判例データベース
京都(大学教授)週刊誌セクハラ公表名誉毀損控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 京都(大学教授)週刊誌セクハラ公表名誉毀損控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 - 平成20年(ネ) 第894号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社B、個人3名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月15日
- 判決決定区分
- 原審一部変更(一部認容・一部棄却)
- 事件の概要
- 1審被告会社(被告会社)は書籍、雑誌等を発行する株式会社、1審被告(被告)Lは被告会社が発行する「週刊B」の編集者、被告M及び同Nは本件記事を取材した週刊Bの記者であり、平成17年11月17日発売の「週刊B」に、「人権擁護派甲教授「学内セクハラ」を被害者が告発」との見出しで記事(本件記事)が掲載された。
本件記事は、次のような内容となっている。
(1)一審原告が各所で「大学院生のAが愛人にして欲しいと言ってきて困る」と吹聴し、原告が当時信頼していた大学院生のNに対し、平成15年10月、Aとわかる表現で、その女性が宴席で「米国で6人の男性とセックスした。日本ではまだしたことはない」などと言って、原告に触ってきた旨の手紙を送った(本件記事1)。
(2)当時院生だったCが、平成14年10月にマルタで、原告の部屋で仕事の手伝いをしていた際、原告から性的な誘いを受け、恐怖を感じてバスルームに閉じ籠もり、その旨2002年10月26日と記載したメールを男性の友人Kに送った(本件記事2)。
(3)原告は、大学院生の中でティーチング・アシスタント(TA)の希望者がいないことから、TAの資格を有する大学院生らに「信頼関係は0に近い」などと抗議のメールを送ったところ、大学院生の間では博士論文の審査において不利益を受けることを心配して、O教授に訴える者が出てきて、これを受けたO教授は教員宛てに働きかけ、原告の発言は大学院生に対する脅迫に近いと訴えた。原告は、以前その指導を受けていた大学院生Nが原告に批判的な立場に回ったため、訴訟も辞さないこと、自分が博士論文の主査であること等を強調し、脅迫に及んだ(記事3)。
(4)一審原告はR大学学生Eら数人と食事して以降、Eに対して「僕はもうおじいちゃんだから、エッチして先いっちゃったって、Eちゃんに怒られたらどうしよう」、「僕は一人暮らしだからマンションにお出でよ」、「一緒に海外出張に行こうよ」という卑猥な内容の電話をした(本件記事4)。
(5)一審原告はネパールからの留学生Hに対する報酬の半額をピンハネしていた(本件記事5)。
(6)セクシャルハラスメント防止委員会委員長名義の、原告のセクハラに関する文書のコピーの一部が公表され、原告の発言は明らかにキャンパスセクハラに相当するものであり、原告の猛省を求めるとの指摘がなされた。このコピーについては、セクハラ委員会が出した「認定文書」という注記が加えられ、本件見出しについては、「「人権擁護派」大学教授「学内セクハラ」を被害者が告発!」となっており、これに続くリード記事では「このセクハラを大学当局が認定した」とされた(本件記事6及び見出し)。
本件大学の新聞学教授である第1審原告(以下「原告」)は、本件一連の記事及び見出しにより、甚大な精神的被害を受けるとともに、社会的評価を著しく低下させられたこと、大新聞に掲載された結果、週刊B80万部の数十倍の影響を受けたと推測されること、本件記事は2チャンネル等で引用されていること、被害は継続的に拡大していることを主張し、被告会社、被告L、同M及び同Nに対し、不法行為(被告B社については使用者責任)に基づき、慰謝料1億円及び弁護士費用1000万円を請求するとともに、被告会社に対し、謝罪文の掲載を請求した。
第1審では、原告の請求を一部認容し、被告各自に対し、慰謝料250万円、弁護士費用25万円の支払いを命じたところ、被告らは原告の請求の棄却を求め、原告は慰謝料の増額を求めて、それぞれ控訴に及んだ。 - 主文
- 1 1審原告の本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
(1)1審被告らは、1審原告に対し、各自550万円及びこれに対する平成17年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審被告らの本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第1。2審を通じてこれを5分し、その1を1審被告らの、その余を1審原告の負担とする。
4 この判決の第1項(1)のうち、原審の認容額を超えて支払を命じる部分は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 1審原告の本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
(1)1審被告らは、1審原告に対し、各自550万円及びこれに対する平成17年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審被告らの本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第1。2審を通じてこれを5分し、その1を1審被告らの、その余を1審原告の負担とする。
