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国鉄鹿児島自動車営業所事件

事件の分類
その他
事件名
国鉄鹿児島自動車営業所事件
事件番号
鹿児島地裁 − 昭和61年(ワ)第118号
当事者
原告個人1名

被告個人2名
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年06月27日
判決決定区分
一部却下・一部棄却
事件の概要
 原告及び被告らは、いずれも国鉄の職員であり、原告は国鉄九州総局鹿児島自動車営業所の運輸管理係で国労の門司地本中央支部自動車分会鹿児島地区協議会議長、被告Aは同営業所所長、被告Bは同営業所首席助役であった。

 昭和60年7月23日、原告が国労の組合員バッヂを着用したまま点呼業務を行おうとしたため、被告らは原告に対し本件バッヂを外すよう命じたが、原告はこれに従わなかった。そこで被告らは原告に対し、同月23日、24日、8月5日、6日、16日、17日、22日、23日、29日及び30日の10日間にわたり、原告を本来業務から外し、営業所構内に降り積もった火山灰を除去する作業(降灰除去作業)を命じ、これに従事させた。

 原告は、降灰除去作業は労働契約上の業務ではないこと、本件業務命令は原告が組合員バッヂ離脱命令に従わなかったことによるものであるところ、同命令は団結権に対する不当な介入であり、原告は組合員として従わなかったのは当然であること、同命令は離脱命令に従わない原告に対して懲罰的な報復を加えて、他の組合員に対する見せしめとするためであることなどを主張し、被告らの本件業務命令は不法行為を形成するとして、被告ら各自に対し慰謝料50万円を請求した。
主文
1 被告らは原告に対し、各自金10万円及びこれらに対する被告Aは昭和61年3月14日から、被告Bは同年2月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4 この判決は、原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件業務命令の違法性

 使用者が労働者に対し労働契約に基づき命じ得る業務命令の内容は、労働契約上明記された本来的業務ばかりでなく、労働者の労務の提供が円滑かつ効率的に行われるために必要な付随的業務をも含むことは言うまでもない。しかしながら、そのような業務であっても、使用者はこれを無制限に労働者に命じ得るものではなく、労働者の人格、権利を不当に侵害することのない合理的と認められる範囲のものでなければならないものというべきである。そして、その合理性の判断については、業務の内容、必要性の程度、それによって労働者が蒙る不利益の程度などとともに、その業務命令が発せられた目的、経緯なども総合的に考慮して発せられる必要があるものと解される。

2 組合員バッヂの離脱命令の当否

 先ず、被告Aが原告に対し、組合員のバッヂの離脱命令を発したことの当否について検討すると、組合員バッヂはその着用者が組合員であることを表示するとともに、その着用によって組合に対する帰属意識を持たせ、ひいては組合の団結心を高める心理的作用を営むものと認められるところ、団結権を保障された労働組合にとって、組合員の団結心を高めて組織の維持強化を図ることは重要な意味を持つものであるから、使用者としてもみだりにその着用を禁止したり、着用者に対して離脱命令を発することは許されないと解されるが、一方、国鉄職員は公務員とみなされ(日本国有鉄道法34条)、使用者たる国民に対してその勤務時間中は職務に専念すべき義務があり(同法32条2項)、その肉体的、精神的活動を職務の遂行にのみ集中しなければならないものであるから、組合員バッヂの着用が右職務専念義務に反するものである場合は、使用者としても、組合員に対して勤務中はバッヂを外すべきことを命じ得るものと解すべきである。

 これを本件についてみると、本件バッヂは着用者が組合員であることを表示しているのみであって、他に何らかの具体的な主義主張を表示しているものではなく、その点において、具体的な主義主張を外部に表示するワッペンや人目を引き業務の円滑な遂行に支障を来す虞れのある赤腕章などとは性質、業務遂行性の程度を異にする着用物であると認められる。しかし、被告らが組合員バッヂの着用を禁止し、離脱命令を発するに至ったのは、当時国鉄は経営上の危機に瀕しており、その再建を迫られる一方、職場規律の是正が求められたため、右のような国鉄全体が置かれていた危機的状況を受けて、自動車部は傘下の各営業所に対し、職場規律の確立に力を入れるよう指示し、その一つとして業務中のワッペン、赤腕章等の着用を禁止するとともに、氏名札の着用を指示し、中でも職場規律の乱れが全国でも最悪と指摘された鹿児島営業所所長であった被告Aは、被告Bら管理職らとともに、勤務時間中のワッペン、赤腕章の着用を禁止するとともに、氏名札と着用場所が競合するとして、組合員バッヂの着用をも禁止し、着用者に対して離脱命令を発した経緯によるものと認められる。

