判例データベース

東京(証券会社)雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
東京(証券会社)雇止事件
事件番号
東京地裁 − 平成20年(ワ)第21106号
当事者
原告個人1名

被告A證券株式会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年09月28日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、総合証券業を主たる業とする会社であり、原告(昭和33年生)は、昭和57年に大学を卒業して銀行、証券会社に勤務した後、平成18年5月21日から10月31日まで被告に雇用された(その雇用契約を「第1契約」)。原告はうつ病に罹患しており、平成16年2月26日付けで障害等級3級に認定され、その後2級に認定された。原告は、被告に対し、同年11月1日から平成19年3月31日までの契約書に署名押印して提出した(第2契約)。

 原告は総務人事部に所属し、郵便物の仕分け及び社内各部署への配送、名刺の作成等の業務に従事していたところ、被告は原告に対し、遅くとも平成19年2月28日までには、勤務成績不良等を理由として第2契約を更新しない旨告げた上、同日以降の就労を免除する旨意思表示した。更に被告は、原告に対し、同年3月15日付け文書で、名刺作成におけるミスによって大量の誤印刷による損害を発生させ、郵便物の仕分け作業においても他部署に発送するなど、再三にわたる指導にもかかわらずミスを繰り返し、職務不良が甚だしく、これ以上改善が望めないとして、雇用期間は同月31日までとし更新をしない旨改めて通知した。

 これに対し原告は、求人票では正社員として求人していたから、これを前提に採用試験を受けて合格したのに、全く異なる形態の契約(第1契約)の締結を迫られたところ、募集時における労働条件は契約の根幹部分で雇用契約の拘束性を有するから、試用期間として設定されていた最長6ヶ月が経過した時点で正社員としての地位を獲得したこと、仮に第1契約及び第2契約がいずれも期間の定めのある契約であるとしても、期間満了による更新拒絶には解雇権濫用法理が類推適用されるところ、原告は同僚Cからのハラスメントを繰り返し受けながらも業務に精励してきたものであって、被告が指摘するような勤務成績不良等の事実はないとして、被告に対し、退職後の賃金相当額から失業給付及び再就職先での賃金を控除した141万円余並びにCのハラスメントについての使用者責任及び安全配慮義務違反を理由とする慰謝料200万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 第1契約の有効性

 使用者による就職希望者に対する求人は、雇用契約の申込みの誘因であり、その後の採用面接等の結果、就職希望者と使用者との間に求人票と異なる合意がされたときは、従業員となろうとする者の側に著しい不利益をもたらす等の特段の事情がない限り、合意の内容が求人票記載の内容に優先すると解するのが相当である。本件では、原告が被告から平成18年4月18日に内定通知書、雇用契約書案、契約社員等就業規則及び給与規程の送付を受け、その後に入社日の変更以外は特段の異議を述べることなく、第1契約の契約書に署名押印して提出しているのであるから、第1契約の内容(雇用形態、賃金額、登用特約を含む)を予め了知し、1ヶ月以上検討する機会があったということができる。また原告は、内定通知書を受けた時は他社に就職しており、賃金も第1契約の定める額より高額であったのであるから、原告は他社の雇用を継続するか、被告に就職するか若しくは被告より労働条件の良い他の会社に就職するのかを第1契約の締結前に選択できる立場にあったのであり、被告への就職を余儀なくされる事情はなかったのであるから、第1契約の契約書通りの合意の成立を認めても、原告に著しい不利益をもたらす等の特段の事情があるとはいえない。したがって、原告と被告との雇用契約関係は、仮に平成18年4月17日の採用面接で第1契約の契約書記載の条件が説明されたかどうかにかかわらず、本件求人票の内容ではなく、その後に交わされた第1契約の契約書記載の内容の通り合意されたと認めるのが相当である。

2 第2契約の有効性

 第2契約は第1契約の更新契約として締結されていること、被告は原告に対し第2契約の示す労働条件を事前に明らかにしていること、正社員でないことも確認された後に、第2契約の契約書に原告が署名捺印していることから、第1契約と同じく、期限の定めのある雇用契約を締結した(第1契約が更新された)ものというのが相当である。

3 本件雇止めの効力

 原告と被告との雇用契約が更新されたのは1回限りであり、しかも被告は、原告に対し、第2契約の締結の際に「様子を見たい」として雇用継続に慎重な姿勢を示しており、同契約の期間途中に契約の更新をしない旨予告している。そして、被告在籍中の原告の勤務態度については、原告はCの指導を受けながら、比較的簡易な作業に従事していたところ、郵便仕分け作業における誤配送や名刺作成での製作ミス及び印刷ミスによって大量の損害を生じさせており、更には自分のミスを隠そうとしていたことから、被告が今後改善が見込めないと判断するのも不合理とはいえないのであって、本件雇止通知書記載の事由が存在すると認めることができる。したがって、第2契約に登用特約があったとしても、原告に雇用継続の合理的期待があるということはできないから、第2契約に解雇権濫用法理の適用はなく、第2契約及び契約社員等就業規則の定めるとおり、契約期間満了により終了したというのが相当である。

4 被告の原告に対する慰謝料支払義務の有無及び額

 他部署からの郵便物に関するクレームを自分のミスであるとされた件については、郵便物の仕分けの担当が原告であることからすれば、各部署に誤配された場合のミスは原告のミスといえるから、このことをCが原告のミスである旨上司に報告したとしても、ハラスメントに当たると評価することはできない。また、Cが事務用品の発注伝票を紛失したため原告が叱責を受け、これをCが無視した件については、事務用品の発注担当が原告であること、及び原告が叱責を受けている状況をCは知り得ないと認められることからすれば、Cが特段の対応をしなかったとしても、そのことがCによる「無視」であるとか、「ハラスメント」であるということはできない。休暇中に郵券の額が帳簿と合わなくなった件については、郵券の不足が発覚したのは金曜日であって原告の休暇中ではないこと、郵券の管理担当が原告であること、責任をとったのは原告ではなく上司のマネージャーであることからすれば、この件をもって原告に責任のない事項を「擦り付けられた」ということはできない。

 具体的なマニュアルの交付がなく、教えてもらえなかったとする件については、原告がCのマニュアルに基づく指導内容をメモをとりつつ覚えていたのであるから、仮にマニュアルの交付がなかったとしても、そのことでCが原告に対し具体的な業務指導をしないハラスメントに及んだということはできない。原告が平成19年1月4日午前8時までに出社しなかったことをCが責めた件については、年末の終礼や社内LANで出勤時刻が告知されているのであるから、仮にCが出社時刻に遅れた原告を責めたことがあったとしても、そのことがハラスメントであるということはできない。

5 被告の原告に対する使用者責任及び債務不履行責任

 被告の従業員であるCの原告に対するハラスメントについては、その事実が存在しないか、存在するとしてもハラスメントと評価することができないものである。したがって、被告の原告に対する使用者責任及び債務不履行責任がある旨の原告の主張は、その前提事実を欠き、いずれも失当というほかない。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、715条、

99:その他 職業安定法5条の3
収録文献(出典)
労働経済判例速報2061号17頁
その他特記事項
本件は控訴された。