4 この判決の第1項(1)のうち、原審の認容額を超えて支払を命じる部分は、仮に執行することができる。
○判決要旨
1 本件記事3の真実性について
原告は、大学院生の中でティーチング・アシスタント(TA)の希望者がいないことから、TAの資格を有する院生らに抗議のメールを送ったところ、大学院生の間では博士論文の審査において不利益を受けることを心配して、O教授に訴える者が出てきて、これを受けたO教授は原告について従来から問題があると考えていたことから、教員宛てに働きかけ、原告の発言は院生に対する脅迫に近いと訴えた。原告は、以前その指導を受けていた大学院生Nが原告に批判的な立場に回ったため、訴訟も辞さないこと、自分が博士論文の主査であること等を強調し、脅迫に及んだことが認められる。
博士号の取得は、研究者として重要な位置を占めているところ、博士課程の大学院生にとって博士論文の合否は非常に重要なものであって、その資格審査権限を有する教員から博士論文の審査資格を殊更強調して、このままでは信頼関係は無い旨述べられれば、それを受け取った大学院生らは不利益を受けると認識するのが自然である。そうすると、原告が殊更その地位を強調した大学院生に再考を促すメールの内容はハラスメントに当たることは否定できない。そうすると、原告は、本件新聞学専攻大学院生にハラスメントを行ったというべきであり、これらを記載した本件記事3の事実は真実であると認めることができる。
2 本件記事1の真実性について
被告らは、原告が各所で「Aが愛人にして欲しいと言ってきて困る」と吹聴していると記載しているが、その根拠は、Aが原告からそのような噂が流れていると告げられたとき、馬鹿らしいと返事をしたら、原告の態度が豹変したということにある。そして、原告がそのような吹聴した現場を見聞きした事実は認められない。また、原告がNに対し、平成15年10月、Aとわかる表現で、その院生が宴席で「米国で6人の男性とセックスした。日本ではまだしたことはない」などと言って、原告に触ってきた旨の手紙を送ったことが認められる。しかしこの手紙は、親展と記載された私信であり、TA問題でAを非難し、自己弁護する中で記載したもので、N以外への公表が予定されず、特に第三者への公表をしないで欲しい旨断っていることが認められるから、同手紙を送ったことをもってセクハラ行為とすることはできない。以上によれば、本件記事1については、これが真実であるとの立証はない。
発行部数80万部という週刊誌において、大学教授が大学院生にセクハラを行ったという記事は、その大学教授の教育者及び研究者としての生命を事実上奪うことになり得るものであるし、他方、セクハラ被害を受けたという大学院生にとっても、その内容によっては不利益を受けかねないものであるから、このような記事を掲載するに当たっては、慎重で確実な取材とともに、事実の有無については厳密な判断を求められるところである。ところが本件記事1に関する資料は、その殆どをO教授、A、Nから提供され、本件記事の作成にはO教授が深く関与し、同教授の情報提供がなくては成り立たない状況であったことが推新される。ところで、O教授、A、Nと原告とは、平成16年以降は敵対関係にあったといって過言でなく、本件大学のセクハラ委員会が再調査を始めたという状況の中で、O教授が、教授という立場にありながら、被告らへの情報提供をしたのは、本件大学への不信感と原告への強い敵対意識を窺わせる。被告らは、取材の過程で、O教授及び実質的にその指導下にあったA、Nが原告と敵対関係にあったことを認識していたと認めることができる。しかるに、上記のとおりAに対する原告のセクハラ行為を直接裏付ける資料は皆無に近かった上、Aが原告に愛人にして欲しいと言ってきたということは、新聞学専攻教員などの関係者に取材すれば、その真偽を容易に裏付けることができたのに、これをしていないことを踏まえると、本件記事1に関する取材は不十分であって、被告らが本件記事1に関する事実を真実と信じるについて相当な理由があったとはいえない。
3 本件記事2の真実性について
被告らは、当時大学院生だったCが、平成14年10月にマルタで、原告の部屋で仕事の手伝いをしていた際、性的な誘いを受け、恐怖を感じてバスルームに閉じ籠もっていたと主張し、2002年10月26日と記載したその旨のメールを男性の友人Kに送ったと主張し、その記録を証拠として提出している。
電子記録はその性質上改ざんしやすいものであるから、これを証拠資料として採用するためには、その記録が作成者本人によって作成され、かつ作成後改ざんされていないことを確認する必要がある。しかるに、上記メールについては、O教授の陳述書に添付されたもので、独立の文書として提出されたものではなく、その作成については認否の対象ともなっていないし、その作成についてC自身の陳述は得られておらず、その内容には明らかに事後に変更が加えられている。被告らは、Kの陳述書を提出し、これにはKが平成14年10月26日に上記メールと同内容のメールをCから受け取ったことなどが記載されているが、KもO教授の指導を受けた関係にあり、同教授の支持者として行動していることが認められることからすれば、これをもって、上記メールの作成者がCであり、何らの改ざんもされていないと断定することは困難である。被告らは、上記メールにはシシリーに旅行した事実が詳細に記載されるなど、内容からみてCが作成したものと主張するが、上記メールが原告から強姦まがいの行為を受けたという内容であることからすると、そういう内容のメールを男性に送ることに若干の疑問があるし、平成14年11月4日付けの原告宛のメールの感謝を伝える内容、平成15年7月30日付けのメールでは原告に帰国日程を伝え、「素晴らしい再会になりそうですね」と記載している等のものがあり、共に同一人物のメールとすれば、内容に落差がありすぎる。また、Cは平成15年3月頃には、原告の新聞学言論のTAをやっても良い旨申し出ていたことがあるとも認められ、原告から強姦されそうになったというのであれば、Cが原告の講義のTAを引き受けても良い旨意思表明することは考え難い。そうすると、本件記事2の事実を真実とする被告らの主張は採用できない。