 以上の本件当時国鉄が置かれていた状況、ことに労働者、使用者が一体となって経営の再建に取り組むべき状況にあったことを考えると、使用者が労働者に対して、これまで以上に職務に専念すべきことを要求することは当然許されることであるし、そのため従来は労使慣行として行われてきたことについても見直しを図ることにも合理的理由があり、ワッペンや赤腕章とは業務阻害性の程度が異なるものの、組合員バッヂを着用して勤務することは勤務時間中の組合活動に外ならないから、組合員バッチの着用を禁止する措置に出ることにも一応の合理性が認められるというべきである。ことに本件の場合、当時国鉄が経営合理化のために打ち出す種々の施策に対して、原告の所属する国労が反対する方針をとり、そのため労使間は恒常的に対立した状況にあり、鹿児島営業所においても、ワッペン、赤腕章の着用などの闘争が行われ、被告ら管理職と原告ら組合員とは対立した状況にあったことに照らせば、組合員バッヂの着用は組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有するものであって、職務規律を乱す虞れを生じさせるものであり、職務専念義務に違反するところがあると言わざるを得ない。そうすると、結局、被告らが原告に対して組合員バッヂの離脱命令を発したことには合理的な理由があるというべきである。

3 本件降灰除去作業命令の当否

 降灰除去作業は、職場の環境を整備して、労務の提供の円滑化・効率化を図るために必要なものであるから、労働者にとって労務契約上の付随的義務であると認められる。しかしながら、降灰除去作業は、それ自体かなりの肉体的苦痛を伴うものであるから、使用者がこれを労働者に命ずるについては、その作業量、作業時間、作業人員、作業方法などを考慮して、作業が徒に苛酷なものにわたらないようにすべきであって、このような考慮を欠いて、何ら合理的な理由もなしに徒に苛酷な作業を行わせたり、懲罰、報復等の不当な目的で行わせたりすれば、それは業務命令権の濫用として違法なものとなると言わなければならない。

 これを本件についてみると、原告が行わされた降灰除去作業は、約1200平方メートルの構内を7月、8月の暑さの中、長時間にわたるものであって、しかも10日間にわたって原告1人で行わされたのであり、その作業方法、服装などについても格別の配慮をされることもなかったばかりか、作業中被告らの監視下に置かれていたことなどに照らすと、本件降灰除去作業は原告にとってかなりの精神的・肉体的苦痛を及ぼすものであったと認めることができる。そして、原告は降灰除去作業以外に仕事がなかったものではなく、運輸管理係としての日常業務があったことが認められるから、殊更原告に対して降灰除去作業を命ずべき必然性はなかったというべきである。また、これまで降灰除去作業は外部の業者に委託するか、職員が数人で自主的に適当な時間これを行ったことはあるが、本件のように業務命令として1人の職員に1日中長時間にわたって行わせた例はなかったと認められるのであって、これらの事実に被告らが作業中の原告を監視していたこと、原告に清涼飲料水を渡そうとした同僚が被告Aにこれを止められたことなどの事実を合わせ考えると、本件降灰除去作業命令には必然性もなかった上、組合員バッヂの離脱命令に従わなかった原告に対して懲罰的に発せられたものと認めざるを得ない。

 もっとも、組合員バッヂの離脱命令には合理的理由が認められ、それに従わなかった原告には職務専念義務に反する違法が認められるのであるが、その違法性の程度はさほど大きいものではなく、また労働者の違法行為については他に労務契約上定められた懲戒の手段によるべきであって、本件のようにかなりの肉体的・精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるというのは業務命令権行使の濫用であって違法であり、不法行為を成立せしめるものである。

4 損 害

 被告らの本件不法行為によって原告の受けた精神的・肉体的苦痛を慰謝するには、10万円をもって相当とするものと判断する。
適用法規・条文
02:民法709条、719条
収録文献(出典)
労働判例527号38頁
その他特記事項
本件は控訴された。