別用語を落書きされるといった被害を受けており、被告に対し、その被害等に関して対応を求めたと主張するが、同和差別用語の落書きを書類やキーボード等にされたという事実については、他に同様な被害を受けた者も存在しない中、そもそも疑念を差し挟む余地がないではない。また、原告は平成15年11月から書類に何度も落書きされるようになり、平成16年1月にはキーボード等に同和差別用語を落書きされたと供述するが、原告がD部長に対し、同和差別用語の落書きについて初めて被害申告をしたのは、平成16年2月19日に至ってのことであることなどから、不自然とのそしりは免れない。

 また、被告は、原告の被害申告と調査依頼を受け、情報システム部部員の退社時間を調査したり、D部長(G部長の前任)らから報告書を提出させるとともに、同部部員から事情を調査するといった調査を実施したのであり、その結果として、原告が主張するような差別や嫌がらせがあったと認定することはできないと判断しているところ、このような判断をしたことが誤りであったということもできない。したがって、このような判断を前提としてされた原告に対する被告による一連の対応が不適切であったということもできない。更に、その余の差別や嫌がらせとして原告が主張するところは、いずれも原告又は原告が属すると主張するグループへの差別や嫌がらせと認めることはできない。

 以上によれば、被告において、原告に対する差別や嫌がらせの中止措置、実行者の処分及び配置換え並びに再発防止対策等を講ずべき義務又はD部長、G部長及びKを中心とするグループによる原告に対する差別的取扱いと嫌がらせの改善指導措置を講ずべき義務があったということはできない。

 以上によれば、原告の就業環境配慮義務違反に基づく損害賠償請求は、理由がない。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、715条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2067号21頁
その他特記事項