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I市農業協同組合懲戒解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
I市農業協同組合懲戒解雇事件
事件番号
山口地裁岩国支部 - 平成20年(ワ)第193号
当事者
原告 個人1名
被告 I市農業協同組合
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年06月08日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 農業協同組合である被告の職員である原告は、平成19年6月19日、被告の最高意思決定機関である総会に代わる議決機関として設けられている総代会の開催に先立って、被告の理事、監事、参与、室長等及び総代会において理事・監事候補として予定されている14名に対して「公益通報者保護法に基づく内部通報について(報告)」と題する文書(報告文書)及び被告の組合員・職員であるAほか3名作成にかかる「JA新型変動金利制住宅ローン契約書」(契約書といい、報告文書と併せて「本件各文書」という)の写しを郵送にて配布した。

 本件報告文書の内容は、(1)現監事であるBが参事在職中にAらに対して貸付規程違反の貸付を行っているのを原告が発見し、改善を申し入れたが、Bはこれを改めなかったこと、(2)そのため原告は、Bの監事当選が決定した後、Bに監事就任の辞退を申し入れたが反省がなかったこと、(3)Bの上記行為は懲戒解雇に値すること、(4)Aらに対する貸付は不動産担保貸付であり年利6.0%であるのに、JA新型変動金利制住宅ローンとして年利2.62%の貸付規程違反の貸付がされていたこと、(5)原告はAらから全額返還を受けたが、Bに叱責されてこれを返還させられたこと、(6)これによって被告には利息相当分の損害が生じたもので、よってBの信用事業担当常務理事就任は不当であるから内部通報する、というものであった。

 原告のこうした行動に対し、被告は、(1)本件報告文書に組合員である借主や連帯保証人の住所、氏名、生年月日、借入金額、使途等の個人情報が記載されている金銭借用書(本件契約書)を添付し、これを被告の許可なく配布し、個人情報を漏洩したことは、就業規則「組合外への個人情報漏洩」に該当する、(2)原告は、過去3度にわたり被告に始末書を提出し、そのうち平成18年1月26日には昇給停止処分を受けたにもかかわらずの行為を行い改善の見込みがないから、就業規則「62条所定の処分を再三にわたり受けても改善の見込みがない、その他前号各号に準ずる程度の不都合な行為を行ったとき」に該当するとして、原告を同年8月17日付けで懲戒解雇した。

 これに対し原告は、本件懲戒解雇は無効であるとして、被告の従業員としての地位の確認を求めるとともに、被告所定の定年を迎えたが、慣例に従えば嘱託職員として再雇用されていたはずであることを前提に、被告に対し、定年時までの未払い賃金333万9759円、未払年末手当・賞与123万7834円、退職金2899万1200円、本件提訴時までの賃金65万6920円、弁護士費用300万円の支払いを請求したほか、本件提訴後の嘱託職員としての賃金月額16万4230円を毎月末限り支払うよう請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、3350万3793円及びこれに対する平成20年9月3日から支払済みまで念5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

4 この判決は、1項について、仮に執行することができる。
判決要旨
1 個人情報漏洩該当事由の有無

 個人情報保護法(法)23条による提供禁止の名宛人は個人情報取扱事業者自身であって、当該事業者に外部の者一般への情報提供の禁止を義務付けることがその趣旨なのであるから、禁止の範囲を上記のように規定し、事業者の外部の者を広く捕捉しようとすることは、立法趣旨に照らして合理的なことであるが、このことは、被告及びAら以外の法人格を有する者が全て就業規則63条1項7号にいう「組合外」の者であるという結論に直ちに結びつくものではない。同号は、組織体としての被告の内部における、被告に雇用される職員の行為規範を定めたものであって、被告自身に対する対外的な行為規範である法23条とは規律の次元を異にしており、本件においては、被告職員による他者(独立の法人格者)への情報提供が、それにもかかわらず「組合外」への情報提供との評価を免れる限界如何が問われているのである。

 本件における理事・監事候補者は、特別の事情がない限り、被告の経営・監査に参画し、その意思決定を左右し得る立場に就くことが予定されており、そのような前提のもとで被告総代会による理事・監事への選任を待つ立場にあって、組織体としての被告と密接な接触を有するに至っていた者であるということができる。したがって、問題は、来るべき総代会で理事・監事に選任されることにより、経営・監査という組織の基幹的作用に参画することが事実上決定済みで、組織体としての被告と既に密接な接触を有するに至っている理事・監事候補者に対し、当該選任手続きがされる総代会直前に個人情報を提供する行為をもって、被告内部の出来事ではなく、「部外者」、「外部の者」への情報提供とみることができるか否か、更に行為規範としての本件規則63条1項7号の名宛人たる平均的な被告職員がそのように理解する(その上で、そのような情報提供行為に出ないように反対動機を形成する)ことができるか否か、という点にあるというべきである。そして、当裁判所は、上記のような行為は、これを「部外者」への情報提供と評価することは困難であり、被告内部の出来事に過ぎないものと受け止めることが自然であって、同号の規定に接した平均的な被告職員は、本件で問題となっているような理事・監事候補者への情報提供行為が同号によって禁じられているとは容易に理解し得ないと考えるのである。

