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国・気象衛星センター懲戒免職事件

事件の分類
解雇
事件名
国・気象衛星センター懲戒免職事件
事件番号
大阪地裁 − 平成18年(行ウ)第128号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年05月25日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 原告は、昭和58年4月、国家公務員として気象衛星センター(センター)に採用になり、平成10年4月に気象衛星運用準備室(準備室)技術専門官に配置換えとなり、衛星打上げの準備に従事していた。

 原告は、オペラサークルの声楽の指導者らに誘われ、平成13年10月頃からキリスト教の協会に通うようになり、平成14年3月には洗礼を受けた。原告は遅くとも平成14年春頃から、同僚で付き合いのあったFらに対し、教会に来ないと身を滅ぼす等のメールを送るなどしてキリスト教への勧誘を執拗に行うようになった。Fらはこれを止めさせるべく話合いの機会を持ったり、止めるよう強く言ったりしたところ、原告はその都度謝罪するものの、また宗教勧誘行為を繰り返していたため、Fらとの関係が険悪となった。

 原告は、平成15年5月、急性上気道炎を発症し、1週間の安静加療を要するとの診断を受け、その後全身倦怠感が持続して、2週間の休養加療を要するとの診断を受けた。また原告は、同年12月にはアレルギー性鼻炎、耳管狭窄症を発症し、更に平成16年3月、感音性難聴等を発症し、10日間の安静療養が必要との診断を受けた。

 原告は、準備室長の指示により、平成16年8月21日にセンターで開催する広報行事の実行委員となり、同月19日まで講演会の準備をしていたが、翌20日、原告は当日の勤務を休む旨連絡した後、センター当局に何ら連絡することなく、同日から同年10月27日まで出勤しなくなり、合計46日間無断欠勤した。センター所長は、同年10月28日付けで原告に対し、国家公務員法82条1項を適用して本件懲戒免職処分(本件処分)を行ったが、当時原告の所在が不明だったため、原告への通知に代えて同年11月5日の官報公告がなされた。原告は無断欠勤中、国内を転々としたり、イタリア旅行に出かけて行方不明になったりし、同年12月11日に帰国した。

 その後原告は母方に戻ったが、原告の母は原告の異常な行為を持て余し、平成17年4月27日、原告は初めて精神科を受診し、統合失調症と診断された。同年5月11日から8月11日まで、原告は精神保健福祉法に基づく医療保護入院をしたところ、専門医は、原告は平成14年にキリスト教に入信した頃から妄想型統合失調症を発症していると診断した。

 原告は、平成16年12月27日、本件処分を不服として、人事院に対し審査請求をしたところ、人事院は平成18年2月3日、本件処分を承認する旨の判定を行った。そこで原告は、同判定を不服として、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 気象センター所長が原告に対し、平成16年10月28日付けでした懲戒免職を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
1 懲戒処分に対する裁判所の判断

 国家公務員につき懲戒事由がある場合において、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等のほか、当該公務員の当該懲戒対象行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、広範な事情を総合してされるべきである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が同裁量権を行使してした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものと解するのが相当である。したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものとするのが相当である。ところで、無断欠勤は、国家公務員法101条に違反し、職務上の義務に違反し、職務を怠った場合に該当するところ、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行といえ、同法82条1項各号に該当する。

2 原告の統合失調症の罹患の有無

 原告は、遅くとも平成17年5月、6月の時点で、統合失調症に罹患していたことが推認される。

 ICD10を基準として統合失調症の診断をする場合には、1つの特定の症状が一定期間継続するか、2つ以上の特定の症状が一定期間継続することが必要とされている。しかし、このことは、同診断基準に該当する状況が出そろうまで統合失調症を発症していると認定することができないことを意味するものではなく、例えば発熱という症状があったからといって特定の疾患に罹患しているかどうかは判然としないが、一定期間の経過とともに抗体が形成され、これが確認されることにより診断名が定まることがある。その場合、診断名が確定するより以前の発熱が当該疾患の症状でないということにはならない。換言すると、ある時点で診断基準を満たしていなかったとしても、診断名が定まった時点から回顧的に検討して、ある症状が特定の疾患の症状であったと認められる場合もある。統合失調症においても、期間が足りない、あるいは症状がそろっていないために、その時点では統合失調症と確定診断できない状況であったとしても、当該患者の症状について統合失調症との確定診断がされた時点から回顧的に見て、統合失調症の症状の一端があったと認められる場合があるというべきである。

 原告が、平成16年8月20日以降、イタリアで旅行ツアーから離れて行方不明となり、同年12月11日に帰国するまでの間、無断欠勤を継続したなどの行為は、それまでの行動と継続性がない突飛な行動というべきであって、原告がその時点で仕事も投げ捨てて無断欠勤をして日本国内やイタリアにいかなければならなかった事由は見出し難い。特に原告は、「お天気フェスタ2004」の実行委員で無断欠勤当日には講演をする予定で、事前にリハーサルもしていたことを踏まえると、同講演に対する何らの手当もすることなく失踪とも言うべき状態を創出することは特段の事情でもない限り、合理的行動とは言い難いところ、同特段の事情を認めるに足る証拠はない。

ところで、原告は人事院の審問の際も、本件訴訟の本人尋問の際も無駄欠勤中の行動について記憶がない旨述べているところ、原告はその内容を以前から一貫して述べている以上、同供述をもって直ちに信用できないとまでいうことはできず、かえって平成17年5月以降の統合失調症を罹患した後の合理的説明のつかない言動と継続性があることが強く窺われる。原告は、Fらに宗教的勧誘をし、同人や上司からも職場での宗教の勧誘を止めるよう注意を受け、何度も謝罪しているのに、平成16年6月頃まで繰り返し宗教勧誘行為を継続しているところ、Fを含めて同僚に何度もその勧誘を繰り返すことは、例えそれが宗教的信念に基づくものであったとしても異常とも言うべき行動であって、合理性を見出し難い。

 以上の事実及び事情を踏まえると、原告の無断欠勤中の失踪は、解離性遁走といえ、また原告は、平成16年8月当時、既に統合失調症を発症していたことが推認される。

3 本件処分の相当性

 原告の無断欠勤は、上記のとおり統合失調症の罹患を契機とするものである。また、原告に対する本件処分ないし無断欠勤時における準備室の管理職の原告の異常に対する認識であるが、少なくともそれ以前にFら同僚らが原告に対して精神科ないしカウンセリングへの受診を勧めていたこと、同異常状況を踏まえてFらが原告の上司に相談し、宗教の勧誘等を止めるよう働きかけていたこと、原告の無断欠勤がそれまでの原告の行動との間で連続性が認め難いことを踏まえると、原告の上司である準備室の管理職等は原告の無断欠勤が原告の自由意思に基づくことについて、疑いを抱くことは十分可能であったことが強く窺われる。

 ところで、国家公務員に対する懲戒免職処分が同公務員としての地位を剥奪する強力な処分であり、しかも退職金が支払われない等不利益の程度が著しいところ、原告の無断欠勤の原因とともに当時の原告の上司である準備室の管理職の認識ないし認識の可能性を踏まえると、原告に対する本件処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱し、濫用したものと言わざるを得ない。そうると、原告に対する本件処分は取り消されるべきものである。
適用法規・条文
99:その他 国家公務員法82条1項
収録文献(出典)
労働判例991号101頁
その他特記事項