4 本件記事4の真実性について
本件記事4は、原告がR大学学生Eら数人と食事して以降、Eに対して「僕はもうおじいちゃんだから、エッチして先いっちゃったって、Eちゃんに怒られたらどうしよう」、「僕は一人暮らしだからマンションにお出でよ」、「一緒に海外出張に行こうよ」という卑猥な内容の電話をしたというものである。ところで、Eが作成し送付したという書面の内容については、いずれもEが作成したかどうかを確認する客観的な証拠はない。セクハラ被害者から被害事実を直接聞くことは避けるべき場合もあるが、伝聞によって被害事実を認定するには、その伝聞事実を述べる者について相当程度の信用性を必要とするし、供述者に対する反対尋問のテストをしなくても真実性を担保できる事情が必要である。そうすると、原告と敵対関係にあったAの供述及び陳述書は採用することはできないものである。
以上によれば、本件記事4の事実を真実と認めるに足りる証拠はないから、被告らの主張は採用できない。
5 本件記事5の真実性について
被告らは、原告がネパールからの留学生Hに対する報酬の半額をピンハネしていたと主張する。しかし、Hは、原告の意向を受けて報酬の半額を拠出することを了解しており、平成12年6月ないし11月分として1ヶ月当たり2万円の合計12万円を拠出したが、その金員はマスコミ学会の費用として使用され、Hもそれを了解していたことから、原告が強要したとは認められない。
6 本件記事6及び見出し等について
本件記事6のうち、Z大学セクシャルハラスメント防止委員会委員長名義の、原告のセクハラに関する文書のコピーの一部が掲載され、原告の発言は明らかにキャンパスセクハラに相当するものであり、原告の猛省を求めるとの部分は、セクハラ委員会報告書に記載があるという点に関する限り、虚偽の事実を記載するものではない。しかしながら、上記コピーについては、セクハラ委員会が出した「認定文書」という注記が加えられており、本件見出しとリード記事を併せて本件記事6を読んだ一般の読者は、原告が本件大学内でセクハラを行い、その被害者が被害を告発し、セクハラ委員会が学内セクハラを認定した旨受け取ることになる。上記報告書の内容は、必ずしもセクハラを断定的に認定したものではないが、本件記事は、判断を留保している事実を割愛し、結論部分を、原告のセクハラ行為があったとすることを強調する形で採用し、記事を構成している。
本件見出しについては、「「学内セクハラ」を被害者が告発!」とするものであるところ、上記認定のとおり、A、Cに対するセクハラはいずれも真実と認めるまでの証拠はない。本件見出し部分は強姦まがいの行為を連想させるような単語は用いられていないが、あたかもその記載があれば告発とともにそれに対応する行為があることを窺わせるもので、それに本文中のリード記事などを踏まえると、本件見出し自体を真実ということには疑問が生じる。
本件記事6及び本件見出しについては、全体として、原告がセクハラ行為を行ったことを強調する記事といえるが、本件記事1、2及び4についてそれが真実であると認めるまでの証拠がない以上、これらについても真実であると認めるまでの証拠がないといわざるを得ない。
7 本件記事の違法性及び損害
名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に関わり、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明された場合には、同行為は違法性を欠くこととなり、不法行為とはならない。ところで、本件記事3についてはそれが真実であると認められ、この記事に関する限りは、公共性及び公益性を肯定でき、違法性はないといえる。しかしながら、本件記事1、2、4ないし6、本件見出しに関しては、これを真実と認めるに足りる証拠がない。そして、被告らの上記記事に関する取材は、原告と敵対する者のみからのものである等不十分なものであって、被告らがこれを真実と信じるについての相当の理由もない。そうであれば、被告L、M及びNがこれを記事にしたことは違法であり、本件ホームページ及び本件広告もまた違法といわざるを得ない。そこで、被告L、M及びNはいずれも民法709条により、被告会社は同法715条により、原告に対して不法行為責任を負う。
原告の請求は、被告らに対し、各自慰謝料として500万円、弁護士費用として50万円の支払を求める限度で理由がある。原告は、その名誉回復のために謝罪広告を強く求めるが、本件の当事者でもないのに、その同意もないままに、セクハラ被害者として記事にされた者が更に不利益を受ける可能性が否定できないこと、原告の名誉回復には他の手段もあることからすると、その主張は採用できない。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、715条1項、723条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1313号271頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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