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東京(生命保険会社)解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 東京(生命保険会社)解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成20年(ワ)第17767号(第1事件)
- 当事者
- 原告個人1名
その他第1事件被告 A生命保険株式会社
その他第2事件被告 個人3名 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年08月31日
- 判決決定区分
- 第1事件 一部却下・一部棄却、第2事件 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告会社は、生命保険事業を目的とする株式会社、原告(昭和45年生)は平成19年5月1日から被告会社に雇用された女性、被告A、同B及び同Cはいずれも被告会社の従業員であり、被告Aは平成19年当時、財務部ファイナンス・プロジェクト・マネージメント・オフィス(FPMO)の責任者、同Bは人事部長、同Cは労働組合の書記長の職にあった。
原告と被告会社とは、平成19年5月1日入社、試用期間を同日から6ヶ月、アシスタントマネージャーとする等の内容の雇用契約を締結し、原告は被告Aの下で業務に従事していた。被告の就業規則には、新たに採用された従業員の試用期間は原則として6ヶ月であり、業務の状況に応じて最大9ヶ月を限度に延長することがあること、試用期間中の従業員について不適格と判断された場合は当該従業員を解雇することが定められていた。
原告は、平成18年10月から平成19年2月までの間、被告会社の面接を3回受け、平成18年3月以降の就労状況について、フリーランスとして就業していた旨答え、具体的な企業名等については答えなかった。
原告は、平成19年5月1日から就労したが、同月中旬になってもマネジメントプランの企画を立てることができず、同年6月の被告Aによる中間レビュー面接において、現段階での評価を伝えられた。原告は人事教育部に対し、同部主催の研修に参加したい旨申し込んだが、被告Aは、試用期間中の従業員は研修を受けないことをルールとしているとして、申込みを辞退するよう求めたため、原告は人事部への配置転換を求めたり、相談電話や内部通報窓口に相談したりしたが成果を得られなかった。原告は労組書記長である被告Cに、希望する研修を受けられない旨相談したところ、被告Cは同様の事例を集めるよう示唆したが、協力者は得られなかった。
被告Aは、原告が被告会社以外の仕事をしているとの疑いを抱き、所定の手続きを経て原告の過去の電子メールデータの調査・確認を行ったところ、業務と関係のないメールや添付データが大量に発見されるとともに、(1)入社時に提出されたものとは全く異なる内容の履歴書が複数作成されていること、(2)入社時に報告されていなかったJ社との間で解雇等を争う訴訟が係属しており、当該訴訟の関連文書が被告会社のパソコンを使用して大量に作成されていること、(3)原告は入社後も「Hジャパン」なる肩書きを付して業務を行っていること、(4)自宅と職場との間で大量の私用メールの送受信が行われていること、(5)原告が投信株式会社のスタッフに履歴書添付の上応募していること等が判明した。
被告会社は、上記の事情を踏まえ、原告から事情を聴取することなく、同年9月26日、被告A立会いの下、人事部長である被告Bから原告に対し本件解雇を通告した。原告は、被告Aに対し、翌27日、偽名で同被告を中傷するメールを送信したほか、被告Cに対し、組合としての対応を求めた。これに対し被告Cは、本件組合はユニオンショップであって、退職した場合は組合員の資格を失うこと、本件解雇理由とされた経歴詐称が事実でないなら、具体的に説明して欲しいと求めたが、原告は「それを調べるのが組合だ」と非難して相談を打ち切った。
原告は、J社との訴訟については被告に伝える義務はなく、仮にこれを伝えなかったことが秘匿に当たるとしても、経歴詐称を問題とすることは社会的相当性を欠くこと、被告Aとのコミュニケーションがうまくいかなかったとしても、それは被告Aからの嫌がらせに対抗するための対応にすぎなかったこと、兼業や副業をしていたことはないこと、自宅のパソコンとのやりとりによって業務遂行の支障はなく、信用毀損などの懸念もないことから、これらを理由に解雇することは相当でないと主張した。その上で原告は、被告会社は原告に注意したこともなく、解雇回避の努力もしなかったのであるから、本件解雇が試用期間中であることを考慮しても解雇は無効であると主張し、被告会社に対しては地位の確認を請求した。また原告は、被告Aが違法な嫌がらせを繰り返したほか、研修についても虚偽理由を挙げて辞退を強要し、解雇通告当日チームメンバー全員に対し「経歴を詐称したので解雇した」と発表して原告の名誉を毀損したこと、虚偽広告により一般事務しかさせなかったこと、残業代の一部不払いがあったこと等により多大な精神的苦痛を被ったとして、被告会社、被告A及び同Bに対し、慰謝料300万円を請求した。また原告は、被告Cに対しては、被告Aによる嫌がらせを相談したのに、特段の措置をとらなかったとして、債務不履行による慰謝料20万円を請求した。 - 主文
- 1 第1事件にかかる訴えのうち、原告が被告A社に対し本判決確定の日の翌日以降の毎月25日限り47万3000円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員の各支払を求める部分をいずれも却下する。
2 原告の第1事件にかかるその余の請求及び第2事件にかかる請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件解雇の効力及び原告の被告会社に対する賃金請求権の有無
試用期間中の解雇は、採用決定の当初にはその者の資質、性格、能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に得ることができないため、後日における調査や観察に基づく最終決定を留保する趣旨でされた留保解約権の行使であるから、通常の(試用期間中でない)解雇よりも緩やかな基準でその効力を判断すべきであるが、試用期間の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認されるものであることを要する。
