判例データベース
派遣社員派遣先採用請求等事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 派遣社員派遣先採用請求等事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(ワ)第19779号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社J、D株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年03月10日
- 判決決定区分
- 一部却下・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、平成8年3月に被告J社に雇用期間を原則3ヶ月とする契約社員として採用され、更新を重ねた後、平成13年3月1日から期間の定めのない派遣型正社員となった者である。原告は、平成8年3月から、被告D社の東京ポケットベル料金センターに派遣されて業務に従事したが、平成10年3月からは、同社の東京料金サービスセンターに派遣され、携帯電話の未納料金の回収業務等に従事した。
被告D社においては、個人インセンティブ制度があり、被告J社は原告に対し、同制度に基づく報酬に相当する金額(平成19年12月から平成20年2月までの額は、総支給月額約37〜8万円の約3分の1相当額)を能率給として支払っていたが、同制度は平成20年3月末をもって廃止された。
原告は、派遣先事業主である被告D社は、派遣元事業主である被告J社から3年を超える期間継続して原告に係る労働者派遣の役務の提供を受けたところ、原告は被告D社による雇用を希望しているから、労働者派遣法40条の5の規定により、原告と被告D社との間には雇用契約が成立していると主張した。また原告は、本件インセンティブ制度に基づく報酬は原告の労務の提供に対する対価であり、被告D社において携帯電話の未納料金回収等業務に従事することとする際、被告J社との間で同制度があることを前提として雇用契約を締結したことなどに照らせば、同制度に基づく報酬は原告と被告J社との間の雇用契約上の賃金であるから、これを減額することはできないこと、また、仮に原告と被告D社との間に雇用契約が存在しないとしても、長期間にわたって同一条件での派遣労働関係が継続した場合において、実質的な使用者である派遣先事業主における就業規則の不利益変更により、派遣労働者の同意なく不利益な結果をもたらすときは、その変更に合理性のない労働条件は無効と解すべきであることを主張し、被告D社による本件インセンティブ制度の廃止は合理性がないとして、被告J社及び被告D社との雇用契約に基づく賃金と併せて同制度に基づく報酬を請求した。 - 主文
- 1 原告が被告らに対してインセンティブ制度に基づく報酬請求権を有する雇用契約上の地位にあることの確認を求める訴えをいずれも却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告が被告らに対して本件インセンティブ制度に基づく報酬請求権を有する契約上の地位にあるか
原告が被告らから本件インセンティブ制度に基づく報酬が支払われないことを不服として訴えを提起する場合には、端的に当該報酬を請求することが直截であり、同報酬に係る請求権を有する地位にあることの確認を求めることは、迂遠なものといわざるを得ない。本件訴訟において、原告は被告らに対し、雇用契約に基づいて本件インセンティブ制度に基づく報酬を請求しているところ、これに加え、原告が同報酬に係る請求権を有する雇用契約上の地位にあることを、あえて判決をもって確定することが適切かつ必要であるとは認められない。したがって、同制度に基づく報酬請求権を有する雇用契約上の地位にあることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くといわざるを得ず、不適法として却下を免れない。
2 原告と被告D社との間の雇用契約関係の存否
原告は、被告D社において労働者派遣法40条の5の規定に基づく雇用契約の申込み義務が生じていることを前提に、同条の規定により被告D社との間で雇用契約が成立したと主張する。しかしながら、原告は、携帯電話の未納料金回収等業務に従事させるため、派遣先事業主が「労働者を雇い入れようとするとき」という、被告D社において原告に対する雇用契約の申込み義務を発生させるための同条の要件について具体的な主張をせず、またその事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、被告D社が原告に対して同条の規定に基づく雇用契約の申込み義務を負ったということはできない。
3 本件インセンティブ制度に基づく報酬を含む給与の支払請求について
(1)被告J社に対する請求について
被告J社の従業員就業規則及び賃金規程上、本件インセンティブ制度に基づく報酬に関する規定はなく、被告J社から原告に対して毎年交付される給与辞令上も、同報酬は給与として取り扱われていないこと、また被告J社は同制度に基づく報酬についての詳細を承知しておらず、同制度に基づく報酬は、被告J社において、被告D社から毎月「旅費交通費及び能率給の支給依頼について」と題する書面による支給依頼を受け、被告D社に対し、派遣料の一部として、同書面上の「能率給与額」に相当する額を「能率給」として請求し、被告D社から受け取った金員をそのまま「能率給」の名目で原告に支払っていたことが認められる。そうすると、本件インセンティブ制度に基づく報酬は、派遣先である被告D社が原告に対し、被告J社を通じて支払っていたものに過ぎないと位置付けざるを得ず、被告らの間において、このような同報酬の支払事務の委託という関係を超えて、同報酬又はこれに相当する金員に係る履行請求権を原告に与えるという内容の合意が存したとまで認めることはできない。
原告は、本件インセンティブ制度に基づく報酬が労務の提供に対する対価であること、平成10年3月に被告D社において携帯電話の未納料金回収等業務に従事する際、被告J社との間で本件インセンティブ制度に基づく報酬があることを前提として雇用契約を締結したこと等から、同制度に基づく報酬が被告J社との間の雇用契約上の賃金であると主張する。しかしながら、前記のとおり、被告J社の規定上、本件インセンティブ制度に基づく報酬に関する規定はなく、被告J社から原告に対して毎月交付される給与辞令上も同報酬は給与として取り扱われていないのであって、更に本件インセンティブ制度に基づく報酬は、派遣先である被告D社が原告に対し、被告J社を通じて支払っていたものにすぎないと位置付けざるを得ないから、本件インセンティブ制度に基づく報酬が原告と被告J社との間の雇用契約上の賃金であるとみることはできない。
また、そうである以上、被告J社は、被告D社に対し、被告D社から現に受け取った「能率給与額」に相当する金員を原告に対して引き渡すという義務を負うに過ぎず、原告に対する関係でこれを超える義務を負うものではない。したがって、被告J社による能率給の支払いは原告と被告J社との間の雇用契約の内容になっているということはできないから、被告D社による本件インセンティブ制度の廃止に伴って生じた原告の不利益について、雇用契約の内容の変更に関しての同意の有無や就業規則の不利益変更の判例法理の類推適用を論じる余地はない。
(2)被告D社に対する請求について
被告らの間において、本件インセンティブ制度に基づく報酬の支払事務の委託という関係を超えて、同報酬又はこれに相当する金員に係る履行請求権を原告に与えるという内容の合意が存したと認めることはできない。
本件インセンティブ制度に基づく報酬は、被告D社が原告に対して支払っていたと位置付けられるものであり、また原告が被告D社において労務を提供したことに対する対価であるとの性質を否定することはできない。しかしながら、被告D社は労働者派遣法に基づく派遣先事業主に過ぎず、原告との間に雇用契約関係が存するものではないし、労働者派遣法40条の5の規定により雇用契約関係が生じるものでもないことは前記のとおりである。したがって、被告D社から原告に対する本件インセンティブ制度に基づく報酬の支払いは雇用契約上の義務の履行ということはできず、結局、一種の恩恵的な給付といわざるを得ず、被告D社が原告に対して約10年にわたって同報酬を支払ったからといって、当然にその性質に変化が生じ、当事者間に契約上の権利義務関係が生じるものでもない。そうすると、被告D社による本件インセンティブ制度の廃止に伴って生じた原告の不利益について、契約内容の変更に関しての同意の有無や就業規則の不利益変更を論ずる余地はない。 - 適用法規・条文
- 11:労働者派遣法40条の5
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2042号20頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|