 以上の検討によれば、少なくとも、本件の理事・監事候補者の程度にまで組織体としての被告と密接な接触を持つに至った者に対し、本件各文書を配布した行為について、これを「組合外」に情報を漏洩したものと評価することは適当でないと考える。したがって、これらの者に対して本件各文書を配布した行為は、本件規則63条1項7号に該当するものとはいえない。

2 本件規則62条所定の処分を再三にわたり受けても改善の見込みがない場合に準ずる程度の不都合な行為該当事由の有無及び本件懲戒解雇の社会的相当性の有無

 被告は、原告の懲戒事由として、(1)始末書を3回提出し、うち1回は昇給停止処分を受けていること、(2)それにもかかわらず本件各文書を理事、監事、理事・監事候補者等に配布して個人情報を漏洩したこと、(3)その結果、原告は改善の見込みがないと認められることの3点を摘示した書面を送付することをもって本件懲戒解雇を行ったところ、本件懲戒解雇の時点で被告が懲戒解雇事由として示していた事実以外の事実も、それが「懲戒解雇の社会的相当性」を基礎づけるに足るものであれば、別途懲戒解雇を根拠づける事由となり得るとする立場に立っているようにも解する余地がある。

 しかしながら、使用者が労働者に対して行う懲戒処分は、当該労働者の具体的な企業秩序違反行為を理由として、これに対する一種の秩序罰を課するものであり、ある懲戒処分の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒解雇の意思表示がされた後に、裁判の過程で新たに懲戒解雇事由として主張された事実は、解雇時に解雇事由として摘示された事実と密接に関連し、実質的には摘示事実に包摂されていると認められる場合でない限り、懲戒解雇事由としてこれを考慮することは許されないものというべきである。

 以上を前提とすると、被告が本件懲戒解雇の社会的相当性を基礎付ける事実として一連の事実を主張している趣旨は、本件懲戒解雇時に被告が原告に対して摘示した事実と密接な関連性があり、実質的にはこれらの事実に包摂されるべきものとして、本件規則63条1項に該当する懲戒事由を提示することにあるものと解される。

 原告は、被告が本件懲戒解雇に当たって通知した書面に記載されているとおり、同解雇以前に3度の始末書を提出し、うち1回は昇給制限処分を受けたものと認められる。そして、他の2回の始末書提出の際に行われた処分の内容を示す記録は見当たらないが、そのことは軽い処分を推認させるから、この2回の始末書提出の際にされた処分は、譴責に止まるものであったと認められる。

 本件規則63条1項16号の趣旨は、職員が同規則62条所定の重大な処分を複数回数にわたって受け、被用者としての問題点の改善を複数回にわたって強く求められていながら、なお非違行為を繰り返すことをもって、当該職員が企業秩序維持の重大な障害となっており、改善が期待できない事態に至っていることの徴表と位置付ける点にあると解される。したがって、同号の適用に当たっては、それまでに一定の重い処分を繰り返し受けたという事実が本質的に重要であるというべきである。しかるところ、上記一連の事実によっては、そのような重い処分を繰り返し受けながら新たな非違行為に出たことにはならないから、同号の場合と等価値と評価するための基礎を欠いているといわざるを得ないし、上記の事実全部を考慮しても、なお同号の場合と同程度に原告が被告の企業秩序における障害となっていることが徴表されているとまではいい難いものと判断される。そうすると、原告において、本件規則63条1項16号の場合に準ずる程度の不都合な行為を行ったものということはできないから、原告の行為が同項18号、16号に該当するということはできない。

 以上のほか、原告の行為が本件規則63条1項各号に該当する旨の的確な主張立証はないから、本件懲戒解雇は無効であり、原告は定年予定時期(平成20年3月末)まで被告との雇用関係にあったというべきである。

3 定年後再雇用が当然に認められるか

 定年再雇用規程の定めによれば、被告において、定年後再雇用は新たな労働契約の締結であることが明らかであり、その内容について双方の合意を要することが当然の前提となっているとともに、被告側に、再雇用する者を選別し、再雇用を拒否することができる地位が留保されていることが認められる。そして、被告の定年退職者が当然に再雇用されることを前提とした規定は見当たらない。

 以上によれば、原告がその定年後当然に再雇用されたということはできない。そして、原告と被告との間で、原告定年後の再雇用を合意したことの主張立証もないから、原告は、定年後被告に再雇用されてはいないというべきである。

4 原告に支払われる賃金等の額

 本件懲戒解雇がされた時点で、原告は1ヶ月当たり基本給43万3740円等、合計49万2090円を受給していたことが認められる。原告は、平成19年9月分から定年時である平成20年3月分までの7ヶ月分の賃金を受給していないと推認されるが、平成19年9月分として10万4871円を受給済みであるから、未払賃金は333万9759円となる。また、未払年末手当・賞与の合計額は117万2834円となる。更に原告の定年退職時における退職金は、2899万1200円となる。

 先に認定した事実関係に照らしても、被告の懲戒解雇及びこれに関連して原告に対して示した一連の対応は、当裁判所とは法律的な見解を異にする面があるものの、一応の合理性を有するものということができる。したがって、被告が原告に対し、不法行為責任を負うものとは解されない。そうすると、本件において、弁護士費用を損害として計上することはできないというべきである。
適用法規・条文
02:民法709条
収録文献(出典)
労働判例991号85頁
その他特記事項
本件は控訴された。