履歴書や職務経歴書に虚偽の内容があれば、これを信頼して採用した者との信頼関係が損なわれ、当該被採用者を採用した実質的理由が失われてしまうことも少なくないから、意図的に履歴書等に虚偽の記載をすることは、当該記載の内容如何では、従業員としての適格性を損なう事情であり得るということができる。原告は、被告会社入社時まで、平成18年3月27日にJ社に正社員として就職したという認識であったこと、同年4月14日付けで同社から解雇されて訴訟が係属しているのにこれを被告会社に提出した履歴書に記載しなかったこと、また被告会社との3度の面接でも平成18年3月以降の就労状況について「フリーランス」と答えるのみで具体的に明らかにしない対応をとっていたと認められることから、少なくとも平成18年3月から被告会社就職までの間の就労状況については、意図的に曖昧にしていたといわざるを得ない。そして、以前の会社と係争中であるかどうかは、採用に当たって申告すべき事項とまではいい難いけれども、採用する側にとっては採否を考慮する上での重要な事項であることは否定し難い。原告も、そのことを了解していたからこそ、被告会社にJ社での勤務の事実を明らかにしないことで、被告会社の同社への関心をそらし、被告会社による同社との係争中の事実の調査の端緒を与えなかったものといえる。
そうすると、J社に正規社員として雇用された事実が必ずしも明らかではなく、また同社との係争の事実が履歴に含まれないとしても、同社への就職及び解雇の事実を明らかにしなかったことは、金融機関におけるインベストメント・プロジェクトの管理・運営等の業務に対する高度の知識を求めて求人を行っていた被告会社が原告の採否を検討する重要な事実への手掛かりを意図的に隠したものとして、その主要部分において「経歴詐称」と評価するのが相当である。そして、原告は、担当する業務の企画ができなかったり、不相当な記載をしたプレゼンテーション資料を作成するなど芳しくない勤務態度が認められるし、被告Aとの中間レビュー面接、研修への参加辞退の要請に関し過剰な反応を示していることとも併せ、上司である被告Aや同僚ともコミュニケーションがうまくいっていなかったことが推認できる。
更には「Hジャパン」なる肩書きを付して副業と見られる活動を行っていたり、平成19年8月30日頃には被告会社の社員であったにもかかわらず投信会社に転職を目的として接触を開始しており、既に被告会社での勤務の意欲を失っていたともいえる。加えて、原告は、自宅から大量のデータを添付したメールを被告会社のパソコンに送ったり、被告会社から自宅パソコンに送信することを繰り返していた上、インターネット上のホームページのURLを会社のパソコンで閲覧し、更に前記URLを貼り付けた電子メールを自宅に送付していたのであり、原告が職場で業務に専念せず自己の利益を求める行為を行っていたというほかない。このような事実及び前記経歴詐称の事実を踏まえるときは、原告について就業規則「試用期間中の者が、不適格と判断されたとき」に該当する事由があり、本件解雇も解雇権の濫用とはいえないというのが相当である。
してみると、本件解雇は、試用期間中にされたものとして正当な理由があり、有効であるというべきである。なお、本件解雇の決定に当たって原告から聴取を行わなかったこと及び試用期間満了を待たずに本件解雇に及んだことは、本件解雇が試用期間中に行われた通常解雇(本採用拒否)であることからすると、前記判断を左右しない。
2 原告の被告会社、被告A及び同Bに対する損害賠償請求権の有無等
被告Aが原告に対し、不快なジェスチャーを示して病院に行きにくくさせたり、指示にちょっと反論しただけでも解雇をほのめかして従わせようとした事実は、これを認めるに足りる証拠がない。また研修の却下についても、試用期間中の従業員には研修を受けさせないという被告Aの方針があり、このことが被告会社内でも不相当とはされていないことから、「虚偽理由を挙げて辞退の強要をした」ともいえない。したがって、被告会社において、原告が求めていた配置転換などを行わなかったとしても、そのことが直ちに職場環境配慮義務に反するともいえない。
前記のとおり、本件解雇は正当な理由があってされたものであって違法はない。また、被告Aや同Bが段ボール箱を突きつけて出て行くよう怒鳴ったり、原告のカバンの中を漁ったり、腕を掴んで強制退去させる行為は、これを認めるに足りる証拠はない。更に、社員情報とは被告会社の従業員等の個人情報である旨定義されているところ、原告の電子メールや訴訟記録については社員情報には該当しないから、被告会社が原告に無断で電子メールのモニタリングや訴訟に関する調査をしたとしても、被告会社の「社員情報の取り扱いに関するポリシー」に反する違法行為とはいえない。
前記のとおり、経歴詐称を理由とした本件解雇は正当であるから、被告Aが本件解雇通告当日にチームメンバーを全員呼び出して、原告について「経歴を詐称したので解雇した」と発表した事実があったとしても、その行為が不法行為であるとはいえない。
被告会社は、原告との最終的な合意の前に、原告を「アシスタント・マネージャー」として採用することを条件とすることを明示しているから、職業安定法65条9号の「虚偽の労働条件を提示して労働者の募集を行った」行為であるとか、労働基準法15条1項の「労働条件の書面による明示」規定に反する不法行為であるとはいえない。以上のとおり、原告の主張する不法行為はいずれもこれを認めることはできないから、原告の被告会社、被告A及び同Bに対する損害賠償等請求には理由がない。
3 原告Cに対する損害賠償請求権の有無
被告Cは、原告から本件組合の書記長としての対応を求められたのであって、個人としては、原告との間で何らの契約法上の法的義務を負う立場にはない。したがって、原告の被告Cに対する債務不履行に基づく損害賠償請求には理由がない。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条、
07:労働基準法15条1項、
99:その他 職業安定法65条 - 収録文献(出典)
- 労働判例995号80頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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